【WEB版】偽りの聖女は竜国の魔法使いになりました
むかーし昔のお話。
世界は広くて、色鮮やかで、美しかった。
今よりもっと多くの種族が共に生き、時に争い、時に手を取り合い。
ちょっぴり慌ただしい日々を送っていた。
そこには竜が治める国があった。
その国の名は〇〇〇〇〇。
強大な力を持つ竜たちは眷属を従え、世界最大の国を作り上げた。
しかし、それを快く思わなかった者たちも多い。
とくに人間、当時から数が多く、複数の国を作り上げていた彼らは、竜国の存在を否定したかった。
そうして、戦争が起こった。
人類対竜、眷属たる竜人や同胞である亜人種たちも巻き込んで。
戦いに勝利したのは……人間側だった。
神の加護を受け勢いづいた彼らは、僅か一年で竜国を滅ぼした。
以来、世界を統べるのは人間となり、他の種族たちは肩身の狭いを思いを続けている。
あれから何千年が経過しただろう?
今でもまだ、人間たちが世界の中心にいることは変わらない。
だが、噂があるんだ。
世界のどこかで、生き残った竜の末裔が、再び竜国を作り上げようとしている……と。
◇◇◇
「レナ、あなた私の代わりに聖女やりなさい」
「……え?」
それは突然だった。
双子の姉、ライナは軽い口調で私に言った。
「良いわね? その間は私がレナのふりするから」
「ちょっ、ちょっと待ってよお姉ちゃん! 聖女に選ばれたのはお姉ちゃんだよ?」
「知ってるわよそんなこと。だから代わりになりなさいって」
「だ、だから無理だよ! 私は聖女じゃないんだから」
十歳の誕生日、姉のライナは聖女に選ばれた。
聖女とは神の声を聞き、神の意志を人々に伝え導く代行者のこと。
祈りを捧げることで様々な奇跡を起こし、あらゆる病や怪我を一瞬で治すことができる。
ここアリステラ王国では百年に一度の周期で、新しい聖女が選ばれていた。
選んでいるのは私たち人間ではなく、天にいらっしゃるという神様だ。
聖女に選ばれたということは、神様に選ばれたということ。
その決定は絶対で、偽り否定することはすなわち、神様への冒涜に他ならない。
「選ばれたのはお姉ちゃんなんだから、そんなことしたら罰が当たっちゃうよ」
「心配いらないわよ。神様だって別に、聖女らしく振る舞えーなんて言ってないもの。私は聖女になんてなりたくないの。聖堂にずーっといて、ニコニコしながら祈り続けるだけなんて嫌よ」
「そ、それは……」
ライナの気持ちはわからなくもない、と思ってしまった。
双子だからではない。
私にだってやりたいことがあるし、ライナも同じなのだろう。
聖女になれば皆から必要とされ優遇される。
けれどその対価に、自由を失う。
ライナは賞賛や権力ではなく、自由を欲していた。
ただ……
「やりたくないって言ったって認めてくれないでしょ? お父様とお母様もあんなに喜んでいたわ。だからレナが代わりに聖女のフリをしてくれれば、全部解決すると思わない? 私たちは双子なんだから」
「確かに顔はそっくりだし、お父様たちも間違えるくらいだけど……私には聖女の力なんてないんだよ?」
「レナは魔法の勉強をしてるでしょ? それで誤魔化せばいいじゃない」
「そ、そんなの無理だよ!」
魔法と聖女の力はまったく別物だ。
聖女の力のように奇跡を起こしているわけじゃない。
知識を蓄え、力を身に着け、長い時間かけて修練を積み、ようやく使えるようになるのが魔法だ。
才能のある人でも、使い熟すためには一生かけても足りないとされる。
私は魔法が好きだから勉強しているだけで、特別才能があるわけじゃないのに……
「大丈夫よ。聖女として働くのは十五歳からでしょ? あと五年もあるわ」
「五年で……聖女様のフリが出来るようになれってこと?」
「そうよ。できるわよね? できないっていうなら、お父様たちにお願いして今よりも――」
「わ、わかったよ! 私……やるよ」
ライナの脅しに屈して、私は引き受けるしかなかった。
同じ貴族の家に生まれ、双子。
