表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
セーサク、シンコー
40/100

モノマネドリ

藤岡春斗

 泣きじゃくる春斗をあやした沙梨先生は、微かに苛立っていた。


「春斗君、どうして樹海になんて行ったの?」


 その質問には答えたはずなのに、目の前の沙梨先生をお母さんだと認めなかったせいなのか、会話は堂々巡りだった。


 沙梨先生を相手に、幼い春斗が訴えた。


「あのね、カケスを見たの」

「……カケス?」

「目がぐりぐりしてて、頭がギザギザしてて、青いマフラーをしてたの。追いかけたら、ジェー、ジェー、って鳴いたんだよ」

「へえ、青いマフラーかあ。素敵な表現だね」


 そう言ったきり、幼かった春斗の姿が元通りになり、沙梨先生の幻影は蜃気楼のように立ち消えたけれど、首に派手な青いマフラーを巻いたカケスがまとわりついてきた。


 比喩ではなく、本当にマフラーを巻いている。


「どうだ、ニアうだろう」


 いきなり喋りかけてきたが、こういう手合いは、無視するに限る。


「あんまりオドロかねえな。ツマンネーやつ」


 お喋りなカケスが得意げに見せびらかしたマフラーは、自殺者の遺留品だろう。首吊りに利用された切れ端なのか、カケスの首回りを飾るのに、ちょうど良い大きさに千切れていた。


