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後編


 役人から女子高生が分裂するという超常現象の発端を聞いてから1年が経過した。


 異常事態を察知した世間はようやく反応を示した。


 マスコミが騒ぎ出し、市民は困惑する。暴動が起き、国は大混乱の最中だ。


 一方の女子高生はこちらが《《何もしなければ》》、危害を加えるつもりはないようだ。


「役人、最近の個体数の増減はどうだ?」


「北関東での増加傾向がみられます。23区内では規制が引かれたお陰で減少傾向にあります。これも壇ノ浦様の活躍あってです」


「仕事だからな」


 壇ノ浦は現在、増殖した女子高生を減らす仕事を生業とし、増殖する女子高生の討伐体で隊長を務めていた。1年も女子高生と対峙していれば倒し方ぐらい確立可能だった。あとは班員にやり方を伝授すればいい。


 問題は、女子高生側が独自に組み上げたネットワークによって壇ノ浦がどんな手で攻撃してくるのか学習されている点だ。最近では討伐個体数の多い壇ノ浦の姿を見ただけで逃げ出す女子高生まで現れてしまった。


「壇ノ浦様」


「なんだ?」


「もう少しだけお願いできますか」


「金を貰えるならな」


「いまの円の価値なんて地の底ですがね」


「金は金だ。そんなに気にしちゃいねえさ」


 壇ノ浦は煙草に火をつけると大きく煙を吸い込んだ。


「どうぞ、これを」


 役人は壇ノ浦に3つの銃弾を手渡した。弾頭が青色に塗装されている特徴的なものだった。


「これは自己増殖を大きく促す新薬を配合した銃弾です。テスト段階なので3発しかありませんがね」


「ほう」


「これを彼女たちに打ち込んだ後、自己増殖をする程度のダメージを与えてください。すると、新薬の効果で自己増殖機能が膨大化して、結果的に増殖機能は崩壊します」


「オーバードーズを起こすみたいなことか?」


「まあ……そのようなものですね。この銃弾の開発が上手く進めば彼女たちの根絶も夢ではありません」


「そいつはぁ……期待しておくぜ」


 半分ほど残っている煙草を地面に投げ捨てると、バイクに跨ってアクセルを捻った。


 バイクを走らせて1時間。潮風が身体に吹き付ける。太陽が燦燦と見下ろしていた空模様は悪化し、曇天が海岸線を見下ろしていた。


 由比ガ浜を臨む廃れた国道を、バイクの唸り声と共に駆け抜けていく。


 この地域は、件の分裂騒動による避難指示によって閉鎖された場所だったが、壇ノ浦にとっては些細な事だった。


 壇ノ浦は海岸に佇む1人の少女を目指していた。

 

「おじさん、また来たんだ」


「そうだな、お別れを言いに来た。新薬の開発が進んで、この銃弾がオマエの《《ココ》》を貫けばこの騒動も収束する」


 壇ノ浦は懐から取り出した拳銃で、自らの額を叩いた。それを見た彼女の表情に変化は見られない。死を前にして肝の据わった少女だ。


 恐らく、覚悟はとっくに決まっていたのだろう。彼女が分裂する怪物であることを自覚したその日に、自分は人間という同族の手によって処分される事実に。


「おじさんが今日まで私を生かしてくれたことに感謝、かな」


「そうかい」


 1人と1体の不可思議な関係性は、あの日、初めて壇ノ浦と彼女が対峙した時に始まった。




     *




『詳しくはまた後で説明します。ここは一時退却してください。合流先はすぐに連絡しますので』


 連絡を受けた壇ノ浦は猛スピードで車を走らせる。


「ったく、なんだよ!」


 ハンドルに拳を叩きつける。


「――荒っぽい運転だね、おじさん」


 幼い少女の声。


 バックミラーに視線を送ると、逃走するはめになった根源の存在が悠々と鎮座していた。


「ッ!」


 壇ノ浦はハンドルを切り急ブレーキをかけ、道路の真ん中を塞ぐようにして車を停車させた。


「もう! もうちょっと静かに運転出来ないの?」


 拳銃を構えて後部座席を振り向くと、座席では少女がひっくり返っていた。


「どうやって……」


「私、分裂できるから、小さくなった身体の破片をおじさんにくっつけてここで再生したってわけ」


「喋れるのか」


「残念ながらね。こんな身体になっちゃうなら自我なんて無い方がマシだったな」


「オマエは人間じゃないのか?」


「さぁ? ……って、おじさん何の説明もナシに私のこと殺そうとしてたの?」


「ああ」


 もどかしい時間だった。


 彼女は人間なのか、怪物なのか。怪物だとしたら、オレはどうして会話をしているんだ。あの役人は一体何を考えているのか。


 グルグルと短い思考が、炭酸の泡のようにして、忙しなく浮かんでは消えてく。


 そんな頭の中がうざったくて、無意味の問いを投げかけた。


「……1つだけ質問に答えてくれ。オマエはオレの敵か? それとも、この国の敵か?」


「うーん、おじさんの敵かな」


 少女は女子高生という年相応の笑顔を作って、首を傾けた。


「…………それじゃあ、降りろ」


「私のこと、殺さないの?」


「……オレは仕事の価値だけ金を受け取って、仕事としてオマエを殺す。だが、それは今じゃない。必ず殺しに行くから首を洗って待ってろよ」


「ふーん、おじさんって殺し屋さん?」


「黙れ、さっさと降りろ」


「はいはい、わかったよ。降りますよ」


 少女は渋々と言った様子で扉を開けた。


「おじさん、ここで私を逃がしたら、何するか分からないよ?」


「勝手にしやがれ。絶対に殺してやるからな」


 少女は車道を横切って、近くにあったバス停の待合椅子に座る。壇ノ浦はそれを見てエンジンを吹かせた。


「おじさーん! 待ってるよー! 殺しに来てねー!」


 締め切った車の中でも聞こえる大きな声が、車のテールランプを追うように、壇ノ浦の耳奥で響き渡っていた。




     *




「で、おじさん」


 少女はその場に座り込んだ。裸足の足先を波打ち際に触れるか否かの瀬戸際に置き、波が来ては脚を上げて引いては下ろしてと遊んでいた。


「私のこと殺せる?」


「オマエのことは――分裂体だがな、見飽きるほど殺してきた」


「じゃあ特に思い入れはないね」


「それはオレが決めることだ」


 リボルバー式の拳銃に弾丸を1つだけ装填する。


「いや、神様に決めて貰おうか」


 シリンダーを回転させて気まぐれにフレームへセットする。


「最後に言い残すことはあるか?」


「私って、人間かな?」


「……………さあな」


「いじわる」


 壇ノ浦は躊躇なく指先を引いた。




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