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書籍化作品(予定を含む)

【WEB版】偽りの聖女は竜国の魔法使いになりました

作者: 日之影ソラ

 むかーし昔のお話。

 世界は広くて、色鮮やかで、美しかった。

 今よりもっと多くの種族が共に生き、時に争い、時に手を取り合い。

 ちょっぴり慌ただしい日々を送っていた。


 そこには竜が治める国があった。

 その国の名は〇〇〇〇〇。

 強大な力を持つ竜たちは眷属を従え、世界最大の国を作り上げた。

 しかし、それを快く思わなかった者たちも多い。

 とくに人間、当時から数が多く、複数の国を作り上げていた彼らは、竜国の存在を否定したかった。

 そうして、戦争が起こった。

 人類対竜、眷属たる竜人や同胞である亜人種たちも巻き込んで。


 戦いに勝利したのは……人間側だった。

 神の加護を受け勢いづいた彼らは、僅か一年で竜国を滅ぼした。

 以来、世界を統べるのは人間となり、他の種族たちは肩身の狭いを思いを続けている。

 あれから何千年が経過しただろう?

 今でもまだ、人間たちが世界の中心にいることは変わらない。

 だが、噂があるんだ。

 世界のどこかで、生き残った竜の末裔が、再び竜国を作り上げようとしている……と。


  ◇◇◇


「レナ、あなた私の代わりに聖女やりなさい」

「……え?」


 それは突然だった。

 双子の姉、ライナは軽い口調で私に言った。


「良いわね? その間は私がレナのふりするから」

「ちょっ、ちょっと待ってよお姉ちゃん! 聖女に選ばれたのはお姉ちゃんだよ?」

「知ってるわよそんなこと。だから代わりになりなさいって」

「だ、だから無理だよ! 私は聖女じゃないんだから」


 十歳の誕生日、姉のライナは聖女に選ばれた。

 聖女とは神の声を聞き、神の意志を人々に伝え導く代行者のこと。

 祈りを捧げることで様々な奇跡を起こし、あらゆる病や怪我を一瞬で治すことができる。

 ここアリステラ王国では百年に一度の周期で、新しい聖女が選ばれていた。

 選んでいるのは私たち人間ではなく、天にいらっしゃるという神様だ。

 聖女に選ばれたということは、神様に選ばれたということ。

 その決定は絶対で、偽り否定することはすなわち、神様への冒涜に他ならない。


「選ばれたのはお姉ちゃんなんだから、そんなことしたら罰が当たっちゃうよ」

「心配いらないわよ。神様だって別に、聖女らしく振る舞えーなんて言ってないもの。私は聖女になんてなりたくないの。聖堂にずーっといて、ニコニコしながら祈り続けるだけなんて嫌よ」

「そ、それは……」


 ライナの気持ちはわからなくもない、と思ってしまった。

 双子だからではない。

 私にだってやりたいことがあるし、ライナも同じなのだろう。

 聖女になれば皆から必要とされ優遇される。

 けれどその対価に、自由を失う。

 ライナは賞賛や権力ではなく、自由を欲していた。

 ただ……


「やりたくないって言ったって認めてくれないでしょ? お父様とお母様もあんなに喜んでいたわ。だからレナが代わりに聖女のフリをしてくれれば、全部解決すると思わない? 私たちは双子なんだから」

