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ある主人公の日常 ~現在・前編~


「これはどういう事かなぁ?」


 私は社会人となった上の娘にスマホを突き出した。

 そこには娘のSNSが映っており、色々と痛い事が書き綴ってある。


 親から虐待を受けているとか、搾取されているとか、しまいには友人に切りかかられて負傷したとか、どこの昼メロかと思うような書き込みの数々。

 以前から娘の書き込みを知ってはいたが、この刃傷沙汰が本当であるなら看過は出来ない。

 念のためと思い尋ねてみれば、娘は激昂し、人の書き込みを読むなんて酷いっ! プライバシーの侵害だと怒り狂った。


 いや、プライバシーの侵害て..... 鍵もかけずに世間様に晒してる書き込みに、そんな事言われても。


 困惑する私に、娘は色々とぶちまけてくれる。

 

 私の娘である事が苦痛だという事。産んでくれたことにだけは感謝しているが、他は恨み辛みしかないという事。あんたの娘でいて幸せだった事は一度もないと。


 ぎゃんぎゃん泣きわめく娘の言動を総合してみれば、そういう事らしい。


 私はあいた口がふさがらなかった。


 ぶっちゃけ、我が家は放任に近い。何事も本人に決めさせている。


 人道から外れさえしなければ良いというスタンスだ。

 もちろん聞かれれば答えるし、相談にも乗る。学業の思わしくない上の娘のために、夫は高校生の勉強をおさらいして教えていた。

 それで受験も乗り切り、留年の危機もあったが、何とか卒業出来た上の娘。

 その娘が絵の勉強をしたいと言い出した時、夫は難色を示した。

 娘の言う絵とはイラストの事で、そういったものに疎い夫には理解が出来なかったのだ。正直、裕福な家の子供がやるお遊びにも見えたのだろう。

 だが、私はそういった業界を副業にしていた経験がある。出版関係の何でも屋みたいな感じで、読みきりの単発漫画やエッセイ、短編小説などを書いていたのだ。バブルの頃の話だが。

 子供らが小さくて外に働きに出られなかった頃には、そういう伝でもらったカット描きを内職をやっていた。


 なので娘の希望が夢物語ではないと知っていたし、やりたいのならやらせてみようと夫を説得する。


「ただし、家に専門学校へ通わせる余裕はないからね。自分で奨学金を借りて入学しなさい。返済もちゃんとしてね。それと高校までは生活をみたが、ここからは自力で働きな。学校とバイトを平行して、家に食費は入れなさいよ?」


 それが出来るなら私は応援するよというと、娘は大きく頷いた。

 やりたい事はやらせてやりたいが、無い袖は振れない。

 自身の責任でやるなら、やらせてやろうと私は夫を説き伏せた。

 大学生だってバイトで生計を賄うものだ。娘にだって出来なくはないだろう。私はそう思っていたのだ。

 幸い義母から入学祝いに百万頂けて、娘は月額二万の返済で奨学金を借りられた。

 それに食費二万と学校への交通費。あとは稼いだ分、全て娘のものだ。

 そんなこんなで新たなスタートを切った上の娘。


 別の意味で若干の不安はあったものの、私は娘を見守る事にした。

 別の意味と言うのは、娘個人の事だ。

 どうも上の娘は、少し人として理解出来ないところがあった。

 例えば、有名な大地震。大きな津波で大災害となったアレをニュースで見ていた時。

 その酷い惨状に顔をしかめる私達家族の横で、上の娘は『楽しそー、あそこにいたかったっ!』などとほざいたのである。

 

「おまっ! あそこで何人死んでるのか分かってんのかっ? 人死にが出てるとこだぞ? 不謹慎にも程があるわっ!!」


 思わず叱りつけた私に、仏頂面面をした娘。


 この辺りから、私はそこはかとない不安を上の娘に覚えた。

 そしてよくよく見ていれば、娘はおかしな言動や行動を取っている。


 本気なら何でも許されると思っているらしい娘。そして息をするように嘘を吐く娘。しまいには、妻子ある男性を親友と称して、相手の家で隣り合わせの布団で寝たとか宣う始末。

 

