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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
セーサク、シンコー
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裏方の苦労

山川林田

 山川との打ち合わせが終わり、遅い夕食をとった。


 営業時間外にも関わらず、レストランは食事を用意してくれた。響谷は鹿肉を使ったジビエカレーを泣きながら食べると、迎えの車に乗り、戦艦同士の戦闘シーンを描くべく都内へ救援へ赴いた。


 響谷を派遣することを若い制作進行に伝えると、よほど現場が逼迫していたのか、「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も繰り返し、あちらの経費でタクシーまで寄越してくれる、という三顧の礼を尽くされた。


 制作進行という裏方の苦労を肌で知る分、多少なりとも人助けになったなら、それでいい。


「こっちは俺が何とかする。そっちはよろしく頼む」

「任されました。全力で描いて参ります」


 去り際、響谷はびしっと敬礼をした。


 食後のコーヒーを飲みながら、林田はふう、と一息ついた。


 明日、樹海内を捜索する手筈であるが、困るのは響谷が暴走して、樹海に突進していき、四人目の行方不明者を出すことだった。


 ミイラ取りがミイラになることだけは避けねばならず、響谷を単独で帰京させる大義名分が必要だった。


 響谷の自尊心を傷付けず、いかに樹海から離れてもらうか、あれこれと考え、ひとまず格好は付いた。


 下手に仲間外れにされると、子供のようにへそを曲げる性質であるから、気分よく樹海から離脱してくれて万々歳だ。


 一仕事終えたが、まだ明日の仕事が残っている。どちらかと言えば明日こそが本番であり、今から胃がきりきりする。


 県警に問い合わせると、明日以降の捜査になると言ってくれたが、明確に「明日」とは言っていない。ただでさえ忙しい警察が、樹海に下見に来て迷ったお調子者を直ちに探してくれるとは思えない。


 警察としては「死ぬ気はないのだし、一刻を争う事態ではない」との判断であるだろうが、水も食料もなく、まったくの無防備で樹海をうろついていれば、想定外の事故に遭わないとも限らない。


 それに、三人ともインドア派だ。サバイバル能力は低かろう。


「うちの乗組員(クルー)たちは、大丈夫かねえ」


 心配し過ぎても仕方がないが、樹海を侮るわけにはいかない。


 何といっても、掛け替えのない友を飲み込んだ森だ。


 二重、三重の保険を用意して、安全に安全を重ね塗りするぐらいでちょうど良いと思う。


「後学のためにお教えいただきたいのですが、樹海に赴く際、最も気をつけなければいけないことはなんですか」


 山川は、林田の履いている革靴を眺めた。


「いろいろありますが、まずは靴ですね」


「……靴?」


「樹海の地面にはボコボコと穴が開いていて、腐葉土や落ち葉が積もって、落とし穴のようになっています。普通に歩いていてもズボズボとハマります。足首を捻ることも多いですから、(くるぶし)までカバーされたトレッキングシューズや登山靴が良いです。スニーカーだと、散策が終わった頃にはボロボロに擦り切れて、穴だらけになります」


「なるほど、靴ですか。それは盲点でした。ファッションに関しては、なにか注意点はありますか」

「靴さえしっかりしていれば、わりとカジュアルで構いません」


 動きやすくて、寒くなければ、とりあえず大丈夫であるらしい。


「樹海を歩くなら、体重が軽い方が有利です」


「それはどうしてですか?」


「重たいと、腐った樹を踏み抜きやすいですから。体重の軽い女性や子供は、わりとひょいひょい進んでいけるんです。ただし調子に乗って進んでいると、自分がどちらに進んでいるのかまったく分からなくなってしまいますが」


 何度も樹海に潜った体験談には、説得力があった。


「コンパス以外の必需品としては、まず水です。ただし、持ち込み過ぎても重いので、せいぜい二リットルぐらいが限度です。それに、いざというときの食糧。虫よけスプレー、タオル、バンドエイド、手袋、帽子、ヘルメット、懐中電灯、モバイルバッテリーなども、あると便利です。寝袋や簡易テントは重量がかさむので、持ち込まない方が無難です」


 樹海の心得を訊ねると、山川は止まらなかった。


「あとは、そうですねえ……」


 まだあるのか、と食傷気味になったが、山川は続けた。


「熊除けの鈴もあった方が良いかと」

「熊が出るんですか?」


 それは初耳だった。


「富士急ハイランドに熊が出没したことがあり、警察が出動する騒ぎになったことがあります。樹海は、熊にとっては食料になるものがほとんどなく、栄養の乏しい場所ですから、滅多に遭遇することはないでしょうが、万が一ということもありますから」


 熊は物音に敏感なので、熊除けの鈴を鳴らしたり、あえて大声で歌いながら歩くのが良いのだという。


「いろいろ、あるんですね」

「ええ。無防備で樹海に立ち入るのは、それこそ自殺行為です」


 そんな危険な場所に翌朝赴くのかと思うと、暗澹たる気分だった。


 顔色を失くした林田を見て、山川安吾が微笑した。


「明日は、私も同行しますのでご安心ください」


 現場が円滑に動くためなら、どんなことでもする覚悟であるが、樹海探索までもが制作進行の果たすべき領分なのだろうか。


 レストランに併設された民宿で夜を明かすこととなったが、明日のことを思うと、まったく眠気は襲ってこなかった。

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