「確かに顔はそっくりだし、お父様たちも間違えるくらいだけど……私には聖女の力なんてないんだよ?」

「レナは魔法の勉強をしてるでしょ? それで誤魔化せばいいじゃない」

「そ、そんなの無理だよ!」


 魔法と聖女の力はまったく別物だ。

 聖女の力のように奇跡を起こしているわけじゃない。

 知識を蓄え、力を身に着け、長い時間かけて修練を積み、ようやく使えるようになるのが魔法だ。

 才能のある人でも、使い熟すためには一生かけても足りないとされる。

 私は魔法が好きだから勉強しているだけで、特別才能があるわけじゃないのに……


「大丈夫よ。聖女として働くのは十五歳からでしょ? あと五年もあるわ」

「五年で……聖女様のフリが出来るようになれってこと?」

「そうよ。できるわよね? できないっていうなら、お父様たちにお願いして今よりも――」

「わ、わかったよ! 私……やるよ」


 ライナの脅しに屈して、私は引き受けるしかなかった。

 同じ貴族の家に生まれ、双子。

 背丈や顔つきは同じでも、両親や周囲の扱いは天地ほどの差があった。

 姉であるライナが聖女に選ばれたことで、皆がライナを優遇し出し、私を後回しにしたり、放置するようになった。

 私が何かをお願いしても、自分でやりなさいと返される。

 ライナが私のことで文句を言えば、酷く怒られて部屋に閉じ込められる。

 それが真実であれ嘘であれ、みんなライナの言葉なら信じてしまうだろう。

 子供の私はそれが怖くてライナには逆らえなかった。


 それから私は、必死になって勉強をした。

 国で一番大きな図書館に通いつめ、魔法に関する知識を蓄え、夜にこっそり屋敷を抜け出して魔法の練習をした。

 毎日、来る日も来る日も魔法の修行に明け暮れた。

 魔法を学ぶこと自体は辛くはなかった。

 むしろ新しいことを知る度にワクワクして、魔法が使える喜びの方が大きかったくらいだ。

 魔法の修行を通して知り合いになり、仲良くなった友人もいる。


 そして五年後――


  ◇◇◇


 サンタテレサ大聖堂。

 王城の敷地内に位置し、王都でもっとも大きな聖堂。

 一日に千を超える人々が訪れ、悩みや不安を打ち明ける。

 彼らの目的は一つ、大聖堂にいる聖女に会うことだった。


「聖女様お願いします! どうか、病で苦しむ私の息子を救ってください」

「はい。少しそのままでいてください」


 両手を合わせ、天に向かって祈りを捧げる。

 主である神への言葉を口にすると、淡い光が苦しむ子供をも包み込む。

 全身を覆っていた黒い痣が消え、子供の顔色も良くなっていく。

 光が消える頃には完全に回復したのか、その子供は安らかに、気持ちよさそうな寝息を立て始めた。


「これでもう心配はいりません」

「おお、おお! さすが聖女様だ! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「いえ、これも主のご意志です」


 聖女ライナ。

 王都で、いやこの国に暮らす者たちで、その名を知らない者はいない。

 祈りを捧げることであらゆる病を癒し、傷を癒し、災厄を退け人々を守護する。

 まさに奇跡と呼ぶに相応しい偉業を日課のようにこなす。

 降り積もる雪のように白い髪と肌、透き通る水面より青い瞳。

 麗しの乙女が微笑むたび、それを見た者たちは心を洗われ、不遜な思いを胸の内に抱くだろう。


 だけど、彼らは知らない。


「皆様にどうか、主の御加護があらんことを」 


 私が本物の聖女ではなく、ただの魔法使いであることを。

 本物の聖女は……


「こんばんは、レナ(ライナ)お姉様」

「……こんばんは、ライナ(レナ)


