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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
積み荷の分際
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クラッシュ・データ・リトリーバル

 別荘の二階にある解析ルームに移動した鴻上は、LiSAの背部にアダプタを接続し、パソコンと直結した。


「さあさあ、お立会いあれ」


 CDRクラッシュ・データ・リトリーバルの分析キットは、救急バッグのような鞄に収められており、幾つものケーブルやアダプタが詰め込まれていた。ざっと見る限りでも百本近くのケーブルが取り揃えられており、各自動車メーカーごとにEDRの規格や設定が異なるからだそうだ。


 シリアル通信プロトコルController Area Network――通称CANに書き込まれたデータをキャプチャーする仕組みとなっているが、車の損傷が激しく、CANの通信網が遮断されていて、データがうまく吸い出せないこともあるという。


 鴻上はデータ破損のリスクを見越してLiSAにデータを転送していたから、あとは掌に収まる小さなコミュニケーションロボットの中に眠る真実を吸い出すだけで良かった。


 電源が入り、しばしの眠りから目覚めたLiSAがぱちくりと目を瞬いた。きょろきょろと視線を巡らし、在沢有意を視認する。


《元気ないわね、有意。気分の上がる音楽でもかけとく?》


「ありがとう。でも遠慮しておくよ」


《あっそ。あー、そー、ノリ(わる)ぅーい》


 いつも通りの憎まれ口がなんだかひどく懐かしく思えた。


 どんぐり眼にぱくぱく動く口、ペンギンともフクロウともつかぬ丸っこいフォルムを愛せずにいられようはずもない。


 事故データを吸い出すまでのおよそ十五分ほどの時間が永遠のようにも感じられ、なぜだかLiSAまでもが悩ましい顔をしていた。


「おっ、来たか。さてさて緊張の瞬間です」


 鴻上はお道化た調子の声を出すが、表情は真剣そのものだった。事故データはCDRレポートの形で出力されたが、データはすべて英語で表記されており、謎めいたグラフが添えられている。


「有意、良かったな。アクセルとブレーキは踏み間違えてないぞ」


 鴻上はPre-Crash Data -5 to 0 secと題された表を指差した。


「ぜんぜん分かんないんですけど……」


 鴻上の肩越しにレポートを見ていた在沢が怪訝な顔をする。


「データはぜんぶ英語なんですね」

「データ収集機器がアメリカ製だからな。慣れれば問題ない」


 Engine RPMはエンジンの回転数、Speed Vehicle Indicatedは車のスピード・マイル表示〔時速表示〕、Acceleraor Pedalはどのぐらいアクセルを踏み込んだか、Service Brake Activationはブレーキを踏んでいたかどうかを表し、Controlの項目がautoであれば自動運転状態にあり、manuであれば手動運転状態にある。


「衝突の五秒前に63マイル、時速にすると101キロのスピードが出ていた。衝突一秒前に自動運転から手動に切り替わって、衝突の0.5秒前にブレーキが踏まれている」


 鴻上が解説してくれた事実を踏まえると、交通事故捜査係の男に投げかけられた疑いが晴れるだろう。


 手動運転に切り替えた後、ブレーキとアクセルを踏み間違えませんでしたか。そう訊ねられたとき、事故当時の記憶が定かではなく、しどろもどろに答えたが、CDRレポートを見れば踏み間違えがなかったことは一目瞭然だ。


 踏み間違えていなかっただけでなく、在沢は衝突直前に手動運転に切り替えており、ブレーキまで踏んでいたことが客観的な証拠として残されていた。撮影クルーが亡くなった事実に変わりはないが、在沢にかけられた嫌疑は晴れるだろう。


「ガミさん、ありがとうございます。俺、人殺しじゃなかった」


 人がひとり亡くなっているというのに、自分が殺したわけではなかったのだと証明され、不謹慎にも安堵の涙が溢れてきた。


「ああ、だといいけどな」


 CDRレポートに所見を書き込み、二部印刷すると、鴻上はいそいそと分析キットを片付けた。レポートの一部は在沢に手渡され、もう一部はEDR解析部に保管されるという。


「俺はお通夜には顔を出した方がいいんでしょうか」


「故人と親交があったわけでもないんだろ。ヒイラギ・モータースの社員たちと一緒に告別式に参列すればいいんじゃねえのか」


「そうですね。そうします」


 ずしりと圧し掛かっていた肩の荷が下りて、在沢は知らぬ間に笑みをこぼしていた。


《なんなの、有意。ニヤニヤしちゃって気持ち悪い》


「ありがとう。ぜんぶリサのおかげ」


《あっそ。あー、そー、有意、キモーい。マジ、キモーい》


 在沢が素直に感謝を告げると、LiSAは一瞬硬直(フリーズ)したあと、ぺっぺと唾を吐くような真似をした。語彙(ボキャブラリー)の貧弱な女子校生そのものの物言いに、無機質な人工知能らしからぬ人間味を感じた。

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