小動物と本
「アフィリアさん、これ読みました?」
一冊の本を胸に抱えて私へ話しかけるのは、栗色の髪をした少女。
「……それは?」
彼女の胸に収まっているその本に見覚えはなかった。
「大流行中のロマンス小説です!」
「ロマンス小説?」
「はいっ。英雄譚のお姫様が好きと言っていたので、きっと好きだと思いまして」
あの日を境にソフィアとはおしゃべりをする仲になった。
どうやら、彼女は王宮での暮らしに興味津々のようで、最初の内は質問攻めにあっていた。
けれど、それで私の人となりを少し理解してくれたようで、今ではこうして趣味の話までできるような仲になることができた。
「ソフィアちゃんがオススメしてくれるなら、読んでみようかな」
ソフィアの表情がぱぁっ、と晴れやかになる。
彼女は見ているだけで癒される、小動物のような可愛さをそなえている。
こうして会話しているだけでも、コロコロと表情を変える彼女。
見ていると、自然と顔が緩んでしまう。
「はいっ。こちらをお貸ししますから、ぜひ読んでみてください!」
そう言うと、彼女は胸に抱えた本を、両手でこちらに差し出してきた。
「あら、良いの? これ、人気なのでしょう?」
「はいっ、私は何回も読み返した後なので!」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとうございますっ!」
なぜかペコリと頭を下げて私に礼をするソフィア。本を貸した側がお礼をするなんておかしな話だ。
「もう、どうしてあなたがお礼をするのよ。ありがとうと言わないといけないのはこっちよ」
「だって、嬉しいんです。アフィリアさんとこの本について語り合えるなんて最高じゃないですか!」
「そう……なの?」
「はい! そうなんです!」
その可愛い見た目には似合わぬ気迫を感じさせる表情で私に迫ってくる。
「そ、そうなのね……?」
勢いに押し負けて彼女の感謝を受け入れる、というよくわからない状況が出来あがってしまった。
皆の前で宣言したその第一歩。こうして彼女が友人になってくれたおかげで、その一歩を踏み出すことができた。
× × ×
「アフィリア様。先日までの態度をお詫びさせていただきたい」
席についた私の下へやってきたのは青髪の青年、ヨハンだった。
その表情は至って真剣で、今の彼の言葉に嘘偽りなどないことが見て取れる。
「別に貴方が悪いわけではないでしょう? まぁ、貴方でもあんな噂を信じるのかとは思ったけれど」
私の小さな反撃を受けて、彼は少し苦々しい表情。
「馬鹿馬鹿しい話です。目の前に王女殿下本人がいて、その声を聞いて、行いを見て。そうしてしまえば、貴方が噂通りの人物でないことくらい、容易に想像できることだったのに。……何とお詫びすればいいものか」
私はもう気にしないと決めた。噂を信じた人だって非がないわけではないけれど、どう考えたって悪いのは、噂を流した張本人なのだから。
「申し訳なく思っているなら、一つお願いを聞いてくれない?」
罪に対して、報いる手段を与えるというのは罪悪感を薄れさせるにはうってつけの手段だったりする。それはそれとして、彼に頼みたいことがあるのは本当なのだけれど。
弱みに付け込んでいるようで申し訳なく思うのだけれど、それはそれ。背に腹は代えられない。
「僕で良ければ何なりと」
「あの噂の出どころを調べる手伝いをして欲しいの」
「貴方には難しい事ですからね。噂をされている当の本人に、その噂の話なんてできないでしょう」
「そう。だから平民の貴方にお願いしているの」
「お任せください。それくらいであれば、僕にだってできそうですから」
そう言って、ヨハンは私に柔和な笑みを向けるのだった。
笑えば結構かわいい顔をしているじゃないかと、そんなことを思った。
「授業始めるぞー」
魔法概論は毎日ある授業だったりする。
教室に入ってきたレイモンド先生が、皆に着席を促す。
「では」
ヨハンは、私に小さく一礼をすると自らの席に戻っていった。
「初回授業で皆の属性は分かったと思うから、次回からはそれぞれに合わせて専門的な学習に移行する」
魔力を操作する方法は全属性で共通なのだが、それ以降に関しては同じところなどない。つまりは、レイモンド先生が全属性使いでない限り、すべての魔法を教えることは難しいということ。
