3年次後輩への指導(台風)
3年生ともなると桜寮(小梅寮)では上級生に価する。その為、心を鬼にして下級生(特に1年生)に自衛隊名物の台風(雑な仕上がりの布団をシーツを全てはがしてひっくり返す事)を仕掛けるように命じられる。慣れない生活に戸惑う1年生にとっては泣きっ面に蜂状態だが、この道は山川や一兵等諸先輩達が通ってきた道なのである。
今思えば、台風をよくくらったもんだけど、自分がやる立場になるとは思ってもみなかった。それでも防衛医科大学校は下級生への指導に対して緩い方だと防衛大学校卒業の幹部自衛官は話す。これから進む幹部候補生学校でも厳しい指導が予想される。話し方や仕草まで事ある毎に指摘されて、改善されるまで腕立て、腹筋、背筋、ランニングをこれでもかとやらされる。そうやって部下を率いるのに相応しい幹部自衛官になって行く。
世間ではハラスメントとされる行為も自衛隊では当たり前の様に行われる。陸海空各自衛隊の中で女性自衛官の割合は増えて来たが、自衛隊はまだまだ男社会である。男の方が力もあるし、体力もある。防衛医科大学校は男女共学化しているのだが、男子学生の方が圧倒的に多い。その為、女子学生への指導には女子学生が当たる様にされている。男子学生が女子学生を指導すると、やれパワハラだ、セクハラだと騒ぎ立てられる。これでは指導にならない。
3年生に成ったモヤシ娘金海セツ菜も、小梅寮(女子寮)にて台風を仕掛ける側になっていた。良子はもっと厳しい目で後輩達への指導に臨んでいた。まぁ、これも1つの経験だ。最近のトレンドとしては、口頭注意をあまりしない。いちいち下級生が上級生への敬礼や挨拶を怠った位では怒ったりしない。そう言う人間は部隊でコテンパンにやられるからだ。いくら防衛医科大学校卒業の幹部候補生だとしても部隊ではもっと階級で上の隊員は山程いる。下の階級の者でも、敬礼をスルーされたりすれば、腹が立って別の上官の元に配置変えが行われたりする。それが自衛隊と言う場所である。
「それにしても、あのセツ菜ちゃんが台風を仕掛ける立場になるとは、月日の立つのは早いもんだ。」
「それ、山川君私の事ディスってるでしょ?」
「そう言う山川だって1年生の夏位まではほぼ毎日台風くらってたじゃねぇか?」
「それ、今言う一兵?」
「つよし?セツ菜の事ディスってるみたいだけど、セツ菜ったら容赦ないんだからね。あんたも食らえば?」
「同期台風はNGだろ?」
「そのくらいあのモヤシ娘が成長したって事よ。」
「良かったな一兵?」
「一兵は台風やらないの?」
「いや、もうそう言う元気無くて。山川みたいに授業も部活も指導も100%って訳にはいかないんだわ。」
「授業50%部活120%位でやってるからキャパ越えてるんだ。」
「その割合変えないとそろそろヤバイんじゃね?」
「分かってるけど、アメフト部のキャプテンとして、後輩に格好悪い所見せらんねーからな。」
「事実上一歳年上なんだから、しっかりしろよ。と言う俺も誉められた生活していないがな。」
「部活120%はちょっとやりすぎじゃない?」
「な?良子もそう思うだろ?」
「つよし?あんたは黙ってて。」
「はーい。」
「せめて授業に部活90%位に出来ないの?」
「流石に片寄り過ぎかな。」
「私は一兵らしくて良いと思うけど?」
「駄目よセツ菜?男はね甘やかしたらすぐ付け上がるから。」
「明日から1週間90%で両立しているかチェックするから。つよしもね?」
「教官かよ?」
「下級生なんてどうせすぐに慣れるんだから、あまり台風を連発するのは良くないかもな。」
「確かに…。」