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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
セーサク、シンコー
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ハバタキ好感度ランキング

山川林田

 各方面への連絡を終え、林田が西湖コウモリ穴案内所前駐車場でタバコをくゆらせていると、ようやく一名が戻ってきた。


 そのままサバイバルゲームに参加できそうな迷彩服を着込んだ響谷が、るんるんとスキップしながら帰還した。たっぷりの贅肉が波打ち、首にかけた一眼レフカメラが揺れる。


「どうしたんすか、社長。ニガムシを散弾銃で撃ち殺したような顔して」


 苦虫は噛み潰すもので、およそ散弾銃で撃ち殺すものではない。


 フォトエッセイを何冊か出版している響谷は独特の表現をするが、この場に春斗がいたら、「苦虫って、どんな虫?」と訊ね返して、周囲を困惑させるだろう。


 響谷はもう覚えていなかろうが、今朝方のプロット会議でそんな場面があった。


「噛んだら苦そうな虫だってさ」


 響谷は年長者の沽券を守るべく、検索して調べた内容を読み上げたが、春斗はすっかり興味を失くしたように無反応だった。


 どうにも春斗調べのハバタキ好感度ランキングでは、〈好き=妃沙子姐さん〉、〈無害=奥野さん、林田社長〉、〈危険=響谷〉という序列があるらしく、有害指定された響谷には滅多に近寄らない。


 大塚妃沙子の好感度が極めて高いのは、〈沙梨先生の親友〉という、特権的な立ち位置(ステータス)によって大幅にプラス補正されているからだ。


 マイナス補正された響谷に対しては、春斗はよそよそしい態度をとる。そのような裏設定が、小説妖精ハルの人物像(キャラクター)にばっちり投影されている、と〈無害〉な奥野登美彦の口から伝え聞いている。


 遠回しに何を言いたいのかと言うと、「響谷さんは苦手」ということらしい。直接言わないところがいじらしいが、態度を見れば、誰でも分かることでもあるのを知らぬは本人ばかりだ。


「アニメの中のハルちゃんは可愛いのに、実際のハルちゃんは仏頂面が標準(デフォルト)だよね」


 という軽口に対しての返答は、


「仏頂面って、(ほとけ)(いただ)きの(つら)ですよね。仏の頭上にある顔って、どんな顔ですか」


 であった。


 字面を巡っての攻防において、防戦一方の響谷は、しかし潔く負けを認めず、長考する棋士のように腕組みをしながら唸っていた。


 勝ち筋の見えた春斗は涼しい顔でアイスクリームを食べていたが、響谷の大人げない仕返しによって半強制的に樹海送りにされた。


 あまり大人を舐めるんじゃないぞ、とでも言いたげな悪辣な表情を浮かべた響谷は、起死回生の一手かのように提案した。


「ハルちゃん、樹海を舞台に、なんか良い感じの脚本を考えてよ」


 そのまま現地取材と相成り、春斗を含む三名がまだ樹海の中だ。


 遊歩道をそぞろ歩くぐらいならばさして危険はなかろう、と高を括っていたのが仇となった。遊歩道から外れて樹海の奥まで行ってしまうなんて、さすがに想像はしていなかった。


「いやあ、良い写真がいっぱい撮れましたよ。いっそ、樹海探検家になっちゃおうかな。ヒビヤ艦長の樹海探訪記みたいなノリで」


 響谷は本日の撮れ高を自慢するが、社用車に誰も乗っていないのを見て、ようやく気がついた。


「あれっ。そういや、みんないないっすね。どうしたんですか、まさかの現地解散?」

「響谷君以外、まだ帰ってきていないんだよ」

「ほんとに集団行動が出来ない子たちだなあ。どこをほっつき歩いているんだよ、まったくもう」


 無精髭を撫でながら、響谷が樹海の入り口に向き直った。


 林田が口に咥えたタバコの先端から煙がたなびき、すっかり暗くなった夜空に白い線を描いた。


「藤岡君が途中で逸れてしまったみたいで、大塚さんと奥野君が探している。今日はもう、三人とも帰って来れないと思う」


 林田が神妙な面持ちで告げたものの、響谷はさっぱり緊張感がなかった。三人の安否を気遣うどころか、羨ましそうでさえあった。


「マジですか。若いって良いなあ、ボクも樹海泊したかったなあ。あーあ、ボクだけ仲間外れじゃん」


 間もなく四十路の響谷は指を咥えて、置いてけぼりを嘆いた。


 作画業務が溜まりに溜まって制作が佳境に入ると、アニメーターはいちいち自宅に帰る時間さえ惜しく、作画机の下に寝袋を持ち込んで蓑虫のように眠ることがある。


 アニメーター歴の長い響谷からすれば、寝袋生活は慣れたものだろう。むしろ寝れるだけマシで、眠れるなら作画机の下だろうが、樹海だろうがさしたる違いはない、などと考えていそうだ。


「よしっ、ボクも行くぞぉ!」

「待ちなさい、響谷君」


 威勢よく響谷が参戦しそうになったので、林田は襟首を掴んで、強引に静止させた。響谷は不満げに眉をしかめた。林田は星の瞬く空をちらと見上げてから、さりげない調子で言う。


「響谷君を直接のご指名で、宇宙空間での戦艦同士の戦闘シーンを描いて欲しい、という依頼があったんだけど、今のところ保留にしてある。せっかくだけど、断るしかなさそうだね」


 伝えるだけ伝えると、林田は「どうぞ、行ってらっしゃい」とばかりに手を振った。樹海に向きかけていた響谷の足がぴたりと止まり、ゆっくりと林田の方へ振り返った。


「……戦艦ですか?」

「そう、響谷君が好きそうな感じのやつ。期日はちょっと厳しそうだけど、まあ響谷君なら楽勝だとは思うけどね」


 林田がさりげなく持ち上げると、響谷の目がかっと見開かれた。


「戦艦と言えば響谷、響谷と言えば戦艦じゃないですか。ボク以外の人間に任せられると思ってるんですか?」


「そうだね。でも響谷君はすっかり偉くなっちゃったから、他社の下請けまで手が回らないと思うんだよね。我が社の艦長を安く見積もられても困るし、うちは響谷君の力で持っているからさ」


 響谷は、とんでもないとばかりに首を振った。


「アニメ業界は運命共同体の村社会です。東に手の足らぬところあれば直ちに駆けつけ、ハバタキ仕込みの波動砲をぶっ放すことは、やぶさかではありません」


 仕事の選り好みの激しい響谷が、きりりと姿勢を正した。


「そう、じゃあ詳しいことは食べながら話そうか」

「分かりました。ハバタキの作画クオリティの高さを存分に見せつけてきてやりますよ」


 すっかりやる気になった響谷を助手席に乗せ、林田はライトバンを出発させた。

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