背丈や顔つきは同じでも、両親や周囲の扱いは天地ほどの差があった。
姉であるライナが聖女に選ばれたことで、皆がライナを優遇し出し、私を後回しにしたり、放置するようになった。
私が何かをお願いしても、自分でやりなさいと返される。
ライナが私のことで文句を言えば、酷く怒られて部屋に閉じ込められる。
それが真実であれ嘘であれ、みんなライナの言葉なら信じてしまうだろう。
子供の私はそれが怖くてライナには逆らえなかった。
それから私は、必死になって勉強をした。
国で一番大きな図書館に通いつめ、魔法に関する知識を蓄え、夜にこっそり屋敷を抜け出して魔法の練習をした。
毎日、来る日も来る日も魔法の修行に明け暮れた。
魔法を学ぶこと自体は辛くはなかった。
むしろ新しいことを知る度にワクワクして、魔法が使える喜びの方が大きかったくらいだ。
魔法の修行を通して知り合いになり、仲良くなった友人もいる。
そして五年後――
◇◇◇
サンタテレサ大聖堂。
王城の敷地内に位置し、王都でもっとも大きな聖堂。
一日に千を超える人々が訪れ、悩みや不安を打ち明ける。
彼らの目的は一つ、大聖堂にいる聖女に会うことだった。
「聖女様お願いします! どうか、病で苦しむ私の息子を救ってください」
「はい。少しそのままでいてください」
両手を合わせ、天に向かって祈りを捧げる。
主である神への言葉を口にすると、淡い光が苦しむ子供をも包み込む。
全身を覆っていた黒い痣が消え、子供の顔色も良くなっていく。
光が消える頃には完全に回復したのか、その子供は安らかに、気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
「これでもう心配はいりません」
「おお、おお! さすが聖女様だ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いえ、これも主のご意志です」
聖女ライナ。
王都で、いやこの国に暮らす者たちで、その名を知らない者はいない。
祈りを捧げることであらゆる病を癒し、傷を癒し、災厄を退け人々を守護する。
まさに奇跡と呼ぶに相応しい偉業を日課のようにこなす。
降り積もる雪のように白い髪と肌、透き通る水面より青い瞳。
麗しの乙女が微笑むたび、それを見た者たちは心を洗われ、不遜な思いを胸の内に抱くだろう。
だけど、彼らは知らない。
「皆様にどうか、主の御加護があらんことを」
私が本物の聖女ではなく、ただの魔法使いであることを。
本物の聖女は……
「こんばんは、レナお姉様」
「……こんばんは、ライナ」
お勤めが終わる時間、最後に聖堂を訪ねてきたのは彼女だった。
見た目は私とうり二つ。
双子だから似ているのは当然なのだけど、両親ですら見間違えるほど似ていることは、自分でもちょっと怖い。
いや、だからこそ誰も気づかない。
私たち姉妹が、実は入れ替わっていることに。
聖堂に自分たち以外いないことを目で確認して、ライナがニヤっと笑いながら呟く。
「今日もご苦労様」
「……うん」
「大丈夫だと思うけど、バレるようなヘマはしていないわよね?」
「たぶん……平気だよ」
誰も疑問にすら感じていないはずだ。
元より聖女を疑うなんて、普通の人は考えないだろうし。
私だってライナがこの提案を持ち出した時は、聞き間違いだと思ったくらいだ。
しかし、自分でも驚いている。
本当に五年足らずで、聖女のフリが出来るようになるなんて。
それに聖女として扱われるのも悪くない。
むしろ好待遇ばかりで戸惑ってしまうほど。
「ライナの方はどう?」
「私もいつも通りよ。今夜もこれからパーティーなの」
「そ、そう。楽しんできてね」
「ええ」
ライナも自由な生活を満喫していた。
聖女としての縛りがなく、両親も半ば放置しているから、何をしても咎められることはない。
彼女の要領の良さも相まって、毎日のように遊び、寛いでいた。
それを羨ましいとは、あまり思わない。
