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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
セーサク、シンコー
59/100

脚本

藤岡春斗

 嘘の日、当日。


 朝っぱらからプロット会議に参加させられ、響谷Pに、

「ハルちゃん、樹海を舞台に、なんか良い感じの脚本を考えてよ」

 ほんの軽い調子で依頼された。


 そんなこと、いきなり言われてもどうしようもなく、とりあえず成り行きを静観することにした。


 卓袱台を囲んで、妃沙子姐さんと響谷Pが舌戦を繰り広げており、コケたら首括るしかないっすよ、などとキナ臭い会話が随所に挟まれている。


 奥野さんはまるで家政婦のように、お茶とお菓子を配っていた。


 目が透けて見える薄めのレンズのウェリントン型サングラスをかけた洒落者の林田社長は、なにか言いたいことがありそうだったが、テイクアウトしたコーヒーを啜りつつ、黙りこくっていた。


 ハバタキの影のフィクサーである林田社長は、創作的なやり取りに嘴を突っ込むことはほとんどないが、なにかが気に入っていないように見えた。


「藤岡君、ちょっと……」


 ふらりと席を立った林田社長に、ちょいちょいと手招きされた。コーヒーを飲み干してしまったらしく、お隣のリバーサイドカフェまでお供したまえ、ということらしい。


 マスターにお代わりのコーヒーをオーダーしてから、テラス席に腰を落ち着けた。


 林田社長と一対一で喋ったことはなく、コーヒーが出来るまでの間が途轍もなく長く感じられた。


「樹海には、良い思い出がなくてね」


 気まずい沈黙が長く続いたが、林田がぽつりと言った。


「俺が若い頃の同僚に、山川という男がいたんだ。山梨の出身で、剣道をやっていた。『機動戦士ガンダム』が大好きで、小学生当時は録画なんて出来ない時代だったから、剣道の練習を途中で放り出し、剣道着のまま帰って、正座して放送を見ていたようなやつでね」


 筋金入りのアニメ好きが高じて、制作進行になったという。


 他方の林田は特別アニメに思い入れがあったわけではなく、車の免許があるだけで採用してくれたから、制作進行として働くようになったそうだ。


「共通点なんてほとんどないのに、やつとは不思議と馬が合ってね。やつにはずいぶん、いろいろなことを教わったよ」


 林田が昔を懐かしむような目をした。


 山川という人物は、盟友とでも言うべき存在だったらしい。


「そんなに仲が良かったんですか?」

「なんでかは分からないが、不思議とな」

「山と川、林と田んぼ、だからですかね」

「ああ、そうだな。あとは海と空があれば完璧だな」


 マスターがコーヒーを運んできてくれ、林田が小さく会釈した。


 四月の風が心地良く、春斗の髪がさらさらと揺れた。


「その山川さんは……」


 聞かずともだいたいは察せられたが、聞かぬのも非礼な気がした。


 タバコに火を点けてから、林田は、ふう、と一息ついた。虚空に立ち上っていく白煙は、焼香代わりだったのかもしれない。


「なんで好きなものを作っている人間が死ななければならないんだろうな」


 それは問いかけのようでもあり、自戒の念でもあるようだった。


「すまないね。重たい話をした」

「いえ、大丈夫です」


 テイクアウト用のコーヒーカップを持った林田は、すっと立ち上がり、社屋へと歩を進めた。


「樹海を舞台にすることには反対ですか?」


 哀愁を帯びた背中に問いかけてみると、林田の足が止まった。


「軽々しく扱ってほしくはないな。ただ、やるからには希望のある話にしてほしい。それこそ、今までの樹海のイメージがぶっ壊れるぐらいの物語になるなら、俺個人としては嬉しいかな」


 何といってもその日は嘘の日で、林田社長がどこまで本気なのかは分からなかったが、全部が全部、丸っきりの嘘だったとしても、何もかもが本当のように聞こえた。


「山梨県福祉保健部にちょっとした伝手があるから、もしも藤岡君が興味あるなら、担当者の話を聞くことは出来るよ」


 林田は、ついでのように付け加えた。


 冷静になって振り返れば、このついでのひと言が決定打だった。


 ハバタキの社屋に舞い戻ると、響谷Pがにじり寄ってきた。


「どこに行ってたんだい、ハルちゃん。急にいなくなるから、逃亡したのかと思っちゃったよ」


 林田はコーヒーカップを掲げ、苦いコーヒーを美味そうに啜った。


「樹海を管轄している山梨県福祉保健部の担当者に話を聞きに行こうか、と藤岡君と話していてね」


「ああ、そうなんすか。じゃあ今から行きましょうか。ほら、ハルちゃん、何してんの。行くよ。レッツゴー、樹海!」


 ぞわぞわと身の危険を感じ、襲い来る響谷Pの手をすり抜けて逃亡を図ったが、すんでのところで拉致された。


 紐で全身をぐるぐるに巻かれた挙句、ガムテープで口を塞がれ、アイマスクをされ、息苦しくて、うー、うー、唸った。


 視界を奪われたが、車の振動と排気音だけは感知できた。


 気がついたら、樹海に置き去りにされていて、置手紙に「生きろ」とだけ記されていた。


 ここはどこ、と問われれば、「樹海」としか答えられない。


 死ぬ気もないのに、樹海でひとりぼっちなんて洒落にもならない。


 響谷Pが関わると、やっぱりロクなことにならないな、と思いつつ、足場の悪い、ごつごつした溶岩質の道を当てもなく彷徨い歩いた。




 嘘の日は、振り返るだに悪夢のような一日だった。


 樹海に赴くまでの前日譚はネタバレ回避のため、都合上ばっさりカットしたが、完成した脚本は、嘘の日に起こった経験を下敷きにした、事実に基づく記録映画(ドキュメンタリー)である。


 一部、事実に基づかぬ描写もあるが、それがどこかは知らぬが仏。


 ここから先、脚本担当の小説妖精にはもう出る幕はない。


 あとはアニメーターの皆さま、がんばって、と声援を送るばかり。


 小ぶりの枝を拾って指揮棒に見立て、景気付けに一曲。


 歌うはもちろん、ドングリ部隊長ジェイ。

 バックコーラスは、キン、クロ、ハジロー。


 はい、それでは皆様、ごいっしょに。

 ワン、ツー、さん、しー。


「ドングリィロォード、このミチィー

 ずうっとー、ユケェばー

 ジュ、カ、イ、へ

 ツヅいてるぅ、キがするぅー

 ドングリィー、ロォード」

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