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奇妙な果実〜鉄道ヲタクの事件記録〜  作者: 米森充


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第14話 太平洋戦争

 秀則が企画院専任になるのと同時期、第二次企画院事件と言われた『高等官グループ事件』が起きる。

 1938年の判任官グループ事件での『判任官』とは、秀則の『技師』の上位の官職等級であり、『高等官』は更に上位の官職である。

 調査官及び元調査官である高等官が治安維持法違反容疑で逮捕され、検挙者17名を出したのだ。

 『高等官』の任免には天皇の裁可を要し、その高等官を逮捕するという事は、天皇の裁可に異を唱えるのと同様の恐れ多い処断であったと云える。

 それ程財閥・商工省と内閣直属の企画院の権力争いは熾烈しれつを極め、食うか食われるかの権力闘争であった。

 企画院は軍部(主に陸軍)の(実務上の必要性から)全面的なバックアップを受け、この時点では何とか生き延びる事が出来た。

但しこの事件以降、企画院の主導権は軍部が握る。

その後、戦争激化のため限られた予算の争奪をめぐり、陸軍と海軍が対立。

戦争遂行のためには更に強力な権限を必要とし、事件の発端となった商工省と企画院を喧嘩両成敗として両者を軍需省に再編、統一した。

つまり最終的に軍部による独裁体制の最終的完成を果たし、国家財政をほしいままにする事が出来るようになった。とは言え、まぁ最終的には敗戦を迎え軍は解体、戦後は官僚の天下となったのは前話でも語った通り。



 秀則の職務は、ひとえに戦争遂行目的に限定されている。

 仏印・タイ視察も朝鮮・中国視察も結局は戦争継続が目的であり、その後の作戦遂行の下準備であった。


 嵐のような職場環境の中、秀則は淡々と職務をこなす。

 そしてその翌年の1941年12月、日中戦争が対英米戦争に発展拡大する。


 




    太平洋戦争


 


 この戦争を多くの人が『大東亜戦争』と呼ぶ。

 確かに当初の目的はアジア解放を求める大東亜共栄圏建設構想に基づく戦いである。

 しかし開戦当初から、意図せず戦争の性質が捻じ曲げられてしまった。

 米国を攻撃してしまった事で主戦場が南部仏印から太平洋全域に拡大、本来の作戦とは大きく変質してしまったから。

 だからこの戦争の(目的ではなく)全容を現わすなら『大東亜戦争』ではなく、正確には『太平洋戦争』なのだ。



 


 国や軍の調査機関は大東亜戦争を想定し、開戦へ至るずっと前から戦争への調査・準備をしていた。

 

 それらは仏印・タイに於ける鉄道敷設は可能か?等の調査が主目的であった。




 当時の日本の喫緊の課題は、日本に対する欧米の締め付け『ABCD包囲陣』に対処するため、及び同時にアジア諸地域を欧米の植民地支配から解放するための糸口を必死で考えていた。

 具体的には何をしたか?

 

 1940年 (昭和15)政府中枢の二つの部署が日本中の秀才を集めて、今後の方策を研究させたのだ。

 

 そのひとつが企画院が設置した『総力戦研究所』。

 もうひとつは陸軍省が設置した特務機関『陸軍省戦争経済研究所』(秋丸機関)である。

 どちらも連合国側(特にアメリカ)の国力・戦力・国民性・戦争継続能力等、多岐にわたる分析を行なった。

 その結果企画院の『総力戦研究所』が先に結論を出す。

 その結論とは、対米戦はいくらシミュレーションしても国力・戦闘能力・生産力・経済規模の全てに於いて日本は劣っており、必ず負ける『必敗』である。

 故に、アメリカとの戦争は絶対に避けるべきであるとの答申であった。

 その後『陸軍省戦争経済研究所』も同様の結論を出し、対米戦を避ける場合の対案を出す。


 

 それは『帝国国策遂行要領』と呼ばれた。

 

