ReMove
峠にアタックする命知らずのライダーでもあるまいに、ReMoveは筑波スカイラインの曲がりくねった道を疾走した。
「ちょっ……、ガミさん、怖いです」
在沢の言葉など耳に入っていないのか、鴻上は脇目も振らず正面だけを凝視している。どうにも鴻上はハンドルを握るとスピード狂の顔が表に出るのか、車はどんどん加速していく。タイヤが悲鳴をあげ、シートベルトにしがみついていても恐怖を覚えた。
《ゴー、ゴー、レッツゴー!》
速度計は上がり続け、LiSAがよけいに煽るものだから、鴻上はさらにアクセルを踏み込む。完全なる暴走はどこか常軌を逸していた。見えない亡霊に憑かれているかのようでもあり、得体の知れない恐怖から全速力で逃げているようでもあった。
もしかして鴻上は大の恐がりで、お化け屋敷などが苦手な性質なのだろうか。事故死したバイク乗りの幽霊を見た、首のない亡霊に追いかけられた、といった証言が相次ぐ茨城県屈指の心霊スポットから一刻も早く逃げ出したい一心なのかもしれない。
「落ち着いてください、ガミさん」
在沢が宥めるが、鴻上の横顔は真っ青で、血の気が引いていた。山道の下り坂でカーブに差し掛かったが、鴻上は一向に曲がろうとしない。ガードレールに向かって真っすぐに突っ込んでいく。
「何してるんですか、ガミさん」
カーブの外側は崖で、ガードレールを曲がり切らねば、そのまま真っ逆さまに落ちてしまう。助手席の在沢が金切り声をあげるが、鴻上も余裕を失っていた。
「嘘だろ。ブレーキが効かねえ」
ReMoveは一切減速することなく、崖下目がけて一直線だった。
鴻上が咄嗟にハンドルを限界まで切ると、足元からギ、ギ、ギ、ギという異音が聞こえた。コントロールを失った車が一瞬、宙に浮いた。タイヤは空転し、斜めに着地した車は遊園地のコーヒーカップのように回転した。なおもスピンし続けた車はガードレールを目前にしてようやく勢いを失い、沈黙した。
「……死んだかと思いました」
「ああ、マジでな」
九死に一生を得た鴻上は脱力し、呆然とした面持ちだった。
「どうしたんですか?」
「いきなりエンストしやがった」
急にエンジンが止まり、ブレーキとハンドルが極端に重くなったという。鴻上があれこれとエンストの原因を調べていた。
「もしかして、このせいか」
鴻上はハンドルを握る右腕を曲げ伸ばしし、鍵と腕が触れ合うかを確かめていた。正対したままでは問題はなかったが、極端に身体を傾けてハンドルを握ると、伸ばした太い腕が鍵に触れた。
イグニッションスイッチの鍵がハンドル操作の際に腕に接触し、知らぬ間にキーが回ってしまったようだ。エンジンが停止したせいで、ブレーキとハンドルが極端に効きづらくなった。
元ボクサーである鴻上の腕は常人ならざる太さであり、極端に身体を傾けた姿勢でハンドルを握った際に鍵と接触してしまったとしても、直ちに回収・無償修理の対象となる欠陥であるのかは微妙である。しかし、ReMoveには唐突にエンジンが止まってしまう危険性があることが明らかとなった。
「会社の上層部はこの欠陥を知っていたんですかね」
「さあな。EDR解析班に移る前に、リコール課とお客様相談室にたらい回しにされたけど、こんな不具合があるなんて聞いたことはなかったな」
運転席の背もたれを限界まで倒し、鴻上は天井を見上げた。
静かに目を瞑り、小休止した。命を投げ捨てるかのような暴走を反省しているのだろうか。
「そういえば、凛さんも網野美亜もリーヴに乗って事故死していますよね」
「ああ」
運転に疲れたのか、鴻上は言葉少なだった。
鴻上に聞いた話によれば、リーヴが生産中止となったのは、凛の事故死よりも後のことだ。アクセルとブレーキを踏み間違えたことによる事故死と結論付けられたが、車自体に重大な欠陥があったとすれば、メーカーの責任が強く問われることになる。
ヒイラギ・モータースの上層部は、リーヴの欠陥を知りながらも黙認し、早急に自動運転車へと転換を図ることで幕引きを図ったのだとすれば、凛の死はまったく浮かばれない。
「凛さんが亡くなったのって、ひょっとしてこれのせいなんじゃ」
「ちげえよ」
在沢が憶測を口にした途端、怒気交じりの声に遮られた。
「凛は殺されたんだ。凛の名誉のために言わなかったけど、やっぱ無理だわ。柊木尚志に強姦されて精神的に追い詰められたんだ」




