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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
積み荷の分際
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混乱

 在沢は夢を見ていた。


 自分が死神になったような悪夢ではなく、全身にシャワーを浴び、大型犬のように丸洗いされ、美容院で丁寧にシャンプーされているような心地良さを覚えた。いったいどこの楽園にいるのか、手足まで入念にマッサージされているらしく、あまりにも気持ちが良くて、覚醒するのが勿体ない。


「あー、臭え。畜生、ほんとに手がかかるな」


 在沢が夢心地に浸っているのに、鴻上らしき無粋な声がする。


「起きてんのか? 起きてるんだったら、さっさと起きろ」


 耳元で苛立ち交じりの声が響く。薄く目を見開いてみると、自分の手足が泡まみれになっていた。意識が朦朧として、どうにも頭がはっきりしないが、ここは美容院ではなく、浴室であるらしい。


「おし、ちったあマシになったか」


 頭からぬるま湯のシャワーをぶっかけられ、石鹸の泡が洗い流されると、在沢の華奢な身体が露わになった。見覚えのあるごつい手が内腿を滑るように撫で、脇腹に至り、それからほとんど起伏のない乳房を目指して、だんだんと上昇してくる。


 在沢が座らされているのはマッサージチェアなどではなく、分厚い胸板の鴻上に抱きかかえられているようだった。お尻の辺りになにか硬くて熱いものを感じるが、いったいこれはどういう状況なのだと理解が追いつかず、在沢はただされるがままに硬直していた。


「……んっ」


 円錐の突起部を優しく指先で弾かれると、とても自分のものとは思えぬ甘い吐息が漏れた。在沢が慌てて両手で口元を押さえると、うなじの辺りをざらりとした舌に舐められた。


「……ひ、あっ」


 在沢の腰がびくんと跳ね、痙攣したように全身が震えた。お尻に押し当てられた硬いものはよりいっそう硬度を増し、熱さを伴った。いい加減、自分が今どういう状況に置かれているのかがはっきりと自覚できたが、これもまた夢の中の夢である可能性は捨てきれない。


 これまで在沢は性認識の上では男として生きてきたため、女性扱いされたことなど一度たりともなかった。やめてほしいのに、やめてほしくないという意味不明な状況に困惑した。在沢が抵抗らしい抵抗も見せずにいると、いよいよ遠慮のない指は全身を弄り始めた。


「……頭が混乱してます」


 どうにもこれは夢ではないらしいと観念した在沢は、今にも泣き出しそうな声で囁いた。自分のものと思えぬ喘ぎが疎ましい。


「身体は嫌がってねえけどな」


 くるりと回転させられ、鴻上と正対する格好となった。どんな顔をして鴻上の顔を見ていいのか分からず、在沢は思わず目を伏せた。


「人を殺すのって、どんな気分?」


 鴻上は今日の天気でも訊ねるかのような気安さで訊ねた。


「デリカシーないんですか」


 在沢が嘆息すると、小さな子供をあやすように頭を撫でられた。


 自分が運転席に座っていた自動運転車が人を撥ねて殺した。


 故意ではないにせよ、人を殺したのがどんな気分かと問われれば、およそ最悪な気分としか答えようがない。


 目の覚めている日中はまだ良かったが、夜眠るときはずっとうなされた。目蓋を閉じても穏やかな眠りは訪れない。網野晃を轢き殺した瞬間が何度も何度もフラッシュバックした。


 在沢が何も答えずにいると、半笑いの声が耳に届いた。


「チキン南蛮を盛大にリバースして、ゲロまみれの汚物になる程度には傷ついてんだろ。本当にひどかったぞ。臭すぎて誰も手出しできねえし、汚物を回収したオレは褒められるべきだな」


 LiSAからの緊急連絡エマージェンシーコールがあり、社員食堂に駆けつけてみて、鴻上は思わず我が目を疑ったという。白っぽい汚物の海に在沢がぶっ倒れており、誰も近寄るに近寄れない状況だった。立ち込める異臭を我慢して、なんとか別荘まで搬送し、身ぐるみぜんぶ引っ剥がして、汚れと臭いを隅々まで洗浄した。


「なんか、ほんとスミマセン」


 伏し目がちのまま在沢が言うと、顎をくいっ、と持ち上げられた。


 愚痴交じりの口調とは裏腹に、とてつもなく真剣な目をしていた。


「身体が女ならオレは抱けるぞ。逆は無理だが」


 いつぞやのミラージュホテルで、妖艶な女優が年若い小説家を押し倒した行為の背景が唐突に理解できた。彼女は忌まわしい気分を甘美な唇で上書きしてあげたのだ。


「凛さんに申し訳ないので、夢だと思うことにします」


 在沢は視線を避けるようにそっぽを向いたが、鴻上の分厚い胸板にぺたりと頬を寄せた。それから、おそるおそる腰に手を添える。これがゴーサインなのか、ストップサインなのか、もはや在沢自身にもよく分からなかった。


「現実だよ、バーカ」


 艶めかしく動く舌が口腔内に押し入ってきた。


「頭のなか、空っぽにしてやる」

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