 お勤めが終わる時間、最後に聖堂を訪ねてきたのは彼女だった。

 見た目は私とうり二つ。

 双子だから似ているのは当然なのだけど、両親ですら見間違えるほど似ていることは、自分でもちょっと怖い。

 いや、だからこそ誰も気づかない。

 私たち姉妹が、実は入れ替わっていることに。


 聖堂に自分たち以外いないことを目で確認して、ライナがニヤっと笑いながら呟く。


「今日もご苦労様」

「……うん」

「大丈夫だと思うけど、バレるようなヘマはしていないわよね?」

「たぶん……平気だよ」


 誰も疑問にすら感じていないはずだ。

 元より聖女を疑うなんて、普通の人は考えないだろうし。

 私だってライナがこの提案を持ち出した時は、聞き間違いだと思ったくらいだ。

 しかし、自分でも驚いている。

 本当に五年足らずで、聖女のフリが出来るようになるなんて。

 それに聖女として扱われるのも悪くない。

 むしろ好待遇ばかりで戸惑ってしまうほど。


「ライナの方はどう?」

「私もいつも通りよ。今夜もこれからパーティーなの」

「そ、そう。楽しんできてね」

「ええ」


 ライナも自由な生活を満喫していた。

 聖女としての縛りがなく、両親も半ば放置しているから、何をしても咎められることはない。

 彼女の要領の良さも相まって、毎日のように遊び、寛いでいた。

 それを羨ましいとは、あまり思わない。

 今でもこっそり魔法の勉強を続けているし、聖女のふりだけど魔法を使う場も用意されている。

 互いに幸福で、満足した毎日。

 だがそれも、入れ替わりがバレていない状況だからこそ。 


「これからも頼むわよ、聖女様」

「う、うん……」


 頑張るしかない。

 もしも事実が露見すれば、私たちの身はタダでは済まないだろう。

 特に聖女を偽った私は、神へ背いた罪を背負い続けることになる。

 そうなったらおしまいだ。

 自由なんて一生、死ぬまで訪れないだろう。


「それでは、私は先にお屋敷へもどっています」

「はい。また後で」

「おや? 今日は二人揃っているんだね」


 ライナが聖堂を立ち去ろうとしたタイミングで、扉がガチャリと開いた。

 そこに立っていた人物を見て、ライナは目をキラキラ輝かせる。

 淡い黄金の髪と瞳を持ち、高貴な雰囲気を漂わせ、見る者を魅了する爽やかな笑顔を見せる。


「フレイセス殿下!」

「やぁこんばんは。そちらは妹のレナさんだね?」

「はい! 覚えていてくださったのですね」

「もちろんさ。二人はよく似ているし、何より彼女の、聖女ライナの妹さんだからね」


 そう言って彼は私に視線を向け、意味ありげに片目を瞑る。

 彼の名はフレイセス・アリステラ。

 アリステラ王国の第一王子、次期王になるお方だ。


「こんばんはライナ。お勤めはもう終わったのかい?」

「はい。つい先ほど」

「そうかそうか。毎日ご苦労様。僕の国のために尽力してくれてることに、心から感謝するよ」


 彼は徐に近寄り、私の手を優しく握る。


「本当にありがとう」

「い、いえそんな。私はただ、当たり前のことをしているだけですから」

