毎朝、新宿~四ッ谷間で乗り合わせる君へ
カタタン。トトン。
不規則な揺れを感じながら、俺はあの娘の姿に目を止めた。
やあやあ。今日も乗ってきてくれた。
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中央線朝7時半過ぎ。セーラー服の娘は毎朝決まってこの電車に乗る。
俺と娘の出会いは何ということはなかった、
自分でもよく分からないのだが、娘が乗り込んで来るときにちらりと見えた白いうなじに心を奪われてしまったのだ。
一目惚れというやつだった。
しかし、このくらいの一目惚れなら毎日のようにあった。
毎朝、真面目に同じ電車に乗る娘の姿を見ているうちに、どんどん惹かれていったのだ。
勉強をしている姿、眠そうにしている姿、乗り合わせた友人と快活そうに笑う姿……。日によってころころ変わる彼女の表情に何だか目が離せなくなってしまったのだ。
ある日のこと。彼女がホームでおにぎりを大きく頬張る姿を見た。その顔が何とも可愛らしくて、すとんと俺の心の中に入ってきたのだ。
それからというもの、俺の心の中には彼女が大きく占めるようになった。仕事をしていても、トラブルに見舞われても、彼女のことを考えては、ふわふわとした気持ちになった。
とはいえ、この感情を彼女に伝える手だてはない。しかも、俺にはすぐに別れの時が来ることが決まっていた。
ただ、見守るだけで良いのだ。
新宿~四ッ谷間の短い逢瀬。それでも俺には充分だった。
そうは割り切っていても、見守るだけではつらいことも多い。
たとえば学校が長期休みの時は娘は乗ってきてくれない。
一番つらかったのは彼女が友人に恋の相談をしているのを聞いてしまったときだ。彼女は同級生にひそかに思いを寄せているようだった。
その同級生ならば俺も見たことがあった。時折この電車に乗ってくることがあったのだ。
彼は高齢者にためらいなく席を譲れる好青年だ。彼ならば仕方のないことのような気がした。
仕方ないとは思っても、その日の朝日はやけに心に染みた。
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そして、とうとう別れの日は来た。俺の引退の日が来てしまったのだ。
覚悟はできていた。それでも、もう明日からは娘に会えないのかと思うとすごくつらかった。
それでも、俺は最後まで自分の職務を全うするしかない。
さあ、今日も頑張ろう。
別れの日も、きちんと娘は乗り込んできてくれた。
今日が娘の学校の休みの日でなくてよかった。
さようなら。これが君との最後の逢瀬だ。
カタタン。トトン。
トコトン。ズタン。
あっという間に四ッ谷に着いた。
ああ、あの娘が降りてしまう。
さようなら。幸せになっておくれよ。
すると、信じられないことが起きた。
娘が電車を降りる時に
「今までありがとう。」
と、自分にしか聞こえないくらいの声で呟いたのだ。
俺は耳を疑った。
娘がメッセージをくれたのか?俺に?
車内を見渡してみたが、呟きは他の人へあてたものでは無さそうだった
もしかして、娘は俺のことを多少なりとも気にかけていてくれたのか?
引退の日もきちんと覚えていてくれたのか?
嬉しかった。すごく嬉しかった。
それでも、俺にはどうしようもないのだ。
ああ、俺に言葉が話せたらなあ!
電車のドアが閉まる瞬間、心の底から泣きたくなった。
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「あ、今日から新車両なんだね!」
「ね!新しい電車だと気持ちいいね~………ってどうしたの?あき?」
「うん?あ、ごめん。ちょっとぼうっとしてた!」
「もー、さては寝ぼけてるなー?」
ごめんごめん、と言いながら、あきと呼ばれた彼女は少し切ない気持ちを感じていた。
古い車両のことが、あきは結構お気に入りだったのだ。
あの古い床とか。オレンジ色の車体とか。独特の味わいが良かったのになあ。
それに、あの車両には、何だか自分を見守ってくれているような心地よさがあったのだ。
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