コケたら首括るしかないね
藤岡春斗
下請けから脱皮したばかりの新興アニメーションスタジオ『ハバタキ』のメンバーは、打ち合わせの際、コケたら首括るしかないね、などとキナ臭いことをぼそぼそと囁き合っていた。
会議室代わりの卓袱台を囲み、林田社長は終始無言だった。
下っ端の奥野登美彦は、スナック菓子やお茶やらを用意している。
一介の軍隊アリから女王アリにまで成り上がった大塚妃沙子は、殺伐とした空気の中、チュッパチャプスを舐めていた。
「ハルちゃんも食べる?」
食べかけのチュッパチャプスをくれようとしたので、苦笑いしながら遠慮すると、代わりにアイスクリームをくれた。
「ハルちゃんのために買い置きしておいたんだよ。食べて、食べて」
「あ、どうも」
小さく会釈してから、アイスの蓋を開ける。
コケたら首を括るとかどうだとか、妙にキナ臭い会話を交わしている大人たちをよそに、ちびちびアイスを食べていると、響谷Pが口を開いた。
「ハルちゃん、樹海を舞台に、なんか良い感じの脚本を考えてよ」
いくらなんでも唐突過ぎて、おかげでハーゲンダッツのクッキー&クリームを食べる手が止まってしまった。
「樹海?」
「そ、樹海」
「樹海って、あの富士の青木ヶ原の?」
「そ、自殺の名所」
響谷Pは、いっそ不謹慎なぐらいに楽しげだった。
「なんで、樹海なんですか?」
「そこはまあ、大人の事情でね」
古狸のような響谷Pはちらりと妃沙子の方を見てから、さりげなくお金のポーズをした。よく分からないが、だいたいは察した。
アニメ製作の出資者に、樹海を舞台にしてほしい意向があるのだろう。
「それってどんな意向?」と思ったが、詳しくは聞くまい。などと、華麗に素通りしたのが間違いの源だった。
あの時、根掘り葉掘り、聞いとけばよかった、と今さらながらに後悔する。
しかし、もう遅い。
もう、ばっちり見てしまった。
首を括った人間の末路を。
これって、警察に通報すべきなのだろうかとも思ったが、「そこはどこですか?」と聞かれても、「樹海です」としか答えられない。
そもそも携帯の電波は届いているのかな、と尻ポケットに入れたままのスマホを見ると、間の悪いことに充電が切れていた。
なんだか悪い夢を見ているような気がして、目が覚めたらベッドの中だった、というオチだったらいいのに、どうやらそうもいかなかった。
頭の中で、コケたら首括るしかないね、という言葉がぐるぐると渦を巻いた。
――コケたら首括るしかないね
――コケたら首括るしかないね
――コケたら首括るしかないね
樹海を形成する樹々一本一本がざわざわと揺れ、立ち尽くす春斗を嘲笑っているかのようだった。