違和感
試験走行場を後にして、駐車場に停めたReMoveに乗り込んだ。
「おい、有意。いつからあの標識に目を付けてたんだ」
「車載カメラの映像を見たときにちょっと違和感があったんです」
「ああ、ゲロったときか」
運転席に座った鴻上は薄笑いを浮かべ、まだ車を発車させる意思はないようだった。在沢はむっ、としながらLiSAの頭を撫でた。
「ガミさんは事故の瞬間の車内映像を見てます?」
「見てねえな。あの場に居合わせたしな」
「外から見ると不自然ではなかったかもしれないですけど、中から見ると柊木は相当不自然な動きをしているんです。リサ、車載カメラの映像を出して」
LiSAは何か言いたげだったが、黙ってタブレットに映像を投影した。擦り切れるほどに見たときは吐き気が込み上げてきたが、努めて客観的に眺めれば、なんとか堪えることができた。
「衝突する前から、明らかに防御姿勢をとってますよね」
「ああ、確かにな。露骨にガードしてやがるな」
映像の中のミーヴは網野晃を轢いた後も走行し続け、路端の標識に激突し、黒煙を吹き上げた。最高速度は百キロ、と示した標識がほんの一瞬映し出された後に画面がぶれ、フレームアウトした。
「CDRレポートだと、衝突の五秒前には100キロ出ていたじゃないですか。そういえば、標識も100だなって」
「たまたまじゃねえの。高速道路の法定速度は100キロだし、標識自体には意味はねえだろう」
鴻上がタブレットを投げて寄越した。
「なんかサブリミナル的な感じで、100キロを出さずにいられないようにさせたとか」
「阿保か、誰を洗脳するんだよ。お前は運転してねえし、アクセルも踏んでねえだろ」
まったく取り合ってくれず、在沢は不満げに唇を尖らせた。
「でも、国土交通省の関与はあったじゃないですか」
「それは収穫だったな」
鴻上もまた道路標識に何かしらの作為を見出したようだ。
「ガミさんはあの標識、なんの意味があると思ってます?」
「目印じゃねえの」
「どういうことですか」
鴻上は何か重要なことに気がついたらしく、在沢はごくりと唾を飲んだ。
「網野晃を計画的に轢き殺すためには、好き勝手な位置に立っていられても困る。ここに立っていろ、と伝えるための目印だったんじゃねえのか」
「なるほど。そうかもしれないですね」
網野晃をあらかじめ走行路のど真ん中に立たせ、報道カメラを向けさせるにしても、明確な目印がなければ、網野がどこに立つかはかなりの誤差が生じてしまう。
当日はマスコミが多く詰めかけていたから、列の先頭に立つか、最後尾に立つかで衝撃の度合いも変わってくるだろう。しかし走行路にあからさまな目印を設ければ、事故後にすぐ判明してしまう。走行路周囲にあってもなんら違和感はなく、立ち位置をそれとなく指定するには、道路標識ほど打ってつけの存在はない。
「でも標識よりかなり前に立ってましたよね。網野を轢いてから、標識に当たって止まったんですから」
標識は車止めの役割を果たしたことを考えると、立ち位置の目印となったとは言い切れないような気がした。
「標識の十歩前に立っとけ、とか指示すればいいだけだろ。男子トイレにもあるだろ。もう一歩前へ、ってやつが」
「ああ、はい。ありますね」
在沢が平然とうなずくと、鴻上が鼻で笑った。
「なんで男子トイレ事情を知ってんだよ」
「平素は男として生活していますから、男子トイレを活用させていただいております」
「お前、男が小便しているの、どんな目で見てるわけ?」
「便利そうだなあって」
在沢がぼそりと言うと、鴻上は腹を抱えて大爆笑した。
「そんなに笑います?」
「悪い、悪い。笑っちゃいけねえんだろうけど、ついな」
ひとしきり笑った後、鴻上はようやくエンジンをかけた。
「そんじゃ、次は筑波スカイラインまでぶっ飛ばしますか」
《もう一歩前へ!》
話したくてうずうずしていたらしいLiSAが、またもや一癖ある言葉を学習してしまった。
「オーケー、レッツゴー!」
《ゴー、ゴー、レッツゴー!》
ハンドルを握った鴻上は、放たれた獣のような勢いでReMoveをぶっ放した。