レイモンド先生はパチンと指を鳴らす。すると、彼の指の先端から小さな炎が立ち上った。
「見ての通り、俺の属性は火だ。火属性の生徒は引きつづき俺が教えることになるのだが、それ以外の生徒は各属性のスペシャリストが担当するから、期待しておいてくれ。それと……」
私の方を向いて、少し言いづらそうな顔をする先生。
「?」
両手を合わせて、私に頭を下げる。
「アフィリア。君の講師なのだが、ひとまず無属性の講師が付く。だが、それで君の才能が花開くかどうかは、わからない」
おそらくは、最初の授業で先生が言っていたことと関係のあることなのだろう。
『無属性は分類不能』先生はそう言った。
「一口に無属性だと言っても、何ができるかが分からないから……ですよね?」
つまりは、私がどんな魔法を使えるのかが分かっているようで全く分からない状態なのだ。
「そういうことだ。君の魔法について分かったことは、『まだわからない』というただ一点のみだ。だから、ほかの生徒と違って、君はこれからも何ができるかを探っていくことになる」
「……わかりました」
これに関しては、私にできることなんてない。ただ、指示を仰いで研鑽を積みながら、機を待つだけしかできない。
「では、授業を始める」
前に進んでいく皆に、少し取り残されていくような気がした。
× × ×
「わぁ、大きいお部屋!」
寮の私の部屋には栗毛の小動物がいた。
せっかく新しい友達ができたのだから、もてなしたいというもの。
そうして、授業終わりにソフィアを自室へと招いたのだ。
「あまり大したものは出せないのだけれど、寛いでいって」
「そんな、大したものしかないですよ」
「あら、そう? 喜んでくれるのなら、私も嬉しいのだけれど」
「そのお気持ちだけでも十分に嬉しいくらいです!」
ソフィアは、ブンブンと両手を振りその感情を表現する。
「お待たせいたしました。お嬢様、ソフィア様」
ロセが、静かに部屋へと入ってくる。その手には、ティーセット一式。
「あっ、ありがとうございます!」
「ありがと、ロセ」
小さく一礼をすると、そっと受け皿とティーカップを机に置き、紅茶を注いでいく。
「ロセの淹れた紅茶は絶品なのよ?」
「恐縮でございます」
「アフィリアさんがそこまで言うなんて、楽しみです!」
「お口に合えばいいのですが」
そう言って、ロセは紅茶の入ったカップを差し出してくる。
テーブルに置かれたお茶請けのクッキーと、湯気の立ったお茶。
いつもは庭園で行うお茶会だが、たまには室内で落ち着いてお茶を頂くのも案外悪くない。
前を見ると、カップを両手で持って、ふぅふぅ、と息を吹きかけてお茶を冷ますソフィアの姿があった。
こくり、と一口。次の瞬間には、彼女の顔には笑顔の花が咲いていた。
「とっても美味しいです!」
「そうでしょ? ロセの紅茶よりおいしいお茶なんて、私知らないもの」
「お口に合ったようで何よりでございます」
後ろのロセはきっとすました顔をしているだろうが、私以外の人からお茶を褒められる機会はそうないため、その内心はきっと喜んでいることだろう。
「そういえば、アフィリアさん。シンさんとはどういう関係なんですか?」
ソフィアはきょとんと首をかしげながら問うてくる。
「どんな関係……幼馴染? 騎士……はまだ叙勲してないし……。うん、やっぱり幼馴染かしら。でも、どうして?」
「ずっと一緒に居て、何も言わなくても通じ合っているような感じがしたので……。それこそ、今日渡したロマンス小説の主人公と騎士様みたいに」
私にとってのシン。近くにいるのが当たり前になってきて、あまり深く考えたこともなかったが、通じ合っているように見えるならうれしいし、実際に通じ合っていられたのなら、もっと嬉しい。
「そうね、そうなればいいと……思うわ」
小説の主人公と騎士様だというから、きっと悪い関係ではないのだろう、そう思って返事したものの、実際のところそれがどういうものなのか、まだ読んでないのでよくわからない。
私の返事を聞いたソフィアは口を押えて、まぁ、なんて言っているけれど、良い関係に見えているのなら、それでいいかなと、そう思ったのだった。
本を読んだ私が、真っ赤な顔でベッドに突っ伏すのはまた後のお話。
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