「そう言えることが素晴らしいんだ。やはり聖女とは清らかだね? いいや、君だからなのかな?」

「フレイセス殿下」


 殿下が私のことを慕ってくれている。

 誰の目から見ても明らかで、触れ合った手の温もりが何よりの証明になる。

 聖女とは言え一国の王子様に思われるなんて、なんと光栄なことだろう。

 純粋に嬉しい。

 でも、本物の聖女が自分ではないと彼は知らない。

 私の意志ではないけれど、私は彼を騙し続けている。

 その引け目があるから、私も微笑み返すくらいしか出来なかった。


 見つめ合う私と殿下。

 そこへライナが口を挟む。


「……殿下!」

「ん? なんだいレナ」

「この後のご予定はお決まりでしょうか? もしよろしければ、私と一緒にパーティーに参加されませんか?」

「ああ、すまないね。今日は彼女に会いに来ただけなんだ」

「そう……ですか」


 殿下がキッパリと断ると、ライナはしょぼんと落ち込んだ様子を見せる。

 分かりやすく意識させるように。

 しかし殿下は特に反応を変えることなく、そのまま私に視線を戻す。


「じゃあ僕はいくよ。また」

「はい」

「……」


 この時、ライナが殿下を見つめる視線が、少し怖いことに気付いていた。

 睨んでいるようにも見えた。

 あれはたぶん、悪いことを考えている目だ。

 それに気づきながら私は、気づかないフリをする。

 だって、気づいたところで意味はないから。

 入れ替わり、立場が変わっても、私たちの関係性は変わっていない。

 私はライナに逆らえない。

 あの頃よりも、大きな弱みを握られている状態なのだから。


  ◇◇◇


 屋敷に戻り、食事や入浴を済ませて自室に戻る。

 暗い部屋を灯すのは窓から差し込む月明かりと、ほんのり照らすテーブルの上の魔導ランプの光。

 自室だけ唯一、素の自分でいられる場所だ。


「ふぅ……やっと終わった」

「お疲れみたいだな?」


 ベッドに寝転がったタイミングで、ふいに窓側から男の人の声が聞こえた。

 突然ではあったけど、私は変に驚かない。

 来てくれるような気はしていたから。

 私はそっとベッドから身体を起こし、窓の方へ視線を向ける。


「来てくれたんだ、リュート君」

「おう。こんばんは()()


 彼は窓を開け、軽い身のこなしで部屋に入り込んでくる。 

 夜の闇にも負けない黒い髪と赤い瞳が特徴的で、背丈は殿下と同じくらい。

 年は聞いたことないけど、たぶん同じくらいかな?


「相変わらず不用心だな。簡単には入れたぞ」

「ふふっ、私の部屋に忍び込もうとするなんて、リュート君くらいだからね」

「それもそうか」


 リュート君と知り合ったのは三年くらい前。

 私が魔法の勉強のために図書館に足を運ぶと、彼が先客にいた。

 本を読みながらわからないことがあって悩んでいると、彼が声をかけてくれた。

 彼も魔法の勉強がしたくて図書館を訪れていたそうだ。

 それがきっかけで、私たちは友人になった。

 私が聖女のフリを始めてからも、ちょくちょく会いに来てくれる。

 入れ替わりを知っている数少ない人物であり、私とライナを一発で見分けることの出来た唯一の人だ。

 

