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線上のキンクロハジロ  作者: 神原月人
線上のキンクロハジロ
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不純な動機

 藤岡少年がさらりと書き殴ったプロットは、ハバタキに劇的な変化をもたらした。


 大塚妃沙子は「監督になる!」と言いだし、響谷は「艦長になる!」と言い始めたのだ。さっぱり意味が分からないので深くは追及しないでいたが、両者の目的は違えど、どうやらハバタキの両輪が目指す方向だけは同じのようだった。


 三月半ばに登美彦は家賃三万円の一人暮らしの部屋を引き払い、妃沙子と同棲するようになったが、妃沙子はクロッキー帳を大量に買い込むと、暇さえあればハルちゃんの絵ばかり描いていた。


 コーヒーをちびちび啜っているハルちゃん。

 アップルパイを美味しそうに食べているハルちゃん。

 キンクロハジロの三兄弟と戯れているハルちゃん。

 高槻沙梨と思しき女性と手を繋いで照れているハルちゃん。

 浴槽に顔を沈めてぶくぶくしているハルちゃん。

 ミニマムサイズの妖精のようになったハルちゃん。

 クロッキー帳の山が、それこそハルちゃんで埋め尽くされていく。


 入れ込み過ぎると周りが見えなくなる性癖があるとはいえ、いくらなんでも偏執的だ。


「いったいなにがしたいんですか、妃沙子先輩」


 フローリングの床に寝っ転がりながら一心不乱に絵を描いている妃沙子を見て、登美彦が呆れたように言った。妃沙子が面倒そうに顔をあげる。


「見て分からない?」


「分かりません。分からないから聞いているんです」


「ったく。あんたもハルちゃんみたいに一を聞いて十を知りなさいよ」


 妃沙子はぶつぶつ言いながらも手を休めることはなかった。


 ホッチキスで綴じられた紙の束を手の甲で叩いた。


「ここにハルちゃんと沙梨ちゃんが合作で書いてくれたアニメの仮シナリオがあります。一話五分ほどのショートストーリーが三話分あります」


「集団創作は苦手だから脚本は無理だ、って言っていませんでしたっけ」


「何日前の話よ、それ。森下でコンデンスミルクたっぷりのベトナムコーヒーをご馳走したら、ごきげんでその場でささっと書いてくれたわよ。あの子、ほんとうに仕事速いわ」


「もしかして女子会しようって言っていたのは……」


「ええ、そうよ。やっと分かったの?」


 遅まきながらも登美彦はようやく妃沙子の真意に気付いた。どこまでが計算尽くだったのかと改めてあの日を振り返ってみると、今更ながらに空恐ろしくなった。


「コーヒーとアップルパイだけでハイクオリティのプロットが手に入るのよ。プロの脚本家に依頼したら幾らかかると思っているのよ。学生だからお金でゴチャゴチャ言わないし、書くのも速い。そして三月中は暇。もう一回、ごり押しするに決まってるじゃん」


 むくりと身体を起こした妃沙子は薄っぺらい脚本を丸めて、ぽんぽんと叩く。


「三十分のアニメを一クールやったら億単位の金がかかるけど、深夜帯の五分アニメなら制作費は二千万円未満でできるし、作画枚数も少なくて済む。会社に著作権さえあればいろんな方向にビジネスを展開できるから、制作の川下に甘んじるんじゃなくて、自分たちでお金を集めて作って売ろう……っていうのが響谷のオッサンの提案よ」


 入社直後のセクハラ事件以来、妃沙子は響谷を毛嫌いしていたはずなのに、いったいいつのまに和解したのだろうか。登美彦は気難しい顔をして首を捻る。


「言っていることはよく分かりますけど、響谷さんにしてはずいぶん前向きですね」


「アニメ界の利益構造に波動砲をぶち込んで風穴開けてやるって息巻いていたわ。地上波で波動砲をぶっ放すためなら、ぼかあキンになびくし、クロくもなるし、ハジローにだって魂を売り渡すぜ、だってさ」


「よっぽど波動砲を撃ちたいんですね、響谷さん」


 ようやく得心した登美彦はまじまじと妃沙子を見つめた。


「妃沙子先輩はなんでそんなに乗り気なんですか」


「部屋の中にいっぱい転がってるじゃないのよ。こんなにヒントをあげているのに分からないの?」


 妃沙子は、はあ、と深いため息をつく。


「ハルちゃんでいっぱいですけど、それがなにか?」


「私はハルちゃんを小説家にしてあげたいの。現実だといつなれるか分からないけど、せめてアニメの中だけでも小説家にしてあげたいじゃん」


 妃沙子はクロッキー帳に頬ずりすると、うっとりした表情でハルちゃんの絵を眺めた。


「先輩の動機もだいぶ不純ですね。それこそよけいなお世話じゃなかろうかと」


「いいの! 私がしたいからするの! 沙梨ちゃんも賛成してくれたし」


「それで本人はなんと?」


「本名じゃなきゃなんでもいいです、だって」


 妃沙子は大きく万歳すると登美彦の首に飛びつき、耳にふうっと息を吹きかける。


「いっしょにアニメーションの山に登ってよ、登美彦。私も頑張るから」

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