 

 


 当時のアメリカの国内事情は、まだ国民の多くに第一次世界大戦のトラウマが色濃く残り、ヨーロッパで起きているナチスドイツと戦争に自分達が参戦するのは嫌だという厭戦感が国の雰囲気を支配していた。

 ただルーズベルト大統領とその一派を除いて。

 ルーズベルトは日本にとって到底受け入てられない条件、『ハルノート』を突きつけ脅し、屈伏する事を迫った。


 その好戦的なルーズベルト大統領の動きを封じ込めるため、日本はアメリカの強硬な要求に対し、戦争回避を目的とした最低限の要求を伝え、交渉の余地を残す。


 その主な要求とは?


一、米英は帝国の支那事変処理に容喙し又は之を妨害せざること

一、米英は極東に於いて帝国の国防を脅威するが如き行動に出でざること

一、米英は帝国の所要物資獲得に協力すること


 その回答最終期限を12月初旬に定め、その期限を迎える。


 


 『帝国国策遂行要領』を実行するにあたり、その内容とは如何なるものか?



 実際の歴史では山本五十六連合艦隊司令長官率いる連合艦隊が真珠湾を攻撃して日米戦争が勃発したことは誰もが知る事実であるが、実はその陰であまり注目されていないが、日本軍は当日仏印にも侵攻している。

 本当ならそちらが作戦計画の主たる目的であった。


 山本五十六の行動は個人的野心による抜け駆けであり、余計な戦闘であった。

 結果その際の奇襲攻撃が『卑怯なり!』との怒りを買い、最悪の結果となる。

アメリカ国民を大いに怒らせ、日米戦争に参戦させる口実を作ってしまったのだから。

 おかげで兵力を予定していなかった対米対処に割かねばならなくなり、計画は大きく狂ってしまう。

 


 ではその大元の『帝国国策遂行要領』とは?



 計画中の情勢分析では、日米の国力差は如何ともし難く、直接相まみえるのは無謀であり、現時点では自殺行為である。

 したがって、出来るだけ米との戦闘は避け、主たる敵をイギリスに定める。

 イギリスは大英帝国として栄華を誇ったが、その国力は植民地からの補給が生命線であった。

 その補給路を断ち、本来脆弱な体力しか持たないイギリス本国を屈伏させる。

 そんな事、果たして可能なのか?

 それを実現させるためには十分な情報分析と情勢分析が必要。


 そのため陸軍上層部は1939年秋丸次郎中佐を中心に、新たな特務機関『陸軍省戦争経済研究所』(秋丸機関)を立ち上げ、総力を挙げ分析した。


 

 その分析内容がイギリス主戦論である。

 仏印方面に侵攻するにあたり、通り道であるフィリピンに拠点を持つマッカーサー率いるアメリカ海軍との戦闘は極力控え、どうしても戦わざるを得ない場合でも出来るだけ小競り合い程度に留め、対日参戦にエスカレートさせない。

 そしてイギリスに対しては、英海軍との直接衝突は避け、英輸送船のみを狙い撃ちする。

 ひたすら輸送船を攻撃し本国への補給を断絶させ戦争継続を困難に。

最終的には英の主たる敵、対ドイツ戦で敗北させる。

 同時に陸地に於いてはタイ・ビルマを攻略、インドに燻る独立運動を支援し、イギリスのアジアの一大拠点を喪失させる。

 そしてインド北東部アッサブ地方からヒマラヤ山脈を空から抜け、中国を支援するアメリカの空路拠点『援蒋ルート』を遮断、蒋介石国民党支援の補給を経ち日中戦争に勝利する。

 更に英を追い出した後の空白に乗じてインド独立を達成させ、日本軍は更に西へ進軍。

 中東サウジアラビアに到達、ソ連の補給路も絶つ。そして中東石油利権を獲得、対米依存を完全に断ち切る。


 資源獲得により資源小国としての日本のアキレス腱を強化し日本の国力を高め、米の脅しに屈することなく対峙する状況を作り上げる。


 これが『帝国国策遂行要領』計画内容の大筋であった。





 ここで何故『帝国国策遂行要領』について解説したのか。

 私(作者)は、自作の他の物語でも度々『帝国国策遂行要領』の概要に触れている。

 どうして同じ事を何度も言うのか?