「今日も昼は大聖堂だったか?」

「うん。聖女だからね」

「フリだろ? ま、魔法でそれが出来てることが脅威なんだけどな。普通無理だぞ」

「そ、そんなことないよ~」


 とか言いながら、自分でもよくやっていると思う。

 聖女の力は奇跡の力、神の御業。

 それに対して魔法は法則の力、人の力。

 文字通り、天と地の差がある。

 その差を感じさせないのは、端から見れば異常かもしれない。


 病や傷は治癒魔法で癒し、毒は解毒魔法で治す。

 魔法で治癒できない病気なら、時間を巻き戻す魔法を使う。

 時間を戻してもいずれ再発する病気なら、病気そのものを消滅させる魔法で対処する。

 それくらいやらないと、聖女のフリなんてこなせない。


「時間巻き戻したり、概念にすら触れたり……そんなことできるのは、古の時代を生きた魔法使いたちだけだぞ。レナは魔法の天才だな」

「天才……か」

「ああ。その上に努力家だから、普通じゃ出来ないことだってやれてる。凄いと思うよ」


 リュート君はまっすぐに私を見つめながら、嘘偽りない賞賛の言葉を口にした。

 そう言ってくれるのは彼だけだ。

 真実を知り、その上で友人として振る舞ってくれるのも。

 彼の前だけは自然体の自分でいられる。

 とても居心地が良い。


「まっ、それでも聖女のフリなんて大変だろ? 逃げ出したくなったらいつでも言ってくれよ? 手を貸すぜ」

「うん。心配してくれてありがとう」


 そんな風に冗談を言いながら、何気ない会話で盛り上がる。

 聖女のフリは大変で、望んだことではなかった。

 それでもお陰で、たくさんの人たちと関わることが出来た。

 私の今は、その人たちに支えられている。

 とても幸せだ。

 今がずっと続けば良いと、心から思えるほどに。


 だけど――


  ◇◇◇


 終わりの瞬間は、突然やってきた。


「――どういうことだい? 今のは……事実なのか?」

「はい殿下。紛れもない事実です」


 驚愕する殿下に微笑みかけるのは、私ではなくライナだった。

 聖堂での務めが終わり、殿下が私を訪ねてきてくださった時、彼女の口から思いもしなかった発言が飛び出したんだ。


「私が本物の聖女ライナです。こっちは偽物、妹のレナなのです」

「ラ、レナ、急にどうしたの?」

「もう嘘をつかなくて良いわよレナ? 貴女が嘘をついて、みんなを騙していたのは知っているもの」

「どうし……て……」


 どうして急に、そんなことを言い出したのか。

 私にはさっぱりわからなかった。

 わからないけど、彼女の目が……本気なのは伝わった。


「殿下、レナは魔法が使えます。その力で私たちを騙し操り、聖女に成り代わっていたのです」

「なっ、い、いやそんなことはありえない。現に彼女は聖女として人々を癒していた」

「それが魔法なのですよ。彼女がなぜ、常に白い手袋で手を隠しているかご存じですか?」

「手袋? そういえば……」


 殿下の視線が私の手に向けられる。

 見てわかる通り、確かに私は手袋をしていた。

 その理由は……


「あの手袋で、発動した魔法陣が見えないように隠しているんです」


 そう、その通り。

 手袋の内側で魔法陣を展開することで、私が使っているのが魔法だとわからないようにしていた。

 これはライナのアイデアだった。


「ほ、本当なのか? 君が聖女ではないと……」

「……」


 違うとは言えなかった。

 だって事実だから。

 私が聖女ではなく魔法使いなことは。

 とは言え経緯は異なる。

 ちゃんと経緯を説明しようと思った。


「わ、私は――」

「この輝きが証明です」


 私の声を遮り、ライナが祈りを捧げる。

 真の聖女たる彼女の祈りは天にまで届き、夜空からまばゆい光が聖堂の天井を突き抜け彼女を照らす。

 その神々しさに思わず声が漏れてしまうほど。


「こ、これは……」

「本物の聖女が放つ輝きです。見ての通り魔法など使っていません。これと同じことが、彼女に出来るでしょうか?」


 ライナの意地悪な視線がこちらに向く。

 できなくはない。

 ただしこれだけ大規模な輝きを再現するなら、それだけ大きな魔法陣が必要だ。

 手袋ではとても隠せない。

 私は否定も出来ず、口を紡ぐ。

 それでも真実は、彼女からの提案だということは言いたかった。 


「これが真実です殿下。彼女が私たちを騙し、偽り、殿下のことも欺いていたんです」

「くっ……そうだったのか」


 しかし、もう手遅れだった。

 私が否定する隙もなく話は進み、殿下の冷たい視線が私に向けられる。


「ライナ、いやレナなのか」

「そ、それは……」

「否定しないということは事実なんだね。ずっと僕を……みんなを騙していたのか」

「そ、それは違います! 私はただ――」

「もう良い! 今さら君の言葉なんて信じられない」


 強く、ハッキリとした否定。

 殿下はもう、私のことを聖女として見てない。

 そもそも誤りだったのだから当然だが。

 偽りの信頼も、好意も、全てこの瞬間に砕けて消えた。


「ガッカリだよ。君のことを信じていて自分が情けないくらいだ」

「で、殿下」

「父上には僕から伝えておく。偽者はもう、ここへ来ないでくれ」


 それが殿下が私に向けた最後の言葉だった。

 この日、私は聖女ではなくなった。

 

  ◇◇◇


 今までの聖女は、本物の聖女ではなかった。

 衝撃の事実が知られてから三日、王城内での騒ぎは避けられなかった。

 国民の混乱を招くために事実は隠されたが、それでも噂は流れる。

 双子の妹が姉を騙し、聖女に成り代わっていたという。

 見た目では判断できない双子故、真実にたどり着く者はいないだろう。

 いや、本当の真実を知る者はより少ない。

 ライナが楽をしたいから、私に聖女のフリを頼んだなんて……今さら誰が信じるだろうか?


