episode.2
私の将来の夢は、六歳の誕生日プレゼントに両親が買ってくれた冒険譚を読んで決めた。冒険譚は主人公が魔物を倒し、様々な国や街で事件を解決し、世界の脅威を打ち倒して英雄となって終わる。当時最も人気の冒険譚。私は、主人公に憧れた。だから読み終わって高揚した気分のまま、家族が揃う晩餐の場で「冒険者になる!」と宣言したのだ。
両親は反対することは無かったけれど、代わりに実際の“冒険者”がどんな職業なのかを事細かに教えてくれた。魔物の脅威、被害、実際の殉職者の人数、怪我の詳細。どう考えても幼い子供を怖がらせるための用途だろうと思える情報をたくさん。それを聞いてもなお、「なりたい」と言う私に父様は三つ課題を出した。
一つ、伯爵家の教育を疎かにしないこと。
二つ、最低でも我が家の騎士を一対一で倒せるようになること。
三つ、命を大切にすること。
これが父様から私に出された課題。「三つ目はお願いだけどね」と言って頭を撫でてくれたことを覚えている。
父様はもともと雇っていた勉学、立ち振る舞いの家庭教師の先生に加えて、魔術を教える先生としてサヴィシア叔母様を私に付けた。
「サヴィシア叔母様、なんで父様はだめって言わなかったのかな」
「あら、フィアナは怒られたかった?」
「そーじゃないけど……」
七歳の誕生日から数日経ち、魔術の授業が始まってから一年が経ったある日、ずっと考えていたことをサヴィシア叔母様に初めて聞いてみた。自分の魔力を体外で留めて魔石を生成する訓練の休憩時間。雑談をすることもあれば、魔法の使用の仕方、一族固有スキルとはどういうものなのか、という講義からたまに口頭抜き打ちテストのようなものがあったりする時間。
つい先日誕生日があって、去年のことを思い出していたということもあって聞きたくなってしまったのだ。
「そうねぇ……そもそも、貴族の爵位継承者以外が冒険者を職にする、ということはよくあることなのよ。番を得るためには当然選択肢として入る職業の一つだしねぇ。」
「そうなの?」
「そうよ?だから頭ごなしに反対は出来なかったんでしょうね。兄さん真面目だもの」
それから、本当は魔術授業は十歳からだったこと。最初に教えられた冒険者のアレコレは本当だけれど、怖いだけの職業では決してないこと。父様に教えられた冒険者についての話をサヴィシア叔母様にしたら「兄さんは『そんな怖いならやだ。ならない』って言って欲しかったのねぇ」と言ってクスクス笑った。
それから数年。授業の合間や休みの日に騎士達の鍛錬に混じって体を鍛え始めたら騎士やメイドから二度見されたり、魔術訓練で庭の一部を炎上させたことで怒られたり、我が家に就職する前までは冒険者業を行なっていたという執事の一人に弟子入りしようと試みて執事長に説教されたり。
様々な失敗と成功を繰り返して何度父様が頭を抱え、母様と姉様が笑い、兄様と執事長に怒られたかわからないけれど、一二歳になる前日。
私はついに護衛騎士から一本取ることに成功した。
父様が帰宅するのを待つ時間はとてもゆっくり時間が流れていたような気がする。父様が帰宅した瞬間、すぐに駆け寄り「やっと勝てました、私の戦法が通じました!」と笑顔で報告する私とは裏腹に、寂しそうな顔で笑いながら父様は私の頭を撫でてくれた。
「頑張ったね、フィアナ」
「はい!父様が許可してくださったおかげです。鍛錬だって、魔術だって、父様が教えて良し、と許可してくださったでしょう?」
「そうだね。……勉強も頑張っていると聞いてるよ」
「もちろんです」
胸を張って即答する私を見て、父様は「大きくなったね」と言ってもう一度頭を撫でた。そして、「明日は街に出かけるから準備をしておくように」と言って父様付きの執事を伴って私室に消えていった。