山川の親父さん
「そういゃあ山川の親父さんてどんな人なの?」
「家の親父?もう5年になるかな?胃ガンで逝ってしまってるよ。」
「良子さんは会った事あるんですよね?」
「つよし以上の超頑固者。口下手で不器用だったけど、優しい人だったよ。」
「家の親父は、祖父様が起業した精肉店を高卒と同時に引き継いだんだ。俺が物心つく頃には幹部社員になってた。祖父様の後を継ぐのは親父しかいないと、誰もが思っていた。けど53歳の時突然会社辞めちまったんだ。理由は定かではないが、歴史ある創業家の重責に耐えかねたのだろう。会社は他人に手放しトラック運転手になったんだ。」
「母さんも親父と同時に会社を辞めちまったんだ。けど介護の仕事について、バイトも掛け持ちして家計を助けた。親父と母さんは仲が良い時も悪い時もあった。酒癖が悪くてな。深酒すると母さんに暴力をふるったりする事もあったし、暴言を浴びせる事もあった。何度俺が仲裁に入ったかは数えきれない。」
「こう見えてつよし家庭環境良くないのよ?」
「それは意外だった。」
「セツ菜ちゃんの家が羨ましいよ。一兵だって親ガチャ失敗したからさっさと旧姓棄てたんだろ?」
「はぁ?親ガチャ失敗してんの山川の方じゃねーか?」
「ちょっと、止めなさいよ。つよし?今は親ガチャの話なんかしてないでしょ?一兵君には一兵君の事情があるんだから。」
「分かった上で言ってるならたち悪いぞ?」
「ああそうさ。語って来た通り防衛医科大学校に入れなきゃ俺の人生クズ以下確定だった。だから必死に勉強した。自衛隊の地方連絡部に行って過去問を解かせて貰ったりした。防衛大学校も受験したけど、そっちは滑り止め。本命は防衛医科大学校だった。親父も母さんも立派な自衛官になれよ。と肩を押された。その時だけ親父はたった一言こう言った。」
「一度きりの人生楽しめよ。」
「そして迎えた合格発表の日。2件の着信があった。一件は地方連絡部の自衛官の方からの祝電。もう一件は母さんから親父の訃報を知らせる着信であった。」
「親父の死に顔は一片の悔いもない顔をしていた。俺には分かる。その時だ。俺は親ガチャ失敗した訳じゃないと感じたのは。それからだ。同じ防衛医科大学校に受かった良子と過ごす機会が増えたのは。」
「思い起こせばそんな事もあったわね。」
「立派な親父さんじゃねーか?」
「一兵?」
「親ガチャって何?」
「セツ菜ちゃん?あとで良子おねぇさまに聞いてね?」
「はぁい。」
「今時の子とは思えないな。親ガチャの意味すら知らず。流石天下の金海財閥の娘だな。」
「で?親父さんとはわだかまりは無かったんだよね?」
「ああ、これと言ったものはな。」
「今となっては虚しいだけだな。」
「死んでしまったら何にもならねーよ。」
「仕送り喜んでいるんじゃない?お母さまは?」
「後生大事に溜め込んでるって仕送りの意味すらないよな。」
「お母さまの気持ちを察しなさいよ。」
「はぁい。」




