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死因企画会議

作者: 路明(ロア)

「はい、じゃ、まず一ページ目見ていただけますか」

 ホワイトボードの前。私はホチキスで留めた資料を掲げた。

「面接のときにも少し話しましたが、昨今、お化け屋敷というのは、飽和状態です。他と差別化を図らなければ、生き残れないのが現状です」

 十畳ほどの広くはない会議室。コの字型に並べた長テーブル。

 並んで座るお化け役のアルバイトは、全員ゾンビの扮装をしていた。

「うちでは、お化け役ひとりひとりに、なぜ死んだのかという設定を設けています。それによって、リアルな恐怖に繋がるというのが狙いです」

 ゾンビ役のアルバイト達は、みな行儀よく座りコクコクと頷いた。

「で、皆さんには、自分の死因の設定を考えて来て欲しいとお伝えしていたはずですが……考えて来て戴けましたか?」

 私は、出来うる限り優しい上司という印象を持たれそうな笑顔を作り、ゾンビ役全員を見回す。

 ゾンビ役は互いに顔を見合わせた。

「もちろん、完璧なアイデアでなくていいです。一緒に作っていきましょう」

 私は言った。

 なかなか話し出す者がいない。お互いに譲り合っている感じだ。

 私は思い切って指名することにした。

「じゃあ、サスペンダー付けた貴方から」

 私は一番手近に座っていた切れそうなサスペンダーを付けたゾンビ役を指した。

「えっと……」

 サスペンダーを付けたゾンビ役は立ち上がり、内気そうな口調で呟く。

「あ、座ったままでいいですよ」

 そう私は言った。

「死んだ理由を言ってください」

「あの、ビールの洪水で圧死しました」

「圧死……」

 私はホワイトボートにその旨書き、復唱した。

「圧死するものなの? 溺死の方がまだ」

「えっと、自分は、押し流されてきたビール樽の下敷きになった形だったんで……」

「へえ、そういうのあるんだ。よく調べたね」

 私はそう答える。

「じゃあ、次。リボンを付けた貴女」

 私は、ボロボロのリボンを胸元に付けた女性を指名した。

「はい」

 女性が返事をする。

 近代ヨーロッパ風のドレスを着ているが、仕草に違和感がない。どこかで同じような役をやったことがあるのだろうか。

「わたしはビールの洪水で溺れ、急性アルコール中毒で死にました」

「凝ったねえ」

 私は声を上げた。

「でも、同じビールの洪水なの?」

 私は、サスペンダーを付けた男性とリボンの女性とを手で交互に指した。

「はい。同じ町の出身で」

「そうなの。このアルバイト、一緒に応募したとか?」

「ええ」

 女性は微笑した。

 ゾンビメイクで顔が半分崩れているが、笑うと可愛い。

「じゃあ、シャツとズボンの貴方」

 私は三人目のゾンビ役を指名した。

「ええと」

 薄汚れたシャツと十九世紀風のベルト、ペラペラの生地のズボンを履いた中年男性は、少し言いにくそうにした。

「私のはその、笑っちゃうんですが……」

 そう苦笑して言い頭を掻く。

「何でもいいですよ。言ってみてください」

「私は、ビールの洪水が起こってるってんで、樽持って来て汲もうとしたら落ちて流されちゃいまして」

「え……貴方もビールの洪水?」

 ホワイトボートに書き込みながら、私は男性の方を振り向いた。

「え、ちょっと待って」

 私は右手を挙げた。

「他にも、ビールの洪水を死因にしようとしてる方いますか?」

 全員が手を挙げる。

「何、流行りか何かなの? ゲームか何かでそういうのあるとか。でも、もうちょっとバラバラの方が」

「実話なので、リアリティあるかと思ったんですが……」

 シャツとズボンのゾンビ役が言う。

「実話? 実話なの?」

 私はその場でスマホを取り出し検索した。

 確かに十九世紀のイギリスで、そういう事故があったと出ている。

 原因はビール工場の大樽の大量破裂。

「へええ……聞くとギャグみたいだけど、実際は地獄絵図だったって」

 ゾンビ役が全員揃ってコクコクと頷く。

「それでもねえ……」

 私はスマホを仕舞った。

「やっぱり全員同じってのは」

「あの、むしろ全員が特定の災害で死んだという設定は、ゾンビエリアのリアリティが増すと思うのですが」

 一番奥に座っていた若いゾンビ役が発言する。

 神父のような格好をしていた。

 他のゾンビ役よりハキハキして賢そうな感じだ。

「ああ、そういうのも有りかな……。ゾンビエリア全体を、災害のあった町という設定にするとか?」

「ええ」

