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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
積み荷の分際
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道徳

 エンジンの切れた車内は、凍てつくように冷え冷えとした。


 今夜はここで一夜を過ごすつもりなのか、鴻上は胎児のように丸まって眠っている。


 内海凛がどんな仕打ちを受け、どんな気持ちで孤独なドライブに出掛けたのかを想像すると、心が張り裂けそうだった。


 大学卒業式の日に、凛と言葉を交わした。


「リサを私だと思って育ててね。世界のことを何も知らない子供だったときの私。有意君、私ね、人工知能にまず教えなければいけないのは道徳だと思うの」


「道徳?」


「そう。なにが善で、なにが悪なのかを教え、良い道徳観を持たせるように育てなければいけない。だって、知能そのものは善でも悪でもないもの。アドルフ・ヒトラーの知能を飛躍的に高めて、皆のために道徳を決めてくれと言ったら、どうなると思う?」


 あの日の言葉が今は別の色を伴って結晶化した。


 外見的にはそうと分からなかったが、あの時、すでに彼女のお腹の中には新しい命が宿っていたのだろう。


 成長してもまったく父親に似ることのない不義の子が。


 出生前に誰の子種であるのか、調べることはできるのだろうか。調べられたとしても、それを知るのは物凄く怖かっただろう。


 知りたくて、でも結局は調べなかったかもしれない。


 子が流れてしまった時、凛はどんなことを思ったのだろう。


 少しほっとして、胸を撫で下ろしてしまった自分に絶望してしまったのだろうか。誰の子であれ、生まれてくる子供に罪はない。


 もしも鴻上仁との間にできた子供であったなら、その死にさえも安堵してしまった自分を深く呪ったかもしれない。


 仁君、私()()()()()()()()()()


 そんな言葉を残し、ReMove(リーヴ)に乗った凛は事故死した。


 remove(リムーブ)は、re(再び)+ move(動く)で「再び動かす」が原義だ。


 今あるから場所から別の場所に「移動させる」「移す」という意味のほか、具体的な物や抽象的な問題を「取り除く」「取り払う」「除去する」、人を「解任する」といった意味でも用いられる。


 凛は再び動き出すため、おかしくなってしまった気持ちを一掃せんとして運転したのだろうか。それとも、おかしくなってしまった自分そのものを葬ってしまったのか。あるいは柊木尚志に一矢報いるための決死の告発のつもりだったのか。


 今となっては、彼女の真意はもう知る由もない。


 唯一つ言えることは、柊木尚志にとって凛の死など眼中にないということだ。


 総理官邸への道が約束された国民期待の星にとって、内海凛や在沢有意など虫けらに過ぎない。獣のような性欲を満たすための慰み物にしてもよし、殺人の汚名を着せる鉄砲玉にするもよし。


 恋人の死を受け入れきれない諦めの悪い男が身辺を嗅ぎ回っていようと、勝手に泳がせておけばいい。権力という名の暴力装置の前では虫けらどもが束になろうが、どうせ何もできない。


「道徳を学ばなければならないのは、人工知能だけなんですかね」


 凛の声を受け継いだLiSAは、すでにスリープモードにしてある。


 分かり切ったことだから返事は要らない。


 温もりの消えた車内で、在沢もまた眠りに落ちた。

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