「楽しかった、また遊びに行くんだ♪」


 あっけらかんと言い放つ娘に、言葉もない私。


「おまえ..... それって、行為をいたしてなくても普通じゃないからな? 相手の奥方から訴えられたら、間違いなく負ける案件だぞ?」


「また、そういう汚い目で見るっ! アタシ達はそんなんじゃないのっ! 心の深い処で繋がってる純粋な関係なんだからっ!」


 どの口が言うか。


 世間様を知らなすぎる。そういう事は真っ当に教えてきたはずなのだが、何処で間違えたのだろう。

 私は礼儀や常識に関してだけは厳しく躾てきた。

 挨拶はかかさない。有り難うと御免なさいは惜しまず使う。人様に迷惑にならないよう気をつけて、周りの迷惑にならず、警察の御世話にならない範囲は個性だから好きに生きろと。

 テーブルマナーや季節の風物、必要な冠婚葬祭の知識など常識の範囲は、しっかりと教えてきたつもりだったのに。

 上の娘はガチで倫理観が欠けていたのだ。


 あの地震のニュースで上の娘に感じた私の違和感は、そういう事だった。


 己の欲望に忠実で、それを正当化するため幾らでも嘘を吐き、事実や真実をねじ曲げて捏造する。


 .....あれぇ? なんか、何処かで覚えがあるぞ、これ。


 そして私は胡乱げな眼で天を仰いだ。


 姉貴にそっくりじゃねーか。


 突き付けられた事実に頭をかかえ、ここに下の娘の反抗期も重なり、ド修羅場となった我が家である。


 


「おまえがどう思っていようが関係ないのっ! 世間一般は、その状況で深い仲ではないと思わない、状況証拠だけで有責になるんだっつーのっ!」


「そんなこと、お母さんの勝手な思い込みでしょっ! 関係ないんだから引っ込んでいてよっ!」


「慰謝料が発生するかもなんだぞっ? おまえ、払えるのかっ?!」


 堂々巡りな口論が続く日々。


 マジで姉貴と話してるみたいだ。こういうのが脳内お花畑とかいうのか?


 今さらながら、こんこんと姉に説教をかまし続けていた母親を心から尊敬する私。

 

 そんなこんなで四苦八苦していた時に上がったのが例のSNSだった。


 皿洗いをしないと親に殴られるとか、バイト代を搾取されてるとか、言いたい放題である。


 自分が使った食器は自分で洗うのが我が家のルール。旦那だってやっていることだ。それで殴った事など一度もない。

 バイト代だって、娘から貰うのは奨学金の支払いと食費のみ。

 光熱費や家賃はもちろん、スマホの代金だって親持ちである。何処に搾取があるのか、小一時間ほど問い質したい気分だ。


 さらには私がぎょっとした刃傷沙汰の書き込み。これ、単なる自演の嘘だったらしい。

 可愛そうな私を演じていただけ。他の書き込みもそうだった。


 私は静観する。娘はまだ、私が彼女の書き込みを読んでいる事を知らない。


 だが、娘とのいさかいに夫が仲裁へ入ってきた。


「ほら、言うことあるだろ?」


「すんませんでしたっ」


 夫の言葉に、娘は軽~い口調で謝罪する。


「なんの謝罪だ?」


 淡々と問う私に娘は眼を丸くした。今までは、いつもコレで許していたからだ。

 モノにもよるが、私は基本、面倒ごとが嫌いである。なので、余程でない限り、謝る姿勢を見せれば許してきた。


 だが今回は、その余程のことにあてはまる。


「お前が本気で謝ってないなんて見え見えだよ。そうやって頭を下げてる中で、ぺろっと舌を出してるんだろ? 真剣に考えてから出直しな」


 そういう私を、信じられない者を見るような眼で見つめる家族達。

 今まで家族には見せたことのない、あえて隠してきた姿なのでその動揺も分かる。


 お気楽暢気な母親。真面目に子供らと張り合って遊ぶ母親。大概のことはしたり顔で許してくれる母親。


 家族が知るのは、そんな私。


 それも私の姿だ。


 だが、人には譲れない一線がある。

 上の娘は、今、それを越えようとしていた。


 そして娘の書き込みはエスカレートしてゆき、両親なんか苦しみ抜いて死ねば良い。死んじまえクソババアっ! などと眼をおおう惨状になった。案の定というか、先ほどの事も書き込みしている。