「ちょっと上に提案してみようか。セットは別に変えなくてもいけそうだし」

 私はその旨を資料にメモした。

「貴方、そういう関連、何か勉強しているとか?」

 私はそう尋ねた。

「オーストリアの神学校で、悪魔の与える恐怖について研究していました」

「へえ……」

 私は適当に返事をした。

 神学校って、今でもあるんだ……。

「ちなみに貴方も死因は」

「はい。僕はたまたま、この方達の町の教区教会に用事があって来ていたところを巻き込まれまして」

「圧死? 溺死?」

「溺死です」

「溺死が二人か……まあ、洪水ならそうなんだろうけど」

 私は再び右手を挙げた。

「他に溺死の方は?」

 二、三人を除いた全員が手を挙げた。

「ううん……あとは上と相談してからだな……。個人的には、面白い設定だと思えてきたけど」

 私はパイプ椅子に座った。

「ちょっと時間余っちゃったな……。ところで、皆さんの志望の動機って何ですか? 聞いていい?」

 私は話を変えた。

 お化け役は全員日給制なので、早めに帰す訳にもいかない。それに雑談していれば、他の死因のアイデアが出てくるのではと思った。

「アルコール禁止との規定がある職場だと聞いたので」

 ひとりのゾンビ役が手を挙げた。

 かなり小柄で、未成年の少年ではないかと思われるような感じだ。

 私は彼の履歴書を確認した。

 一応いくつかの職歴が書いてある。

 野菜売り、古着売り、墓掘り。

 娼館の呼び込みと書いているのは、夜の店の呼び込みという意味だろうか。

 まあ、これくらいの職歴があるなら、それなりの年齢ではあるのだろう。

「ああ、禁アルね。珍しいって言われるよ。禁煙は普通だけど」

「そういう職場が理想だったんです。僕達もうアルコールは沢山ですから」

 全員がコクコクと頷く。

「え……役以外の時までその設定に合わせてるの?」

 私はちょっと驚いた。

 ゾンビ役ひとつで渡り歩いている、ゾンビ役のプロの方々だろうか。

「凄いプロ根性ですね」

 私は敬意を込めて言った。

「僕達は本物ですから」

 小柄なゾンビ役がそう答える。

「本物? 一流って意味ですか?」

 私は思わず笑った。

 馬鹿にした笑いではない。そこまで堂々と言える人間に、ここでいきなり会うとは思わなかった。

「凄い自信ですね」

 私は言った。

「もしかして、皆さん同じ町の出身?」

 私は全員を手で指した。

「はい。しばらくビールの洪水に浸かってたので、みんな腐乱が遅くて」

 女性のゾンビ役がにっこりと笑う。

「ああ、アルコール標本みたいな理屈ね」

 私はそう言い頷いた。

「設定細かいね。みんなで考えたの?」

 私は少しずつゾンビ役達に好感を持っていた。

 無愛想な人もいるが、真面目な人達だと思う。

「実話ですから考える必要はなかったですよ」

 小柄なゾンビ役が人懐こそうに照れ笑いした。

「でも、そういうネタよく調べたよ。去年までのゾンビ役は、ゾンビウイルスが原因っていうのばっかりで。あれは流行ってるの知ってるけど」

 ウイルス、へええ、と呟き、全員が真顔で頷く。

「私達の時代には、ウイルスなんて偉いお医者様でもまだ知らなかったもんなあ」

 中年のゾンビ役が言う。

「時代によってゾンビになる方法もいろいろなのね」

 女性のゾンビ役が言った。

「皆さんはその設定でいいと思いますよ。変に流行りに合わせない方が」

 私は言った。ああそうだ、と付け加える。

「この中で、英語喋れる人なんています? 最近は外国人のお客様も多いから、喋れる人いると助かるんだけど」

「全員喋れます」

 女性のゾンビ役が言った。

「全員、英語圏の出身ですから」

 そう言いにっこりと笑う。

「全員? あ、出身って、外国の町なんだ」

 私は少々恐れ入った。

 海外出身でここまでのプロ根性があれば、もっと違う場でも活躍出来そうだが。

「ただちょっと、古い英語なんですが」

 女性のゾンビ役が笑う。

「古いって、古風ってこと? いいじゃないですか。品がありそうで」

「品なんて、ちょっと……」

 中年のゾンビ役が照れて笑い声を上げた。

「あたしらの町は、貧しい地域だったから」

「そこからみんなで出て来て、身を(おこ)してって感じですか? 立派じゃないですか」

 私はそう言った。

 ゾンビ役が全員、ほっこりとした笑顔で応じる。

 この人達となら気持ちよく仕事が出来そうだと私は思った。



 終





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