今でもこっそり魔法の勉強を続けているし、聖女のふりだけど魔法を使う場も用意されている。
互いに幸福で、満足した毎日。
だがそれも、入れ替わりがバレていない状況だからこそ。
「これからも頼むわよ、聖女様」
「う、うん……」
頑張るしかない。
もしも事実が露見すれば、私たちの身はタダでは済まないだろう。
特に聖女を偽った私は、神へ背いた罪を背負い続けることになる。
そうなったらおしまいだ。
自由なんて一生、死ぬまで訪れないだろう。
「それでは、私は先にお屋敷へもどっています」
「はい。また後で」
「おや? 今日は二人揃っているんだね」
ライナが聖堂を立ち去ろうとしたタイミングで、扉がガチャリと開いた。
そこに立っていた人物を見て、ライナは目をキラキラ輝かせる。
淡い黄金の髪と瞳を持ち、高貴な雰囲気を漂わせ、見る者を魅了する爽やかな笑顔を見せる。
「フレイセス殿下!」
「やぁこんばんは。そちらは妹のレナさんだね?」
「はい! 覚えていてくださったのですね」
「もちろんさ。二人はよく似ているし、何より彼女の、聖女ライナの妹さんだからね」
そう言って彼は私に視線を向け、意味ありげに片目を瞑る。
彼の名はフレイセス・アリステラ。
アリステラ王国の第一王子、次期王になるお方だ。
「こんばんはライナ。お勤めはもう終わったのかい?」
「はい。つい先ほど」
「そうかそうか。毎日ご苦労様。僕の国のために尽力してくれてることに、心から感謝するよ」
彼は徐に近寄り、私の手を優しく握る。
「本当にありがとう」
「い、いえそんな。私はただ、当たり前のことをしているだけですから」
「そう言えることが素晴らしいんだ。やはり聖女とは清らかだね? いいや、君だからなのかな?」
「フレイセス殿下」
殿下が私のことを慕ってくれている。
誰の目から見ても明らかで、触れ合った手の温もりが何よりの証明になる。
聖女とは言え一国の王子様に思われるなんて、なんと光栄なことだろう。
純粋に嬉しい。
でも、本物の聖女が自分ではないと彼は知らない。
私の意志ではないけれど、私は彼を騙し続けている。
その引け目があるから、私も微笑み返すくらいしか出来なかった。
見つめ合う私と殿下。
そこへライナが口を挟む。
「……殿下!」
「ん? なんだいレナ」
「この後のご予定はお決まりでしょうか? もしよろしければ、私と一緒にパーティーに参加されませんか?」
「ああ、すまないね。今日は彼女に会いに来ただけなんだ」
「そう……ですか」
殿下がキッパリと断ると、ライナはしょぼんと落ち込んだ様子を見せる。
分かりやすく意識させるように。
しかし殿下は特に反応を変えることなく、そのまま私に視線を戻す。
「じゃあ僕はいくよ。また」
「はい」
「……」
この時、ライナが殿下を見つめる視線が、少し怖いことに気付いていた。
睨んでいるようにも見えた。
あれはたぶん、悪いことを考えている目だ。
それに気づきながら私は、気づかないフリをする。
だって、気づいたところで意味はないから。
入れ替わり、立場が変わっても、私たちの関係性は変わっていない。
私はライナに逆らえない。
あの頃よりも、大きな弱みを握られている状態なのだから。
◇◇◇
屋敷に戻り、食事や入浴を済ませて自室に戻る。
暗い部屋を灯すのは窓から差し込む月明かりと、ほんのり照らすテーブルの上の魔導ランプの光。
自室だけ唯一、素の自分でいられる場所だ。
「ふぅ……やっと終わった」
「お疲れみたいだな?」
ベッドに寝転がったタイミングで、ふいに窓側から男の人の声が聞こえた。
突然ではあったけど、私は変に驚かない。
来てくれるような気はしていたから。
私はそっとベッドから身体を起こし、窓の方へ視線を向ける。
「来てくれたんだ、リュート君」
「おう。こんばんはレナ」
彼は窓を開け、軽い身のこなしで部屋に入り込んでくる。
夜の闇にも負けない黒い髪と赤い瞳が特徴的で、背丈は殿下と同じくらい。
年は聞いたことないけど、たぶん同じくらいかな?
