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夏輝【再会】

 夏輝は十四歳の時、親の仕事の都合で両親と一緒に北海道から東京に移住した。


 五年が経ち十九歳になった年の夏、ひとりで再び北海道に戻ってきた。居心地悪い環境から逃げたかったからだ。


 高校卒業後に勤めたアパレルの職場が合わなかった。親も離婚した。父親が家を出ていき、母親にはすでに別の男がいて、その人が家に転がり込んできた。日々冷たい態度でふたりは夏輝に接し、邪魔扱いをした。


どうせいつでもどこでも、邪魔な存在でしかなかったんだ。


精神が底に落ち、東京で一人暮らしをする気も働く気も起きなかった。どうしようかと悩んでいると、いつもLimeで言葉をくれていた母方の祖母が頭に浮かんだ。祖母がくれる、スマホで言葉を打つのが慣れていない様子なのに一生懸命に打ってくれていると感じさせてくれる言葉に日々癒されていた。


『ばあちゃん、ちょっとの間だけ、ばあちゃんの家に住んでいい?』『いいよ。うち良ければいつまでも住みな』


 さっさと全てと距離を置きたくて、すぐに荷物をまとめる。母に移住することを告げると「寂しくなるね」と眉尻を下げ、不自然な声の高さで言葉を捨て吐いた。


 わざとらしい。

 中途半端な言葉を投げてくるよりはっきりと「せいせいするわ」なんて言ってくれた方が、未練がなくなるのに……。


 夏輝は逃げるようにして北海道に戻って来た。


 北海道の中心辺りにある小さな街。そこは祖母の家がある。祖母は周りから冷たいと思われていた。それは嘘だ。孫の俺には優しいから――。自分の方が凍る程に冷たい。でもそれを隠して生きている。


 千冬に会えるのが楽しみだ。千冬は血が繋がっていないけれど弟みたいな感じだった。小さくて、可愛らしい顔つきで、どこに行くのにもついてきていた。最後の日なんて、本当に涙が枯れるんじゃないかってくらい泣いていた。東京に行っても千冬の、その泣いた顔のイメージが頭の中にずっとこびりついていた。あれから五年。あのままのイメージで成長している姿を想像した。また、お兄ちゃん会えて嬉しいよって言ってくるのかな? もしかしたらあの時のように涙を流したりして。自分の為に涙を流してくれる可能性がある人間は、千冬だけなのではないだろうか。


***

 ぼんやり千冬の事を考えているうちにいつの間にか寝落ちし、起きた時には着陸する時間になっていた。


ずっと空を眺めていようと思っていて窓側の席を予約したのに少し勿体ない。そう思いながら夏輝は朱色に染まりかけた空を見つめる。


 飛行機から空港に繋がる道を歩いていく。周りは家族やカップルの〝久しぶり再会ドラマ〟で盛り上がっている。かつてはそんな仲睦まじい光景を見て羨ましいなと思っていた時期もあった。自分の人生にそれは一切ない。考える程に虚しくなっていくから、考えるのは辞めた。


周りを羨んでも何も手に入れられないから。


空港前のバス停からバスに乗り、およそ三十分かけて街の駅前に辿り着く。


自分とは無関係な、まるで別世界にいるような群衆。その中に紛れていた人物が夏輝を見つめていた。


「夏輝、さん」

 夏輝の名を呼んだのは、千冬だった。

 すらりと伸びた身長。ぱっと見た感じ十五センチぐらいは差があるだろう。いつ身長を抜かしたのだろうか。知らない千冬の時間が少し気になる。

顔つきも五年前と比べると一段と大人になり、一瞬誰だか分からなかった。


 合わない間に、本当に成長したな――。

 もう千冬は十四歳なのか。


「もしかして迎えに来てくれたのか?」

「うん」

 千冬はずっと目を細め、視線を夏輝に送っている。


それにしても『夏輝さん』なんて呼ばれるのは何だか違和感しかない。以前は『兄ちゃん』って、親しみ込めて呼んでくれていたのに。想像していた涙の景色とは遠う。千冬が何も言わないまま夏輝の荷物を持つ。夏輝はキャリーバッグとボストンバッグふたつを持っていたのだが、千冬はボストンバッグを持った。



 駅前にあるバス停からバスに乗り一時間経と、夏輝の祖母の家がある街に着く。


祖母の家の近くにある小さな駅は、あと数年したら壊れてしまうのではないかと思える程に古びている。


ここ数年は正反対な雰囲気の街に住んでいたからか、この雰囲気は妙に落ち着く。駅に着き少し歩くと祖母の家に着いた。いかにも昔の家と言えるようなこの家は、大きな地震や台風が来たら一気に壊れてしまいそうだ。


千冬が「ただいま」と、自分の家のように入っていく。祖母は居間から一歩も動かずに「おかえり」と言う。「千冬の家みたいだな」とスニーカーを脱ぎながら言葉をこぼすと「今住んでるから」と千冬は言った。


「なんで? 千冬の家は?」

「追い出された」

「追い出された?」

「うん」


 以前の夏輝なら、迷わずに理由を訊くだろうが、今は千冬に壁を感じ訊くことは出来なかった。


居間には祖母がいた。少しの切傷が刻まれている黒いマッサージチェアーに座り、肩を揉まれている。


「そういえば、何か食べた?」

「ううん、食べてない」


 夏輝は自身がお腹すいたから、千冬に質問した。


 夏輝は祖母をちらっと見て、その場から動かないことを確信する。


「千冬は、料理とかするの?」

「あんまり。でも野菜なら切れる」


 任せてはいけないと夏輝は悟った。

「ばあちゃん、冷蔵庫の中見せてね」

「あぁ」

「ばあちゃんも何か食べる?」

「あぁ」


 祖母の返事を受け取ると夏輝は大きくて白い冷蔵庫を上から順に開けてみた。一番上は牛乳と麦茶だけで、すかすか。続けて真ん中の冷凍室。冷凍された秋刀魚と鶏肉の塊がある。最後は野菜室。ちょっと怪しい感じのキャベツと人参があった。


 米は炊かれていたから、シンプルに鶏肉を焼き塩コショウしてキャベツを千切りすることにした。

 夏輝は電子レンジで鶏肉を解凍する。その間に千冬は、キャベツをゆっくりと太く千切りした。


「ちょっと千冬、ここの黒い部分は避けようよ」

「食べれるべ」


 夏輝は、料理って本当に性格が出るなと思った。千冬は細かいことを気にしない。夏輝にとってその部分はとても羨ましく思っていた。自分とは正反対だったから。夏輝は包丁を受け取り、黒い部分を取ると千切りの続きをした。


このキャベツの千切りだって細く切らないと気がすまない。細かい部分を意識してしまう分、この世界では何だか損をしていると日々考えていた。

「これ、生ゴミのとこ捨ててきて」

「勿体ないけど」


 しぶしぶ千冬は黒い部分を夏輝から受け取り、それを生ゴミ入れに捨てた。捨てながら千冬は言った。


「必要ないと思えば何でも捨ててしまうのは変わらないんだな」と。


 夏輝はぎょっとして千冬を見る。自分に対しての発言のように思えたからだ。そして千冬の言葉に反論した。


「何でも捨てるわけではないけど」と。


少し間を置き千冬は今の会話とそれたことを言う。


「どうして帰ってきたの? 兄ちゃんへの想い断ち切れそうだったのに」

 



 

 

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