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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
セーサク、シンコー
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キンクロ三兄弟

藤岡春斗

 うとうとしていたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 肩を揺り動かされて、促されるままに歩くと、そこはなんとなく見覚えのある脱衣所だった。どうやらここは、妃沙子と奥野さんが同棲しているマンションのようだ。


 春斗は眠たげに目を擦り、生あくびを噛み殺した。眠さは最高潮だったが、ふらつきながらもなんとか立っている。


 樹海帰りの身体は泥だらけで、そのままベッドに倒れ込めるような様相ではなく、風呂に入って身綺麗にしてから眠れ、ということらしい。


 他人の家でシャワーを浴びるのは気が引けたが、眠気が勝った。


 さっさとお風呂に入り、そのまま死んだように眠ろうと思ったが、妃沙子が艶然とした表情を浮かべたまま、立ち去る気配がない。


 そろそろ出て行ってくれませんか、と目配せすると、風呂上がりの湯気をまとわせた妃沙子が意味深な笑みを漏らした。


「なに、お姉さんと一緒に入りたいの? いいよ、身体も綺麗に洗ってあげるよ」


 妃沙子は着替えたばかりの服を脱ごうとして、止める間もなく豪快にシャツを脱ぎ捨てたものだから、均整のとれた白い裸身と黒いブラジャーが視界に飛び込んできた。


 赤面した春斗は、慌てて妃沙子を外へ追いやった。


 目の前でちらちらと、ポニーテールが揺れる。


 背中を押す際に触れた柔肌の感触が生々しく、あまりにも生々しすぎて、かえって現実味を欠くように思えた。


「い、いいです。大丈夫です」

「ちぇっ、ハルちゃんのイジワル」


 妃沙子を浴室から追い出したものの、動揺が収まらない。湯船に顔半分を沈めてぶくぶくと泡を吹いていると、こぽこぽと無数の泡がマグマのように湧き上がった。


「……え? え? え?」


 もう何がなんだかわからない。泡を食ったまま身を固まらせていると、湯船の底から三つの黒い塊がざばりと浮上した。


「おうっ、ハルっ!」

「……ハル」

「ハール、ハールっ!」


 浴槽に、キン、クロ、ハジローがぷかぷかと浮かんでいた。


 お風呂に浮かべるタイプのキンクロ三兄弟のソフト人形らしい。


 アニメのフォルムを忠実に再現しており、しかも喋るなんて、よく出来ているな、と半ば感心した。


「おうっ、ハルっ!」

 長男キンの声は二枚目風。


「……ハル」

 次男クロの声は根暗で陰鬱。


「ハール、ハールっ!」

 三男ハジローの声はひたすらバカっぽい。


 声音までアニメの設定通りだったが、喋る内容はワンパターンらしかった。


 春斗が湯船を出て髪を洗っている間も、キンクロ三兄弟はちゃぷちゃぷと泳ぎ、やかましく騒ぎ立てていた。


 シャワーを浴びていると、曇りガラス越しに女性のシルエットが見えた。バスタオルと着替えを用意してくれたらしい。


「春斗君、着替えを置いておくね」

「あ、ありがとうございます」


 白い裸身と黒いブラジャーの艶めかしい映像がまざまざと脳裏を駆けめぐり、わけもなくどぎまぎしたが、ふと違和感を覚えた。


 ……春斗君?


 妃沙子なら、そうは呼ばない。


 風呂上がりに身体を拭き、用意された服に袖を通し、髪が生乾きのまま外へ出ると、フローリングの床にぽたぽたと水滴が滴り落ちた。


 リビングの方へ目をやると、人影が二つ、肩を寄せ合うようにして座っていた。


 室内は薄暗く、どうにも重苦しい雰囲気が漂っていた。


 こちらに振り向いた妃沙子の顔は、亡霊のように青白かった。


 振り向かない、もうひとつの背中は、沙梨先生のようだ。


「おいで、ハルちゃん」


 手招きされ、ここに座れ、と示される。


 言われるがままに、女性二人の間にちょこんと座る。息がかかるぐらいの距離なのに、沙梨先生は言葉ひとつ発しない。


 隣を盗み見ると、妃沙子の目に光るものがあった。


 沙梨先生は身じろぎもせず、唇を固く噛みしめている。


 親しい人の喪に服しているような重苦しさが滲み出ており、まるで暗い海の底にいるかのような錯覚を覚えた。


 もしかして、奥野さんの身に何かあったのだろうか。


 じれったくなるぐらいの静寂に堪えきれず、なんとか口を開こうとしたが、かけるべき言葉が見当たらなかった。


 大塚妃沙子と沙梨先生はお互いにお互いを支えるように、ひしと肩を抱き合い、声を押し殺して泣いていた。


 緑の樹海に沈んだ奥野登美彦の姿が想起されたが、励ましの声さえ発せず、まったく存在感のない春斗は、そこに存在していないも同じだった。

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