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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
積み荷の分際
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私刑

 ただ印鑑を取りにきただけであったはずが、自宅に戻ってみると、強盗に遭ったかのような有様だった。予想だにしなかった事態に、在沢は呆然と立ち尽くした。


 玄関の鍵は粉々に破壊されており、愛用のタブレットパソコンは滅茶苦茶に壊されていた。水道管が破裂し、シンク周りが水浸しになっている。カーテンはびりびりに切り刻まれ、クローゼットは荒らされ放題で、預金通帳や印鑑を収めた小箱はすっかり物色され、中身は空っぽになっていた。


「ガミさん、ちょっといいですか」


 アパート前に路上駐車している鴻上に声をかけると、すぐに駆けつけてくれた。


「うわっ、ひでえな……」


 荒れ果てた室内を見て、鴻上が声をあげた。在沢の住むアパート周辺に取材記者の姿はなかったが、外階段を上った二階にある自室の窓が叩き割られ、モルタルの外壁に血文字のような赤いスプレーで「死ね 人殺し」と大書されていた。


 ミーヴが暴走し、報道番組のカメラクルーであった網野晃を轢き殺してしまったが、インターネット上では在沢有意が犯人だと特定していた。おそらくは住所まで漏れていたのだろう。


 網野と近しい人物による報復であるのか、義憤による私刑のつもりなのか、はたまた愉快犯なのか、あるいはネット情報に便乗した金銭目的の窃盗なのか、何とも判別しがたい散乱ぶりだった。


「なにか盗られているか?」

「通帳とか、もろもろ盗まれたみたいです」

「しょうがねえ。警察に通報するか」


 鴻上はスマートフォンの番号をプッシュし、耳に当てた。


「俺、警察に疑われているみたいなんですけど」

「それとこれは話が別だろう。住居侵入、器物損壊、あと窃盗もか。どう考えてもこれは通報案件だろう」


 警察に一報を入れ、パトカーが到着するまでの間に会社にも連絡した。平古室長に電話をするのが億劫で仕方がなかったが、強盗に遭ったことを告げると、「実印が用意できなければ三文判で構わない」と言われた。こちらの身の心配よりも、退職願いを受け取ることの方がよほど重要な案件であるようだった。


「住む場所、どうしよう」


 在沢が気落ちしながら言うと、鴻上はちらりと空を見上げ、天気の話でもするかの

 ように何気ない調子で言った。


「当面、うちに住めばいい」

「いいんですか?」

「他に頼るとこがないならな」


 鴻上のちりちりした天然パーマの毛先から爪先までをひとしきり見回した在沢は唇を真一文字に結び、眉間に皺を寄せた。


「なんだよ、その顔は」

「俺、男ですけど」

「男でいたいならそうしろよ」


 鴻上は不機嫌そうに吐き捨てると、くるりと背中を向けた。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。


「ねえ、ガミさん」

「……あ?」

「俺が刑務所暮らしになったら、面会に来てくれます?」


 吐き出した声は、自分でも思ってみなかったほど弱々しかった。

 鴻上の耳には届かなかったのかもしれない。


 返事はなかった。


 パトカーがアパート前に到着し、制服警官が二名姿を現した。


 警察手帳をかざし、室内を検分する警官を睨みつけながら、鴻上がぼそりと言った。


「行かさねえよ」

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