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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
セーサク、シンコー
32/100

樹海ロケ

藤岡春斗

 ここはどこ、と問われれば、「樹海」としか答えられない。

 死ぬ気もないのに、樹海でひとりぼっちなんて洒落にもならない。

 プロット会議直後に拉致された藤岡春斗は、うんざり顔で嘆息した。

 響谷(ひびや)(プロデューサー)が関わると、やっぱりロクなことにならないなと思いつつ、足場の悪い、ごつごつした溶岩質の道を当てもなく彷徨い歩いた。

 製作費に億単位のカネが動く劇場アニメは社運を賭けた博打であるが、劇場公開後に自殺の名所に行くならまだしも、なにゆえ制作前に行かねばならないのか、まったく解せなかった。

 大小さまざまな溶岩に木の根がうねうねと絡みつき、とにかく歩きにくいったりゃ、ありゃしない。気をつけていないと、すぐ足を取られてコケそうになる。

 苔むした緑の絨毯は、たしかに映像映えしそうな雰囲気に満ち満ちているが、こんな場所までわざわざロケハンに来る神経がどだい理解できない。

 しかし、いざ連れて来られてみると、樹海にまとわりつく「死」のイメージとは程遠いことに気がついた。

 森閑とした静けさの中、春斗は目を瞑る。

 近くに動物の気配はなく、自身の足音以外に物音ひとつない静寂は、自殺の名所というマイナスイメージさえなければ、案外に心地良かった。微かな風に樹々がざわめき、なにか人間にはキャッチできない周波数の言葉を交わしているかのようだ。

 ただ、心地良かったのはそこまでで、目を開けると、ひとりぼっちの心細さが身に沁みた。森の海で溺れたような息苦しさを覚え、否応なく不安がせり上がってきた。

 ここは天然、自然のお化け屋敷だ。何か、ヤバいものが出てきそうな雰囲気がぷんぷんしている。あー、おしっこちびりそうなどと思っても我慢していればよかった。隠れて用を足すために群れからちょっとだけ離れた途端、迷子になってしまった。

 ここはどこ、と問われれば、やはり「樹海」としか答えられない。

 どこまでも、どこまでも緑の迷宮が続いてて、もう生きては帰れない気がした。

「奥野さん、どこー?」

 春斗は、ほんの少し涙ぐみながら小声でぼそぼそと囁いた。

 監督の大塚妃沙子に下僕のように仕えている下っ端アニメーターの名を呼んでみたが、応じる声はない。苔に覆われた溶岩をひょいと跨ぐと、小枝を踏んだのか、ぱきりと音がした。

「奥野さん、どこー?」

 あちこちを見回しながら、駄目もとでもういちど呼んでみると、足元がおろそかになっていたらしい。何かに躓いた。

 盛大にずっこけた春斗は恨みがましく振り向いた。

「うわっ……」

 樹の枝には、白い頑丈なロープが括りつけられていた。

 樹の根元には薄汚れて苔の生えた着衣と踏み台が留置されており、春斗の足元に転がっていたのは、白骨化した頭蓋骨だった。

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