プロローグ
兄ちゃんの雰囲気は、綿毛みたいだ。
兄ちゃんは綿毛なんだ。
だから綿毛みたいに飛んでいって、消えた――。
***
千冬は思い出す。自分が九歳で、夏輝が十四歳の時の記憶。あの時間は、雨上がり独特の香りがした。千冬達が住んでいる家の近くにある小さな公園は、見捨てられたようにほっとかれているみたいだった。自分達と同じような扱いを受けているように感じたからか、千冬は公園に対して、勝手な親近感を感じていた。夏草が公園全体に生い茂り、たんぽぽも全体に広がっていた。半ズボンで歩くと草が肌をくすぐりいちいち痒くなる。赤いペンキがはげかけているブランコに乗って、ふたりはゆっくりと揺れていた。
千冬は夏輝に質問した。
「兄ちゃんは恋をしていたりしないの?」
「どうした、突然」
不思議そうな顔をしてまじまじと千冬を見つめる夏輝。
「だってカッコいいから、モテそうだし……」
夏輝は悲しいような笑みを浮かべながら言った。
「……なんか、恋とか、めんどくさいな。好きになられたら、その人から離れたくなるし、なんかそういうのって、結局お互いに傷つけあってるのしか目に入らないし」
その言葉を訊いた千冬は、安堵したような切ないような気分だった。
***
その話をしたすぐ後に、兄ちゃんは綿毛になった。