 カケスは構ってほしそうに、春斗の周りをぐるぐると旋回した。


 まるでしつこい客引きのようで、鬱陶しい。


「なんで喋れるの?」

「このカイワイじゃ、モノマネドリなんてイワレテル。ニンゲンのモノマネなんてカンタン、カンタン」

「そのマフラーも人間の真似?」

「ニアうだろ」


 そんなところまで真似るな、と言いたい。


「悪趣味だね」

「メがグリグリしてて、アタマがギザギザしてて、アオいマフラーをしてたの。オいかけたら、ジェー、ジェー、ってナいたんだよ」


 カケスは、春斗の口振りを真似てみせた。


「ウソからデタ、マコトだな」


 聞き捨てならぬことを口走り、ぴゅーっ、と囃し立てた。

 どうやら、口笛のつもりらしい。


「ピーポー、ピーポー。キュウキュウシャがトオリマス。ミチをアケテクダサイ」


 頼んでもいないのに、物真似のレパートリーを披露しだした。


「ソコのクルマ、トマリナサイ。ウー、ウー、ウー」


 芸達者なのはよく分かったが、いい加減に鬱陶しくなってきた。


 春斗がむっつり黙っていると、カケスはよけいに調子に乗った。


「ヤーキ、イーモ。ヤーキィー、イィーモォー。イィーシィーー、ヤァーキィー、イィーモォー。オイシイ、オイシイ、オイモダヨ」


 椅子がわりにしていた樹の根から立ち上がり、春斗は歩き出した。


「ドコ、イクんだ?」

「知らない。とりあえず、静かなところ」


 カケスがあまりにもうるさいので、追っ払う仕草をした。


「ヤメロ、ハヤまるな」

「うるさいなあ」


 先回りしたカケスは、春斗の足元でぎゃあぎゃあと囀っている。


「どこに行こうが関係ないでしょ」


 春斗はカケスを跨ぎ越え、知らんぷりしながら歩いた。


 しつこいカケスは春斗の肩に飛び乗り、耳元で威嚇の声をあげた。


「ゥゥゥウウウ、ズゴゴゴゴォゴゴゴゴォォオオオオ……」


 聞き覚えのある唸り声に、思わず春斗が立ち止まった。人間の足を止めたのがよほど嬉しかったのか、カケスは小躍りしている。


「ねえ、その効果音、どこで覚えたの?」

「ヤマとカワ、ハヤシとタンボ、あとはウミとソラがあればカンペキだな」


 会話が成立しているようで、成立していない。


 それってハバタキ弐号の波動砲の効果音じゃんと思ったが、なぜ樹海に住むカケスが真似できるのか。


 樹海にテレビでも捨ててあり、たまたま深夜アニメを見たのか。


 いや、樹海にテレビの電波は来ていないだろう。


 だとしたら、カケスに波動砲を教え込んだ人間がいるのだ。


「キになるか?」


 お喋りなカケスは、春斗の思考を読んだような口振りだ。


「変なカケス」

「ヘンなニンゲン」


 春斗がぷっと笑うと、カケスはかくかくと首を振って叫んだ。

 首に巻かれた青いマフラーが左右に揺れる。


「ニンゲン、クビククル。ダメ、オッパラウ。パトロール、パトロール。サクガホーカイ、サクガホーカイ。ゥゥゥウウウ、ズゴゴゴゴォゴゴゴゴォォオオオオ……」


 耳元で大音声が炸裂し、春斗は思わず耳を塞いだ。


 ようやく耳鳴りが治まると、このうるさいカケスが樹海でどんな役割を果たしているのか、ぼんやりとだが理解できた。


「ねえ、カケス」

「なんだ、ニンゲン」

「首を括りに来た人間を追っ払うのがお前の仕事なの?」


 奇妙な沈黙があり、色濃い緑の樹々がざわめいた。


「キになるか?」

「気になるね」


 樹海の遊歩道には、自殺防止を訴える立て看板が無数にあった。


 富士吉田警察署の連絡先が記された看板には、


「命は親から頂いた大切なもの

 もう一度静かに両親や兄弟

 子供のことを考えてみましょう。

 一人で悩まず、まず相談してください」


 いかにも公僕らしい、真っ当なメッセージが記されていた。


 ぎりぎりまで追い詰められ、死を決意した人間を翻意するには、ありきたり過ぎて心に響いてこないのでは、と思ったが、地元民の生々しい本音が綴られた自作らしき看板もあった。


「自宅で死ね。お前の葬儀代に地元民の税金が使われている」


 これはこれで辛辣過ぎて、救いがない。


 死の淵にある自殺志願者に、どんな調子(トーン)で語りかけるかは、実に難しいテーマだ。もしかすると、人生で最後に目にする言葉になるのだから、不正解はあっても正解はない。


 不正解の数だけ、人が死ぬ。

 真っ当過ぎると説教臭く、生々し過ぎると優しさがない。


 漠然とだけれど、「樹海を舞台にした劇場アニメ」の構想が浮かんできた。


 しかし、まだ部品(パーツ)が足りない。


 もう少し、取材が必要だ。


 カケスは喋り疲れたのか、春斗の肩に乗って休憩している。

 喉をごろごろと鳴らして、発声練習中らしい。


「普段、どんな風にパトロールしてるの? 教えてよ」


 教えを乞うたが、カケスは取りつく島もない。


「ダメ、オッパラウ。ゥゥゥウウウ、ズゴゴゴゴォゴゴゴゴォォオオオオ……」


 こいつは死ぬ気がなさそうだから、さっさと失せろ、ということらしい。カケスが飛び立とうとしたので、咄嗟に春斗はジーンズからベルトを外すと、首に括りつけた。


 それを見たカケスは血相を変え、春斗の頬を突き始めた。


「痛い、痛いってば……」

「クビククル。イタイ。ダメ、オッパラウ。ピーポー、ピーポー。ソコのクルマ、トマリナサイ。ウー、ウー、ウー」


 やかましく、救急車とパトカーのサイレンを鳴らした。


 春斗がベルトを緩めると、ようやく騒音が一段落した。


「ねえ、カケス」

「なんだ、ニンゲン」

「首を括るのは止めるから、どうやって人間を追っ払うのか、近くで見せてよ」


 そう申し出ると、カケスはまんざらでもなさそうな顔をした。


「キになるか?」

「気になるね」

「ヘンなニンゲン」

「変なカケス」


 カケスは羽根を器用に操って、マフラーをきゅっと締め上げた。だんだん蝶ネクタイのように見えてきて、正装した森の執事かのように思えてきた。小うるさいのが玉に瑕だが、嫌いではない。


「ツイてこい、ニンゲン。ツイてこれるならな」


 カケスは春斗の頭の上に飛び乗ると、道案内の印なのか、軽快なタップダンスを踊った。ちょっとくすぐったい。


「よろしく、カケス」

「ヤマとカワ、ハヤシとタンボ、あとはウミとソラがあればカンペキだな」

「だから、何なのそれ」

「ニンゲン、クビククル。ダメ、オッパラウ。パトロール、パトロール。サクガホーカイ、サクガホーカイ。ゥゥゥウウウ、ズゴゴゴゴォゴゴゴゴォォオオオオ……」


 カケスは馬鹿のひとつ覚えのように繰り返した。


 会話は成立しているようで、やっぱり成立していなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