 あの日、すでにライナはお父様たちにも話を通したそうだ。

 私が屋敷に戻った時には全て手遅れ。

 何を言っても信じてもらえず、ただただ失望され、冷たい言葉を浴びせられた。

 それからすぐに、私は屋敷とは離れた別荘に一人で追いやられた。

 

「二度とここから出るな! お前の顔など見たくもない!」


 そう言い残し、お父様が去っていったのが二日前のこと。

 短い時間しか経過していないのに、遠い過去のように感じてしまう。

 別荘に一人きり、他に誰もいない。

 静かすぎるほど静かで、嫌でも孤独を感じてしまう。

 

 こんなことになるなんて思わなかった……

 わけじゃない。

 いつか、こんな日が来る予感はしていたんだ。

 そもそも始まりだって、ライナの我儘がきっかけだ。

 終わる時だって、彼女の気分で終わることは当たり前なのかもしれない。

 だとしても……理不尽だ。


「……勝手すぎるよ」

「本当にな」


 その声は変わらず、窓の外から聞こえてきた。

 思わず、勢いよく振り向く。

 開いた窓から風が吹き抜ける。

 

「リュート君」

「よぉ、やっと見つけた」


 彼を見た途端、涙が溢れそうになった。

 ここ数日ずっと、冷たくて怖い視線ばかり向けられていたから。

 だからこそ、彼の変わらない笑顔が嬉しくて、我慢しても涙が零れてしまう。


「リュート君……私、私……」

「わかってる。外で話そう。今夜は風が気持ちいいんだ」

「……うん」


 彼に連れられ、私は別荘の庭に足を運んだ。

 月の光に照らされながら、木の椅子に腰を下ろす。

 歩いている途中にも涙は溢れて、今でも続いている。

 私は彼に、何があったのか話した。

 泣きながら言葉を切らしながら、ゆっくりと。

 聞き取りにくい所もあっただろう。

 彼はそれを、最後まで隣で聞いてくれた。


「……違うって言っても、誰も……信じてくれなかったよ」

「そうか……」

「わかってるよ。私が偽者なのは私が……でも、でも! 私だって好きでやってたんじゃないのに」

「そうだな。お前が望んだことじゃない」


 そうだ。

 私が自分から、聖女を騙ったわけじゃない。

 全部ライナが言ったから。

 断れなかった自分にも非がある……それもわかってる。

 わかってるけど、やっぱり納得できない。


「私……頑張ったんだよ? 聖女のフリができるように魔法の勉強して、工夫して……いろんなことができるようになって」

「ああ、知ってるよ」

「その……全部……悪いみたいに言われるのが」

「悔しいか?」


 そうだと、私は頷く。

 悔しい。

 私が今日まで積み重ねてきた努力を、たった一言で否定された気分だ。

 偽者だからと。

 

「……いつか、こうなる日が来るって思ってた」


 私も思っていた。

 でも、それが今だなんて思いたくなかった。


「いや、思っていただけじゃないな。俺は心のどこかで……それを待っていたんだ」

「え?」


 待っていた?

 リュート君の口から、思わぬ一言が聞こえてきた。

 驚きのあまり涙が止まり、私は彼の顔を見る。


「お前は優れた魔法使いだ。俺が知る限り、世界で最も優れた魔法使いはレナだ。聖女を否定するわけじゃないけど、レナの魔法は聖女の力を越えていると思っていたんだ」

「リュート……君?」


 なんの話をしているのだろう?

