面会
留置所にはスマートフォンや財布は持ち込めず、片っ端から押収された。
財布内にあった手持ち現金は領置金と呼ばれる。自弁というシステムによって紙パックのジュースやスナック菓子、歯ブラシや歯磨き粉、切手や便箋、大学ノートを買うことが許されており、領置金から自弁の代金が差っ引かれる仕組みとなっていた。
手持ち現金がほとんどなかった在沢はひとまずノートだけを買い、その日に何があったか、取調べで何を聞かれたか、どう答えたかを丹念に書き記した。鴻上に手紙でも書こうかと思ったが、そもそも別荘の住所を知らない。
外界との交流を断たれ、在沢の精神は日に日に摩耗していった。
とにかく一日一日があまりにも長く感じられ、勾留期間が永遠に続くような錯覚に陥る。楽しいことは何もなく、どんどん気が滅入っていった。接見禁止は付いていないから、鴻上が面会に来てくれたっていいのに、意外にあの男は薄情だった。
「おい、面会だ」
勾留期間の折り返しも過ぎた頃、在沢は面会室へ連れ出された。透明なアクリル板越しに白い作業着姿の鴻上の姿を認めたのは予想の範疇であったが、その隣には想像だにしなかった人物がいた。
「ご無沙汰してます、在沢氏」
パイプ椅子に居心地悪そうにちょこんと座っていたのは、小説家の藤岡春斗だった。もこもこの白いパーカーを着て、妙に着膨れしている。春斗はリュックサックを抱きかかえると、それとなくキーホールダを指差した。
背中に羽根を付け、だぼっとしたパーカーを着て、アニメに登場する小説妖精ハルちゃんさながらの格好をしていたが、それは紛れもなくLiSAだった。
振り子のようにぷらん、ぷらんと揺れているだけで一言も発しない。憧れの小説家に抱きかかえられて、さぞ嬉しいのだろう。嬉し過ぎて、すっかり喋るのを忘れているみたいだ。
「リサっ!」
在沢が直接話しかけようとすると、春斗がしっ、と口元に人差し指を添えた。リュックからごそごそと原稿の束を取り出し、立会人の警察官に手渡した。
「ぼく宛てに人工知能が小説を書いて送ってきたんですよ。文体もどことなくぼくに似てて、正直取り扱いに困っています」
警察官が内容を検分した後、在沢に渡されたのは『ガミはピンク、凛はグリーン、有意はゲロゲロ』と題された小説だった。
「とりあえず冒頭だけでも読んでもらえますか」