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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
積み荷の分際
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牢獄行きの自動運転車

 病室に巡回に来た医師のチェックを受けた後、在沢は退院した。


 治療費の支払い待ちをしている間、ふとここはどこの病院なのだろうかという疑問が湧いた。病院を出てから建物の方に振り返ると、茨城県立厚生中央病院という文字が目に入った。


 災害派遣医療チーム――DMAT隊を有し、国内において地震、津波、台風、噴火などの災害発生時に迅速な災害医療を行う地域災害拠点病院に指定されている同病院には、一度ならず二度も世話になってしまった。


 在沢が免許を取りたての頃、レンタカーを借りて単身で日本一周のドライブに出掛けたことがある。


 大学卒業を間近に控え、ゼミ仲間はこぞって海外旅行に繰り出しており、ペーパードライバーの在沢に付き合ってくれる奇特な友人は一人もいなかった。


 お気に入りのアニメソングを大声で熱唱しながら越前・河野のしおかぜラインを疾走していたとき、ついついスピードを出し過ぎてしまった。


 水平線に沈む夕焼けの太陽があまりに美しく、うっとりと見惚れていると、気がつけば海上橋の低いガードレールをぶち破り、岩壁に激突した。


 そこから先のことはあまり覚えていないが、重度の脳挫傷を負い、幾日かは昏睡状態であったらしい。


 在沢が目覚めたのは、転院先の茨城県立厚生中央病院の病室で、見舞いに来たタウンズ教授にほとほと呆れられた。


「意識はあるかね、ミスター・アリサワ」


 まるで決め台詞のような定番の嫌味をジョークめいて口にすると、タウンズ教授の顔色が真剣味を帯びた。


「山に激突したのではなく、海に落ちていたら今頃は脳死していただろう。一命があったことは奇跡だった」


 日頃の冷静さはどこへやら、あまりにも力強く抱擁され、涙交じりの声で「とにかく助かってよかった」と何度も何度も繰り返されるうち、在沢も涙した。


「絶対に事故を起こさない車を作ります」


 在沢がそう言うと、タウンズ教授は笑うでもなく泣くでもなく、なんとも形容しがたい曖昧な表情を浮かべた。


「そうかね。まあ、頑張りたまえ」


 つっけんどんな言い草とは裏腹に、タウンズ教授は自動運転車の頭脳を作る集団に変貌したイモータル・テクノロジー社の特別顧問も引き受けてくれた。


 在沢自身は車にも運転にもさして興味はなかったが、余所見運転をして死にかけた過去があるから、「絶対に事故を起こさない車」というコンセプトはたいそう魅力的に映った。


 ドライバーが余所見をしていても事故が起こらないようにするためには、そもそもドライバーが運転をしなければいい。人工知能が運転を代行すればいい。


 在沢は要所要所でタウンズ教授の教えを請いながら、自動運転車両の頭脳作りに没頭した。


 ただただ純粋に、絶対に事故を起こさない車を作ろうとしたはずなのに、在沢が開発に携わったミーヴは人ひとりを殺めてしまった。


 交通事故捜査係の男は「在沢がブレーキと間違えてアクセルを踏み込み、被害者を轢き殺した」と決めつけていたが、事はそう単純な図式ではない。


 これが在沢の犯した人的なミス(ヒューマンエラー)であったのか、それともミーヴに搭載された人工知能のエラーであったのかは現時点では不明であるが、根本的な事故の原因を明らかにしなければ、また同じ過ちを繰り返してしまう。


 ひとつ、はっきりしたことがあるとすれば、事故の調査を警察任せにしていたら、何もかもが在沢の過失とされ、有耶無耶なままに幕引きとなるということだ。


 自分は今まさに牢獄行きの自動運転車に乗せられているのだ、と思ったら、ぞっとした。


 病院の玄関口脇にあるタクシー乗り場には、ずらりと人待ちの列ができていた。自動運転車が遍く世に普及すれば、タクシー運転手はすべからく不要になるのだろうか。


 自動運転車であれ人間の運転するタクシーであれ、とにかく今は車という車に乗れるような気分ではなかった。幸い、中央病院から自宅までは歩けない距離ではない。


 晩秋の木枯らしに吹かれながら、在沢はとぼとぼと家路についた。

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