「相変わらず不用心だな。簡単には入れたぞ」
「ふふっ、私の部屋に忍び込もうとするなんて、リュート君くらいだからね」
「それもそうか」
リュート君と知り合ったのは三年くらい前。
私が魔法の勉強のために図書館に足を運ぶと、彼が先客にいた。
本を読みながらわからないことがあって悩んでいると、彼が声をかけてくれた。
彼も魔法の勉強がしたくて図書館を訪れていたそうだ。
それがきっかけで、私たちは友人になった。
私が聖女のフリを始めてからも、ちょくちょく会いに来てくれる。
入れ替わりを知っている数少ない人物であり、私とライナを一発で見分けることの出来た唯一の人だ。
「今日も昼は大聖堂だったか?」
「うん。聖女だからね」
「フリだろ? ま、魔法でそれが出来てることが脅威なんだけどな。普通無理だぞ」
「そ、そんなことないよ~」
とか言いながら、自分でもよくやっていると思う。
聖女の力は奇跡の力、神の御業。
それに対して魔法は法則の力、人の力。
文字通り、天と地の差がある。
その差を感じさせないのは、端から見れば異常かもしれない。
病や傷は治癒魔法で癒し、毒は解毒魔法で治す。
魔法で治癒できない病気なら、時間を巻き戻す魔法を使う。
時間を戻してもいずれ再発する病気なら、病気そのものを消滅させる魔法で対処する。
それくらいやらないと、聖女のフリなんてこなせない。
「時間巻き戻したり、概念にすら触れたり……そんなことできるのは、古の時代を生きた魔法使いたちだけだぞ。レナは魔法の天才だな」
「天才……か」
「ああ。その上に努力家だから、普通じゃ出来ないことだってやれてる。凄いと思うよ」
リュート君はまっすぐに私を見つめながら、嘘偽りない賞賛の言葉を口にした。
そう言ってくれるのは彼だけだ。
真実を知り、その上で友人として振る舞ってくれるのも。
彼の前だけは自然体の自分でいられる。
とても居心地が良い。
「まっ、それでも聖女のフリなんて大変だろ? 逃げ出したくなったらいつでも言ってくれよ? 手を貸すぜ」
「うん。心配してくれてありがとう」
そんな風に冗談を言いながら、何気ない会話で盛り上がる。
聖女のフリは大変で、望んだことではなかった。
それでもお陰で、たくさんの人たちと関わることが出来た。
私の今は、その人たちに支えられている。
とても幸せだ。
今がずっと続けば良いと、心から思えるほどに。
だけど――
◇◇◇
終わりの瞬間は、突然やってきた。
「――どういうことだい? 今のは……事実なのか?」
「はい殿下。紛れもない事実です」
驚愕する殿下に微笑みかけるのは、私ではなくライナだった。
聖堂での務めが終わり、殿下が私を訪ねてきてくださった時、彼女の口から思いもしなかった発言が飛び出したんだ。
「私が本物の聖女ライナです。こっちは偽物、妹のレナなのです」
「ラ、レナ、急にどうしたの?」
「もう嘘をつかなくて良いわよレナ? 貴女が嘘をついて、みんなを騙していたのは知っているもの」
「どうし……て……」
どうして急に、そんなことを言い出したのか。
私にはさっぱりわからなかった。
わからないけど、彼女の目が……本気なのは伝わった。
「殿下、レナは魔法が使えます。その力で私たちを騙し操り、聖女に成り代わっていたのです」
「なっ、い、いやそんなことはありえない。現に彼女は聖女として人々を癒していた」
「それが魔法なのですよ。彼女がなぜ、常に白い手袋で手を隠しているかご存じですか?」
「手袋? そういえば……」
殿下の視線が私の手に向けられる。
見てわかる通り、確かに私は手袋をしていた。
その理由は……
「あの手袋で、発動した魔法陣が見えないように隠しているんです」
そう、その通り。
手袋の内側で魔法陣を展開することで、私が使っているのが魔法だとわからないようにしていた。
これはライナのアイデアだった。
「ほ、本当なのか? 君が聖女ではないと……」
「……」
違うとは言えなかった。
だって事実だから。
私が聖女ではなく魔法使いなことは。
とは言え経緯は異なる。
ちゃんと経緯を説明しようと思った。
「わ、私は――」
「この輝きが証明です」
私の声を遮り、ライナが祈りを捧げる。
真の聖女たる彼女の祈りは天にまで届き、夜空からまばゆい光が聖堂の天井を突き抜け彼女を照らす。
その神々しさに思わず声が漏れてしまうほど。
「こ、これは……」
「本物の聖女が放つ輝きです。見ての通り魔法など使っていません。これと同じことが、彼女に出来るでしょうか?」
ライナの意地悪な視線がこちらに向く。
