パトロール
藤岡春斗
カケスのパトロールは、一風変わっていた。
あっちをうろうろ、こっちをうろうろしては、落ち葉をひっくり返している。目的の物は見つかっていないらしく、カケスはしきりに首を捻り、「ん? どこに行った?」という顔をしている。
落ち着きなく、ばたばた飛び回っているところは、宅配便が来たのに、ハンコが見つからなくて大騒ぎしている忘れん坊を思わせる。
テレビのリモコンが見当たらなくなって、見たいドラマがあるのに視聴が間に合わなくて、慌てふためいている人間のようでもあった。
「なにを探してるの?」
春斗が含み笑いをしながら問いかけたが、返事はない。どうにも探し物に夢中で、それどころではないらしい。
樫の根元周辺にある落ち葉をあらかたひっくり返し、そこに何もないと見るや、樫の木によじ登って、樹皮の割れ目に嘴を突っ込んでいる。
絵面だけを見ると、なんとなくキツツキのようでもあった。
「……ナイ」
いったい、何が見当たらないのか、カケスはしょんぼりしている。それから、憤慨したように地団駄を踏んだ。
「クソ、モッテカレタ!」
カケスは、まるで運命を呪っているかのように天を仰いだ。
鳥の分際で、なんとも語彙が豊富であるが、いったいどこで覚えたのだろうか。先ほどハバタキ弐号の波動砲の効果音を口ずさんでいたことを鑑みると、日本語の先生はアニメなのかもしれない。
カケスは樫の木を上に、下にと検分し、忙しなく何かを探している。そんなところにハンコもリモコンはあるはずもなく、いわんや自殺志願者が隠れているはずもない。
「ねえ、なにを探してるのさ」
狂乱状態のカケスに訊ねると、ようやくこちらに振り向いた。
「ドングリッ!」
「……どんぐり?」
樹海くんだりまで来て、なにゆえドングリを探さねばならぬのか。春斗は、まあ勝手にしなよ、と言いたげな面持ちで傍観していると、カケスはしきりに羽根をバタつかせて、アピールした。
「ドングリッ! ドングリっ!」
見つからないので、お前も一緒に探せ、ということらしい。
「なんでドングリを探すの?」
「ウルサイ。シャベッテないで、テをウゴかせ」
横暴なカケスは、手伝ってもらっているのにずいぶんと居丈高だ。ちょっとカチンときたので、その辺の落ち葉をひっくり返しては、探しているふりをした。
見つからないね、と言うつもりだったが、樫の根元に、ころん、と転がっているのを見つけた。
「……ナイ、ナイ、ナイ、ナイ」
あっちこっちを探し回ってジタバタしているカケスを眺めているのが面白くて、ドングリは見つかったけれど報告せずにいた。
「クソ、このヘンにカクシタハズなのに」
近いところを探しているが、そこにあるじゃん、とは言わない。
ドングリを隠したのに、その隠し場所を忘れるなんて、ちょっと間が抜けている。
「カケスはおバカさんなの?」
「ウルサイ。ダマレ。ピーポー、ピーポー」
忘れっぽさを指摘すると、カケスが逆ギレした。
春斗の目を突かんばかりの勢いで襲ってきて、両手で防御しなければ、けっこう危なかったかもしれない。カケスに嘴で突かれて、クリーム色のパーカーに小さな穴が開いた。
「ドングリッ! ドングリっ!」
カケスにとってドングリはどれほどの宝物なのか、どこにも見当たらないと知るや、すっかり理性を失っていた。他のカケスに盗まれた、という被害妄想まで口にし始めた。
「カクシタノニ、カクサレタ。クソ、クソ、クソ」
だから、そこにあるじゃん。足元に転がってるじゃん。貴様の目は節穴か、と思ったが、そろそろ面倒くさくなったので、ドングリをカケスの目の前に差し出した。
「はい、ドングリ。ぼくのだけど、特別にあげるよ」
「……ホ、ホントウか?」
春斗の掌に乗ったドングリを見るなり、カケスはころりと態度を改めた。
さっきはいきなり襲ってきたくせに、ドングリを与えた途端、神を見るような目で崇め奉った。ありがたや、ありがたや、と平服し、先の非礼を許してくれ、とばかりに頭を上下させた。
「ドングリッ! ドングリっ!」
カケスはドングリをがしっと鷲掴みすると、上空に舞い上がり、樫の枝に移動した。二本の足で器用にドングリを押さえつつ、嘴で突いて、硬い外皮を破ると、柔らかな中身を頬張った。
どうにもカケスにとってドングリは、ご馳走であるらしい。喉を詰まらせんばかりの勢いでがっつき、口を目いっぱい膨らませて、あぐあぐと頬張っている。
「ねえ、カケス」
「なんだ、ニンゲン」
「ぼくもお腹、減ったな」
カケスは食べかけのドングリをしっかり保持したまま、樹上から春斗を見下ろした。ドングリは分けてやらんぞ、という強い意志を感じたが、そこは好きにしてくれていい。
「ドングリは盗らないから、巣まで案内してよ」
このカケスは、明らかに人に馴れている。
この樹海のどこかに、飼い主がいるのかもしれない。
飼い主に会えれば、もしかしたら食事にありつけるかもしれない、と思ったので、巣への道案内を頼むことにした。
「ドングリはヤランゾ」
「うん、分かってる」
「ホントウにヤランゾ。ヤランカラナ」
カケスはしつこく言い募り、ドングリはひとつたりとも分け与えぬぞ、という強固な意志を示した。
「分かってる。君のドングリは盗らない。途中でドングリを見つけたら、君にあげる。それでどう?」
春斗が魅力的な提案をすると、カケスはぐらりと揺れた。
「ドングリッ! ドングリっ!」
交渉成立の印なのか、カケスはぱたぱたと浮遊して、春斗を先導した。ちゃんと付いてきているのか、後ろを振り返り、ごきげんに空を飛んでいる。
「ドングリッ! ドングリっ!」
樹海案内人たるカケスに導かれ、陽が沈み、月明かりに照らされた暗い森を、ただひたすらに歩き続けた。
カケスの首に巻かれた青いマフラーには夜光塗料でも塗られてるのか、亡霊のようにゆらゆらと揺れながら怪しく光っていた。