 それは太平洋戦争へのくだりに突入するにあたり、どうしても伝えておきたい事があるから。


 この戦争でボロ負けした事が悔しくて、負け犬の遠吠え宜しく口癖のように言いたいからではない。

 確かにこの戦争では完膚なきまでに叩きのめされた。

 そして多くの人々を亡くしてしまった。

 この戦争は人命軽視が甚だしかった。

 

 でもこの戦争が後世の人の言う、無計画で無謀で残念だった訳ではない。

 充分に勝算があり、定石通り攻めれば勝てた戦争だったのだ。

 たった一人の司令官の暴走が勝敗を分けたが、この戦いで死んでいった者たちは皆、勝利を確信していた。

 各々の意に添う、添わぬに関わらず、たった一つの大切な命を捧げる結果となったが、それは無謀・無駄な死などでは決してない。

 例え戦闘ではなく、マラリアや飢餓による戦死であったとしてもだ。

 現地の悪条件は敵も同じ。

 そんな苦しい中で共に戦った。

 そう信じて死んでいった人たち。


 私は彼らの辿った運命とその命に敬意を表したい。

 そして戦後レジームが、日本人から誇りと自信を奪った現状に訴えたい。


 私たちがいじける必要など、どこにもない!


 彼らが築いた累々と重なる屍から目を背け軽視することなく、自分の考えに信念と誇りを持った日本人として、先祖から受け継がれてきた強靭な特質を胸に、日本国内及び国際社会の逆風にたじろぐことなく、雄々しく立ち向かう現代の戦士であれ!との思いを込めて訴えておきたいのだ。

 アメリカに潰された産業や自信や誇りを取り戻し、再び立ち上がれ!と。



 ただし、この戦争中もそれ以前からも過ちはあった。

 日本人が持つ特有の性格からくる歪な精神状態も。

 現在に続き繰り返される悪しき習わしはその都度反省し正さなければならない。





 秀彦は11歳になり国民学校初等科5年の年、太平洋戦争が勃発した事で学校教育も戦時体制一色となった。


 そんな頃、秀彦はテストの答案用紙を家に持ちかえった。

 それを見た百合子は仰天した。

 何と0点だったから。それは白紙の答案用紙だったのだ。

「秀彦、これは何ですか?」

「この前のテストの結果です。」

「・・・・・。」

 秀彦は学業優秀な子。授業について行けないなんて有り得ない。

 母として頭ごなしに叱ったり、ヒステリックになって詰め寄るのではなく、冷静になにがあったのか聞く事にした。

 でも秀彦は応えようとしない。

 いくら尋ねても頑として話さない。


 思い余った母百合子は秀則に相談する事にした。

 秀則が帰宅草々、百合子から聞いた0点事件に驚く様子もなく秀彦に話しかける。

「秀彦、何が聞きたいか分かるな?

 お前にも男としてのプライドがある。

 だから父さんも同じ男として聞く。何があった?」

 長い沈黙の後、秀彦は重い口を開いた。

 その内容とは、


 秀彦の同級生たち男の子の遊びといえば、戦争ごっこ一択。

 銃に見立てた棒を抱え突撃するなど、誠に勇ましい。


 ある時、級友たちと「どんな武器が一番か」談笑というか、雑談を始めていた。

「それは勿論戦闘機だろ!空を飛びながら『ダダダダ!』だぜ!」

「いや、戦車の大砲の『ズドーン』だろ!」

「戦車?違うだろ!戦艦に決まってるじゃないか!戦艦の主砲からぶっ放される砲弾なんか『ズッド~ン』だぜ!」

「いやいや、僕はどれも違うと思うな。

戦争は兵隊さんがやるものだ。兵隊さんが戦地に行くのも、武器や食べ物を運ぶのも鉄道が無ければ立ち行かないだろ?

