新居探し(一兵、セツ菜)
隊舎暮らしは慣れれば天国なのだが、一兵やセツ菜の様に結婚していると勝手が違う。防衛医科大学校卒業者の多くは隊舎暮らしも卒業してしまうケースが多い。それは医師免許を取得すると同時に二等陸海空尉の幹部自衛官に成る為である。
一兵やセツ菜も新たに新居を探したが、大問題が立ちはだかっていた。辞令が出ていない間に新居を決めてしまうのは、リスキーな事であった。
自衛隊では、その隊員一人一人にあった進路を与える為、防衛医科大学校時代の成績や幹部学校での成績を加味して辞令が下りる。だから今新居を決めてしまうのは時期的に意味がなかった。とは言え、夫婦であると言う事実は加味してもらえれば、一兵とセツ菜が離れ離れになると言う最悪の事態は避けられるだろう。
「私、医学研究科に進学したい‼」
「初耳なんですけど?」
「今初めて言った。」
「だとしたら、俺は防衛医科大学校病院に配属されれば良い訳だ。まぁ、そんなワガママ通用しないだろうけど…。試験はもう受けたの?」
「うん。実は教官の推薦で内定出てるの。」
「一言位相談して欲しかったな。」
「ごめん。私の不手際だわ。」
「まぁ、別に気兼ねなく医学研究科に進学してもらって構わないよ。こうなったら仕方ない。俺の辞令が下りるのを待つしかないか…。」
「その話山川達にもした?」
「してないよ。今初めてカミングアウトした。」
「医師国家試験直前の大事な時期だ、この事は俺の腹の中にとどめておくよ。」
「うん。」
「しかし、困ったな。」
「え?」
「山川と良子さんにどう伝えるかだよ?本気でセツ菜の独壇場だとしたら、6年間で積み上げて来た信頼がパーだよ?」
「相談しても止められるだけだよね?」
「御義父さんや御義母さんには承諾得てるの?」
「パパとママには、内定が決まった時に報告した。」
「なら、それは良いか。」
それでも一兵はセツ菜の自己中心的な決定に怒りを覚えた。
「で?何処に住むの?」
「新居はまだ。」
「何してんだよ?もう卒業だぜ?」
「辞令が下りるまでは決められないんだ。」
「この物件並木キャンパスから徒歩5分…。ああ風呂無しか。月45000円は魅力だけど。」
「セツ菜?とりあえずこの物件にしよ?」
「私は良いけど。」
「契約します。」
「並木不動産スーパーバイザー野山健吾が担当します。」
「月の湯通いになるけど大丈夫?」
「贅沢は言わない。」
「本当ごめんね?一生懸命勉強している一兵を見てたら言い出せなくて。」
「いいよ。もう過ぎた事だし。」