『真剣に謝ってないってすぐバレた。誰が謝るか、ばーか』と。


 ここで流石に見逃す訳にもいかず、私は娘を問い質す。


 冒頭のとおり娘は怒り狂ったが、なんの感情も見せない私に怖じけたのか、しばらくすると静かになった。


 それを見て私は再び問いかける。


 これが本心で間違いないか? と。


 すると娘は間違いないと言う。


「これを悪いとは欠片も思っていないんだな? 謝る気はないんだな?」


「みんな謝らなくて良いって言ってるもん、アタシが正しいって!」


「みんななど、どうでも良い。アタシはお前に聞いているんだ」


「そうだよ、書き込みしたとおりだよ」


「そうか」


 私は娘に時間を与えた。今は感情が先走り、売り言葉に買い言葉もあろう。

 

 謝る気になったら来いとだけ伝え、私は娘を視界に入れないようにした。


 居間に娘が来れば席を外して自室にこもり、食事も娘と顔を合わせないよう時間をずらす。

 御互いに口を利かないまま二ヶ月がたち、私は最後通牒を娘に叩きつけた。


「二ヶ月待ったけど? 気持ちは変わらないか?」


「.....変わらない。アタシ悪くない。全部、本当のことだもん」


「皿洗いしないと殴られるとか? 何時の話だ? お前、自分の皿以外洗ったことあったか?」


 娘は答えない。


「搾取されてるんだって? 奨学金のローン以外、二万の食費しか貰ってないけど? 光熱費や家賃、スマホ代も請求してやろうか?」


「普通、そういうお金は親が出すもんなんだよ? 家がおかしいのっ」


 すでに成人済みなはずの娘が言う。何時まで学生気分だ? こら。


「そうか。私の娘である事がお前の不幸なら、私の娘を辞めても構わないよ。私も、あんたの母親をログアウトするから」


 言葉の意味が分からないとばかりに首を傾げる娘。

 それに懇切丁寧な説明を私はつけくわえる。かつて、私の母親が姉にしていたように。


 私が母親であった事でお前が不幸だというなら、母親を辞めてやる。私も恨みしかない娘を養ってやるほど出来た人間ではない。だが、お父さんはお前の父だ。あれだけの書き込みを見ても、お父さんはお前を見捨てないだろう。そこだけは反省して大切にしなさいね。

 恩も義理もない、苦しみ抜いて死ねば良いと思うほど私を憎んでる相手を娘と思えないのはこちらも同じ。御互いに不干渉でこの先の人生を歩こう。

 その方がお前も幸せだろう? なにしろ、私といると苦痛しかないのだし。


 WinWinじゃないかと私は上の娘に笑って見せた。


「親の愛は無償だけど有限でもあるんだよ? 片側だけに注いでいたら、いつかは尽きるんだ。私はその容量が少ないんだよね。だから、この二ヶ月で尽きてしまったよ。悪いね」


 絶縁宣言に明らかな安堵を込めた私の言葉で、上の娘は俯いたまま表情を失くしている。


「生まれてきてくれて、ありがとう。ここまでの人生、楽しかったよ。元気でね」


 そう言って、私はスッパリと上の娘を切り離した。


 そこからは全く顔を会わせずに暮らし、気付けば上の娘は独立して家から出ていた。


 まあ、どうでも良いが。


 産み、育て、社会に出せば、そこで親の義務は終わりだ。そこからは子供らの人生。親はオマケていどに寄り添えば良い。

 娘を辞めたのだから、そんなオマケも必要ないが。


 あとは自由に生きて行ってくれ。


 哀しさも虚しさも何もない。そんなものは、この二ヶ月で尽き果てた。

 

 上の娘がいたという記録のみをサランラップでグルグル巻きにして脳裡の片隅に転がし、私は一人娘となった下の子のために生きて行く。


 .....元気でね。これは本心だから。


 こうして新たに起きた揉め事は終息した。


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