だから、それらを運ぶ機関車が一番さ!」

「機関車じゃ、直接敵を倒すことはできないよ!大体機関車は武器じゃないじゃないか!

 お前のオヤジが鉄道に勤めているからといって、余計なものをねじ込んでくるんじゃないよ!」

 秀彦以外はウンウン、と頷き同意した。

「余計なもの?君らは本気でそう思っているのか?」

「思っているさ!だって機関車は武器じゃないジャン!」

「人を殺すだけが武器じゃないぞ!兵隊さんたちを一度に早くたくさん運べる機動力が勝敗を決するって知らないのか?」

「機動力って何だ?勝敗を決する?敵をやっつける武器の話をしてんのに、関係ない道具を持ち込むなよ!」

「人を殺す事が偉いんじゃない!皆が力を合わせて勝利する事が大事だって言ってるんだ!国民ひとりひとりが自分に出来ることを精一杯やり抜かなければ、この戦争には勝てない!相手は鬼畜米英だぞ!死にもの狂いで戦わなければ負けちゃうんだぞ!目の前の武器の事だけしか考えない者は負けるんだ!」


 そのやり取りを偶然担任の先生が聞いていた。

 そして秀彦の言動には問題があると感じた。

 そして秀彦を職員室に呼び出し、問題発言を叱る。

「秀彦!今は戦時中だぞ。兵隊さんがたくさん戦っている。なのに、人を殺す事が偉いんじゃない?死にもの狂いで戦わなければ負けちゃう?『負ける』を連発していたな。   

 お前のような小国民がそんな軟弱な心構えでどうする!『敵は幾万有りとても』だ!

 明日の朝礼でみんなの前で謝れ!いいな!」

「イヤです!ボクは間違っていない!だから謝りません!」

「貴様!」そう言ってビンタした。

「謝ると言うまでまで他の者たちとの会話を禁ずる!」

 そう言って秀則は先生の厳命により、クラス内で村八分にされた。

 戸惑うクラスメイトたち。

 だが先生の命令とあらば仕方ない。命令を破って話しかけたら、自分も村八分にされる。

 自分たちに選択の余地は無いのが悲しい。

 

 そうしてひと月が経過。問題の小試験の日がやってくる。

 納得のいかない秀彦は抗議の意味を込め、白紙答案を出した。

 ひと月もの間、クラスの誰も秀彦に話しかけてくれない。

 誰も助けようとしない。(内緒で声をかける子はいたが)



 秀彦はそうした集団同調を強制される理不尽な処分を担任から受け、さぞかし孤独と口惜しさの中、暮らしていたのだろう?父として気づいてやれなかった自分が悔やまれる。

 しかし、だからと言って学校に怒鳴り込むのも親としてどうかと思う。


 秀彦が0点の答案を親に見せたら、親がどう思うか?自分が担任として生徒に何をしたか?家族にバレてしまう。

 多分その時点で担任としての指示・命令を後悔し、戦々恐々としているだろう。


 秀彦には励ましと、自分が正しいと思う事は顔をあげ正々堂々としていろ!と諭した。

 そして担任の先生宛に、「愛国教育もいいが、教師は聖職である。聖職としてのやり方に深慮と配慮を示す教育を進言する。」との書簡を秀彦に託した。

 さすがに担任も自分がやり過ぎだと感じていたのだろう、それ以降秀彦への村八分は解除された。

 クラスの皆が喜んだ。

 そして机の下で両手を握り、「ヨシ!」とガッツポーズをした。

 皆、鉄道ヲタク二世の秀彦が嫌いじゃないから。


 秀彦の0点は0点のままだったが。






つづく


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