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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
積み荷の分際
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試験走行場

 城里町(しろさとまち)の試験走行場は、二十四時間三百六十五日眠らない。


 金色の夜間ライトが煌々と照り、暗い夜道を照らしている。歩行者や対向車両が視認しづらくなる夜間帯を想定した夜間走行試験の真っ最中なのだろうが、管理棟の受付嬢の声は寝惚けていた。


「献花をなさりたいんですか。テストコースに花を置かれるのは、ちょっとどうかと……」


 受付嬢は迷惑そうに、在沢と鴻上を見た。


 自動運転車MeMove(ミーヴ)に衝突され、命を落とした網野晃に哀悼の意を示すため、白いバラと白いカーネーションを手向けに来た。事故のあった走行路はまったくの夜の装いで、道端に白い花が置かれていても、きっとテストドライバーには気付かれもしないだろう。


「お悔やみに来ただけで、花を置いていくつもりはないです」


「そうですか。それなら、まあ」


 ご勝手にどうぞ、と言わんばかりに受付嬢は立ち尽くしている。


 在沢は白いバラを走行路の端っこに置くと、両手を合わせ、瞑目した。心の中でどんな言葉をかけるべきなのか、まったく思いつかず、ただただ無心に目を瞑り続けた。


 無辜(むこ)の人物を死に至らしめておきながら、その死を悼むことは、およそ偽善なのだということはよく分かっている。網野の死が闇に溶けていくなか、一筋の光を当てることが自分の使命だと思えた。


 在沢が顔を上げると、ふと気がついた。


 そこに在ったはずのものがひっそりと消えている。最高速度は百キロ、と示した単柱式の道路標識が撤去されていた。ミーブに激突され、標識もまた使い物にならなくなったのかもしれない。目を凝らしてよく見ると、標識があったはずの場所だけ丸く切り取られたような跡があり、コンクリートの色が馴染んでいない気がした。


「ここに速度制限の標識がありましたよね。100キロ以下に減速しなさい、というやつです」


「はい、それが何か?」


「新しいものには取り換えないのですか」


 在沢が訊ねると、受付嬢は鬱陶しそうに答えた。


「取り換える予定はありません。元々、ここに道路標識はありませんでしたから」


 来週に迫ったクリスマスの約束を反故にでもされたのか、茶髪の巻き毛をくるくると弄る手つきに苛立ちが現れていた。


「そろそろ行こうぜ。標識なんてどうでもいいだろう」


 付き添いの鴻上が焦れたように言った。


「自動運転の試験のためだけに標識が設置されたんですか?」


「私の担当ではないので、お答えしかねます」


「担当の方に聞けば分かりますか。誰の指示で、いつ、ここに標識が設置されたのか知りたいんですけど」


 しつこく訊ねる在沢に、受付嬢はうんざりした様子だった。


「管理棟に行けば調べはつくと思いますが、部外者の方にはお教え出来かねます」


 受付嬢は慇懃に言い、立ち去りかけたが、鴻上が追い縋った。


 執拗に訊ねた甲斐があったのか、鴻上には意図が通じたようだ。


 鴻上は如才ない笑みを浮かべ、ヒイラギ・モータースの社員証をこれ見よがしに見せた。


「申し遅れましたが、ヒイラギ・モータースEDR解析班の鴻上と申します。茨城県警とも協力して本件の事故調査をしております。お手数おかけしてすみませんが、ご対応いただけませんかね」


 社員証の効果はともかく、県警という言葉にびびったらしい。


 気怠げだった受付嬢がいきなりしゃんとした。


「お調べいたします」


 管理棟に引き返した受付嬢は、灰色のキャビネットから分厚いバインダーを取り出し、素早くめくり始めた。


「こちらかと思います」


 バインダーに収められた書類には、国土交通省の通達で、自動運転車の試験走行時に指定の道路標識を設置する旨が記されていた。


「これ、印刷していただけますか」


 在沢がにこやかに言うと、労せずして書類の写しが手に入った。


「ご協力感謝します。それでは、良いお年を」

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