できなくはない。
ただしこれだけ大規模な輝きを再現するなら、それだけ大きな魔法陣が必要だ。
手袋ではとても隠せない。
私は否定も出来ず、口を紡ぐ。
それでも真実は、彼女からの提案だということは言いたかった。
「これが真実です殿下。彼女が私たちを騙し、偽り、殿下のことも欺いていたんです」
「くっ……そうだったのか」
しかし、もう手遅れだった。
私が否定する隙もなく話は進み、殿下の冷たい視線が私に向けられる。
「ライナ、いやレナなのか」
「そ、それは……」
「否定しないということは事実なんだね。ずっと僕を……みんなを騙していたのか」
「そ、それは違います! 私はただ――」
「もう良い! 今さら君の言葉なんて信じられない」
強く、ハッキリとした否定。
殿下はもう、私のことを聖女として見てない。
そもそも誤りだったのだから当然だが。
偽りの信頼も、好意も、全てこの瞬間に砕けて消えた。
「ガッカリだよ。君のことを信じていて自分が情けないくらいだ」
「で、殿下」
「父上には僕から伝えておく。偽者はもう、ここへ来ないでくれ」
それが殿下が私に向けた最後の言葉だった。
この日、私は聖女ではなくなった。
◇◇◇
今までの聖女は、本物の聖女ではなかった。
衝撃の事実が知られてから三日、王城内での騒ぎは避けられなかった。
国民の混乱を招くために事実は隠されたが、それでも噂は流れる。
双子の妹が姉を騙し、聖女に成り代わっていたという。
見た目では判断できない双子故、真実にたどり着く者はいないだろう。
いや、本当の真実を知る者はより少ない。
ライナが楽をしたいから、私に聖女のフリを頼んだなんて……今さら誰が信じるだろうか?
あの日、すでにライナはお父様たちにも話を通したそうだ。
私が屋敷に戻った時には全て手遅れ。
何を言っても信じてもらえず、ただただ失望され、冷たい言葉を浴びせられた。
それからすぐに、私は屋敷とは離れた別荘に一人で追いやられた。
「二度とここから出るな! お前の顔など見たくもない!」
そう言い残し、お父様が去っていったのが二日前のこと。
短い時間しか経過していないのに、遠い過去のように感じてしまう。
別荘に一人きり、他に誰もいない。
静かすぎるほど静かで、嫌でも孤独を感じてしまう。
こんなことになるなんて思わなかった……
わけじゃない。
いつか、こんな日が来る予感はしていたんだ。
そもそも始まりだって、ライナの我儘がきっかけだ。
終わる時だって、彼女の気分で終わることは当たり前なのかもしれない。
だとしても……理不尽だ。
「……勝手すぎるよ」
「本当にな」
その声は変わらず、窓の外から聞こえてきた。
思わず、勢いよく振り向く。
開いた窓から風が吹き抜ける。
「リュート君」
「よぉ、やっと見つけた」
彼を見た途端、涙が溢れそうになった。
ここ数日ずっと、冷たくて怖い視線ばかり向けられていたから。
だからこそ、彼の変わらない笑顔が嬉しくて、我慢しても涙が零れてしまう。
「リュート君……私、私……」
「わかってる。外で話そう。今夜は風が気持ちいいんだ」
「……うん」
彼に連れられ、私は別荘の庭に足を運んだ。
月の光に照らされながら、木の椅子に腰を下ろす。
歩いている途中にも涙は溢れて、今でも続いている。
私は彼に、何があったのか話した。
泣きながら言葉を切らしながら、ゆっくりと。
聞き取りにくい所もあっただろう。
彼はそれを、最後まで隣で聞いてくれた。
「……違うって言っても、誰も……信じてくれなかったよ」
「そうか……」
「わかってるよ。私が偽者なのは私が……でも、でも! 私だって好きでやってたんじゃないのに」
「そうだな。お前が望んだことじゃない」
そうだ。
私が自分から、聖女を騙ったわけじゃない。
全部ライナが言ったから。
断れなかった自分にも非がある……それもわかってる。
わかってるけど、やっぱり納得できない。
「私……頑張ったんだよ? 聖女のフリができるように魔法の勉強して、工夫して……いろんなことができるようになって」
「ああ、知ってるよ」
「その……全部……悪いみたいに言われるのが」
「悔しいか?」
そうだと、私は頷く。
悔しい。
私が今日まで積み重ねてきた努力を、たった一言で否定された気分だ。
偽者だからと。
「……いつか、こうなる日が来るって思ってた」
私も思っていた。
でも、それが今だなんて思いたくなかった。
「いや、思っていただけじゃないな。俺は心のどこかで……それを待っていたんだ」
「え?」
待っていた?
