5年次災害派遣①
2026年5月上旬。梅雨入りを前に関東地方では発達した雨雲が線上降水帯となり、記録的な豪雨が発生。串田埼玉県知事は自衛隊に災害派遣を要請。防衛医科大学校5、6年生も災害派遣の後方支援として被災地域に派遣された。
「いいか。現場では絶対に自衛官の指示に従う事。勝手な判断で行動するのは、厳につつしむべし。いいな?」
「はい!」
結局、俺達防衛医科大学校第2大隊は、地域の避難所で地域住民の医療を手伝う事になった。
「うわっ!この雨めっちゃエグいな。」
「現場の自衛官はこういうの慣れているんですか?」
「あぁ、こんなの日常茶飯事だよ。防衛医科大学校の学生には大変かもしれないけれど、それなりに頑張れよ。」
「バイタルチェックと体温チェック忘れずにな?」
「はい!」
「こういう時まだ学生だってのが、むず痒いよな一兵?」
「あぁ、医療行為は一切禁止だからな。」
「わっかる。超むず痒い。頭では分かっているのにね。」
「良子やセツ菜ちゃんは良いよ。女子学生ってだけでチヤホヤされるんだから。」
「はぁ?つよし、妬いてるの?」
「別に…。」
「体調の悪い方はこちらへ申し出下さい。」
「自分の体調より残して来た家や財産の方が心配だろ?」
「命より大切なモノは無いよ。」
「それは理想論だけど正論だな。生きていればどうとでもなる。」
「お兄さん達、さっきから聞いてたけどまだまだ青いね。え?防衛医科大学校の学生さんなの?そうか。じゃあ修羅場はこれからな訳だ。ま、頑張りなさいよ。」
「はい!頑張ります。」
「まだ雨が止みませんね?」
「家に残して来た愛犬の様子が心配だわ?」
「この位の雨なら床上浸水まではいかないと思いますよ?」
「そうなら良いんだけどね?」
「あ、ちょっと!今から家に戻るのは危険ですよ?」
「お兄さん、自衛隊の人でしょ?ちょっと私の家の様子を見に行って欲しいんだけど?」
「すみません。僕ら学生なんですよ。ここを離れる訳にはいかないんですよ…。」
「困ったわね…。」
「雨はそのうち止みますから。」
「そうですよね…。」
「申し訳ありません。」
「本当なら今すぐにでも行ってやりたいけどな。」
「一兵?俺達はこの場所に居ることを命じられているんだぞ?勝手な行動はするなよ。」
「一匹の犬の為に己の全てをかけるのもありじゃないか?」
「一兵?その無力さよく分かるよ?でも今は危険だよ!」
「予報ではもう雨が止むんだけどな?」
「雨が止んでも、避難指示が発令されている間は動けないわよ?」
「セツ菜でも駄目か…。」
「一兵君とうしたの?」
「いや、飼い犬の安否確認したい女性がいるんだけどさ。直ぐそこの家なんだよ?」
「一兵君?つよしにコッテリ絞られたでしょ?」
「雨が止んだら自衛官に頼んでやっから。」
「命の重さは人間も動物も同じだろ?」
「それは否定しないけどさ…。」
「一兵!おばあちゃんの犬無事だって‼」
「マジか?」
「伝えに行ってやれよ。」
「一兵君!あのおばあちゃんさっき亡くなったって。」
「何で?」
「ストレス性の心不全だって。」
「…。」
「泣くなよ一兵!」
「せ、せめて愛犬の無事を知ってから天国に行って欲しかった。」
「一兵!俺達はこれから沢山の死と向き合うんだ。たった一人の死で立ち止まるなよ?」
「分かっている。けど悔しいな(泣)」




