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episode.1

 パァンッ、と乾いた音が響く。大粒の涙を流しながら見事な平手打ちを決めたのはシレーナ・ピュレス子爵令嬢。真っ赤な紅葉を付けた頬を見てもなお、まだ足りないという目でこちらを睨みつける。震えた身体は平常時より小さく見え、鎖骨より少し下まで伸ばされたハニーブロンドの髪はゆるくウェーブがかけられている。今はしかめ面だが彼女が友人たちといた時の笑顔は可愛らしく、ああこれが庇護欲をそそる容姿なんだろうなと思いながら観察するように彼女を見る。彼女は、叩かれても表情を変えず、文句の一つも言わない私に痺れを切らしたのか何か言おうと口を開いては閉じ、口を開いた拍子に嗚咽を漏らす、ということを繰り返していた。


「あの……」

「っ、フィアナ・ソールナー!貴方、誰の婚約者に手を出したかわかっているのよね!?」

「家が決めた婚約者が居た、とは聞いていました。ですが、元々番候補を感知することが出来なかったため、相性の見極めのための婚約だったはずです。また、私に正式に求婚を行なったのは婚約解消を終えてからです。」


 もっと言うならあの人が貴方と婚約を行なっていたと知ったのは今日です。

 唇をかみしめて涙を流す彼女にこちらからかけられる言葉は思いつかず、辛うじて差し出せたハンカチも受け取ってもらうことは叶わず。人通りが少ない裏庭の中でも奥の木陰にあるベンチの前で、途方に暮れるしかなかった。

 彼女が小さく、嗚咽まじりで呟いた「私の(つがい)になってくれるはずだったのに」という言葉が涙と共に地面に吸い込まれていくような気がした。







 私、フィアナ・ソールナーは魔王族が治めるテロス王国で産まれ育った魔族の一人だ。テロス王国は国の北東部に魔物が潜む広大な森が広がっている多種族で構成された王国である。


 我がソールナー伯爵家は特殊な家系である。

 領地を持たず、夜会にもほぼ家としての出席を行わない。しかし、歴代の魔王族の側に必ずと言っていいほど控えている人物。それが私の家系である。そんな家の末っ子として産まれた私はすくすくと育ち、現在16歳。テロス王国の首都に建設された魔術学園の3年生である。先日編入学したばかりだけれど。入学数日で平手打ちされた人物はそうそう居ないのではないだろうか。


 さて。魔族はほとんどの者が己だけの『(つがい)』を持つ。番とは、命が終わるまで添い遂げる二人を指しており、伴侶や恋人関係になるものが大多数だ。番は人により『番候補』が存在していて、最も相性が良いと双方が感じた時点で番として結ばれるらしい。この国では目に見える方法でも残すことが推奨されているため、番となった者達は教会に届出を提出することが大多数である。

 らしい、と言ったのは私がこの国では少数派の番を感じられない一族だからである。私には番がわからない。出会ってすぐにわかる、遠くにいてもどこにいるのかなんとなくわかる、体調及び感情がお互いに影響を与えることがある、など年下の子から年配の人まで当たり前に話すことがわからない。

 もっとも、一族全体がこうなので疎外感を感じることがあっても孤独感を感じることは無かった。むしろ、こちらから番として認識することが出来ないのでもしも私が番候補の人がいたら申し訳ないなぁと思っていたぐらいである。

 以上の事から我がソールナー家は番を選べない家で有名だが、もう一つ、世界中でも珍しい体質を保有している。

 それは、自分の体内で生成された魔力以外を定期的に取り込まないと日常生活がままならない、という体質である。人によって魔力の味が違うので好きな味の魔力を見つけなさい、なんて事を大量の魔石を皿の上に並べ、食育の一部として行う一族は少ないだろう。そもそも魔力は常人にとって食べる物ではないし、取り込むことがあっても味を感じることはできないものだ。普通なら。

 そもそも、魔石とはなんなのか。

 魔石とは魔力が固められた石のようなものの通称である。魔力を放出し終えると空気に溶けるように消える。大きさは親指大ほどの小粒から1m以上の大きさのものまで幅広く存在している。

 市場に出回っているものは主に人が己の魔力を固めて生成したもの、魔物が核として体内に持っているもの、自然生成されたものの三種類がある。一般的に流通しているものは大多数が魔物製であり値段もお手頃で手に入る。

 魔石は家電や魔法を使う際の補助に使うものであり、"食べる"ことは一般的ではないのだ。

 食べる、と言っても口から取り込んだ方が効率が段違いに良いというだけで手とか皮膚からゆっくり取り込むことも可能なのだけれど。味を確認しながら食べることで、自分の魔力と相性が良いか否かが判断をするという理由もあるのだけれど。

 ソールナー家ではあまり表には出さないように、とも教えられるのだ。


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