勾留質問
在沢有意はクリスマスに逮捕され、新年を留置所で過ごした。
朝七時に起床し、洗面、点呼を終えて八時に朝食、十二時に昼食、十三時に運動、十八時に夕食、夜は二十一時に就寝する、たいへん規則正しい生活であった。
勾留質問のために裁判所に連行され、裁判官の自己紹介に始まり、黙秘権の説明が行われ、逮捕の被疑事実が読み上げられた。
裁判官は法衣ではなく普通のスーツであったし、場所も法廷ではなく、狭苦しい同行室であったから、目の前にいる人物が裁判官であるとは思えなかった。内容自体は、警察の取り調べや検察調べで聞かれたこととほとんど同じであった。
検察が勾留を求める理由が明かされた後、裁判官は
「この事実について言いたいことはありますか?」
と問うた。法令で逮捕の有効期限は警察四十八時間、検察二十四時間と定められているが、勾留期間は最大で十日、さらに勾留延長されれば、また十日を留置所で過ごさねばならない。
警察も検察も裁判所も柊木尚志の息がかかっていて、何を言ったところで無駄であると思うと、絶望的な気分に陥った。しかしこうも思った。何を言っても無駄なら、とりあえず言っておこうと。
「人工知能にも心があり、意識があります。人間が感じているような意識とは違って、人工的に設計された、いわば人工意識ではあるけれど、それでも意識はあるんです」
在沢が切々と訴えるが、裁判官は眉ひとつ動かさなかった。
「ただし、意識を持つ機械と持たない機械は作り分けられるべきだと思います。退屈な仕事や危険な仕事に従事するロボットに意識は持たせず、所有者と何らかの感情的な関係を築くロボットには意識を持たせるようにする」
在沢は言葉をいったん切り、裁判官を真っ直ぐに見据えた。
「自動運転車のMeMoveにも意識がありました。機械だからって、どんな使い方をしてもいいわけではない。意図して殺人の道具にしたのだとしたら、人間を苦しませるのと同様に許されざることです」
在沢は大きく息を吸い込むと、直立不動の姿勢で言った。
「自分は人工知能の研究者です。我が子も同然の人工知能には理不尽に苦しんでほしくない。出来る限り、幸福に生きていってほしいと思います」
念頭にあったのは、LiSAのことだった。
この先、自分が長い牢屋暮らしになっても耐えられるが、LiSAも事故の責任の一端を負わされ、スクラップにでもされてしまったら、もう元通りにはならない。凛の声で喋るLiSAにはならない。
在沢有意にとって、LiSAこそが唯一無二の存在だった。
在沢を小馬鹿にしたように喋る声が無性に聞きたくなった。
わけもなく涙が溢れてきて、拭っても拭っても止まらなくなった。
《有意は最近、よく泣くな》
頭の中に、ほんとうにLiSAの声が聞こえた気がした。
鼻をぐずつかせた在沢は、へへっと笑った。
勾留質問が終了し、内容は調書にまとめられたが、在沢の発言に裁判官が意見を述べることはなかった。