 褒めてくれている……でも、いつもと雰囲気が違う。

 真剣に、何かを見据えて話を続ける。


「お前の魔法は特別だよ。聖女じゃなくても、多くの人を救える。みんなが必要とする力だ」

「必要となんて……されないよ。私はもう聖女じゃないから……」

「だったら必要としてる所に行けばいい。聖女じゃなくて、魔法使いのレナを必要としてる所へ」

「そんなの……」


 いるわけがない。

 誰も、私のことなんて見ていない。

 聖女だったから必要とされていただけだ。

 嘘だと知られてしまった今、誰一人として私を求めはしないだろう。


「少なくともここに一人いる。俺にはレナが、魔法使いのレナが必要なんだ」

「え……」

「俺がっていうより、俺の国が……かな?」

「国?」

 

 リュート君が徐に立ち上がる。

 そのまま正面に歩き出し、背を向けながら語る。


「自己紹介、ちゃんとしてなくてごめんな? 騙してたわけじゃないんだ。ただ、本当の姿を見せたら怖がられると思って」

「本当の……姿?」


 彼は立ち止まり、振り返る。

 そして――


「それってどういう……」

「改めて自己紹介をさせてくれ」


 姿が変わっていく。

 紫色のオーラを纏い、人間の殻を破り、漆黒の翼と鋭い爪を生やす。

 口は人を簡単に呑み込めるくらい大きくて、巨大な身体は天に輝く月を隠す。

 その時、私はとある昔話を思い出した。

 昔々、竜が治めた国があるという。


 その国の名前は――


「俺の名前はリュート・()()()()()。古より続く竜国の王子だ」


 この出会いは運命か、それとも仕組まれたものなのか。

 ともかく私は出会った。

 今はまだ知る由もない。

 この出会いが……人と竜を繋ぐ物語の始まりだということを。


  ◇◇◇


 真の聖女として名乗りをあげたライナ、彼女はその翌日から聖女として大聖堂でお勤めについた。

 双子だから見た目は同じ。

 振る舞いさえ統一すれば、誰に気付かれることもない。

 加えて彼女は本物の聖女。

 努力も経験もなく、祈るだけで奇跡が起こせてしまう。


「ありがとうごうざいます! 聖女様はやっぱり凄いお方だ!」

「いえ、これも主のお力です」


 その言葉に偽りはない。

 聖女の力は神の力。

 何人も真似ることは出来ない絶対の力だ。


(ふふっ、面倒だと思っていたけど気持ちが良いわね。やっぱり元に戻して正解だったわ)

 

 心の中で彼女は笑う。

 元は彼女が楽をしたいから始まった入れ替わり。

 それを突然、何の前触れもなく終わらせた理由……それは――


(優遇されるのは私であるべきなのよ。私は姉、本物の聖女なんだから)


 ただの嫉妬。

 羨ましかったから奪っただけ。

 人々から必要とされ、優遇され、王子からも思いを寄せられる。

 そんな妹を見て、彼女は嫉妬した。

 自らが望んたことなのに、それを棚上げして苛立った。

 だから真実を語り、協力した妹を陥れ、その立場と権利を奪い取った。

 全ては彼女の我儘だ。

 レナはそれに振り回されてしまっただけ。


(これからは私の時代ね。ふふっ、楽しみだわ)


 だが、彼女は知らない。

 聖女の力は神の力であり、正しく清らかな心が源。

 よどみなき心で祈ることで神が認め、奇跡を起こすことが出来る。

 傷や病を治す程度なら奇跡とは呼べない。

 本物の奇跡を起こすなら、聖女として相応しい精神も持ち合わせなくてはならない。

 

 対して、レナは魔法使いだった。

 魔法使いでありながら聖女と同じ、それ以上の奇跡を体現してきた。

 それがどれほど異様で、希少なことだったのか。

 ライナも、誰も気づいていない。

 

 今から一月後、この国は未曽有の大災害に見舞われる。

 その時になってようやく気付くだろう。

 この国にとって本当に必要だったのが誰なのか。

 ライナが真の聖女とは名ばかりで、本当はただの我儘な娘だということを。

ご愛読ありがとうございます!

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