リュート君の口から、思わぬ一言が聞こえてきた。
驚きのあまり涙が止まり、私は彼の顔を見る。
「お前は優れた魔法使いだ。俺が知る限り、世界で最も優れた魔法使いはレナだ。聖女を否定するわけじゃないけど、レナの魔法は聖女の力を越えていると思っていたんだ」
「リュート……君?」
なんの話をしているのだろう?
褒めてくれている……でも、いつもと雰囲気が違う。
真剣に、何かを見据えて話を続ける。
「お前の魔法は特別だよ。聖女じゃなくても、多くの人を救える。みんなが必要とする力だ」
「必要となんて……されないよ。私はもう聖女じゃないから……」
「だったら必要としてる所に行けばいい。聖女じゃなくて、魔法使いのレナを必要としてる所へ」
「そんなの……」
いるわけがない。
誰も、私のことなんて見ていない。
聖女だったから必要とされていただけだ。
嘘だと知られてしまった今、誰一人として私を求めはしないだろう。
「少なくともここに一人いる。俺にはレナが、魔法使いのレナが必要なんだ」
「え……」
「俺がっていうより、俺の国が……かな?」
「国?」
リュート君が徐に立ち上がる。
そのまま正面に歩き出し、背を向けながら語る。
「自己紹介、ちゃんとしてなくてごめんな? 騙してたわけじゃないんだ。ただ、本当の姿を見せたら怖がられると思って」
「本当の……姿?」
彼は立ち止まり、振り返る。
そして――
「それってどういう……」
「改めて自己紹介をさせてくれ」
姿が変わっていく。
紫色のオーラを纏い、人間の殻を破り、漆黒の翼と鋭い爪を生やす。
口は人を簡単に呑み込めるくらい大きくて、巨大な身体は天に輝く月を隠す。
その時、私はとある昔話を思い出した。
昔々、竜が治めた国があるという。
その国の名前は――
「俺の名前はリュート・ドラゴニカ。古より続く竜国の王子だ」
この出会いは運命か、それとも仕組まれたものなのか。
ともかく私は出会った。
今はまだ知る由もない。
この出会いが……人と竜を繋ぐ物語の始まりだということを。
◇◇◇
真の聖女として名乗りをあげたライナ、彼女はその翌日から聖女として大聖堂でお勤めについた。
双子だから見た目は同じ。
振る舞いさえ統一すれば、誰に気付かれることもない。
加えて彼女は本物の聖女。
努力も経験もなく、祈るだけで奇跡が起こせてしまう。
「ありがとうごうざいます! 聖女様はやっぱり凄いお方だ!」
「いえ、これも主のお力です」
その言葉に偽りはない。
聖女の力は神の力。
何人も真似ることは出来ない絶対の力だ。
(ふふっ、面倒だと思っていたけど気持ちが良いわね。やっぱり元に戻して正解だったわ)
心の中で彼女は笑う。
元は彼女が楽をしたいから始まった入れ替わり。
それを突然、何の前触れもなく終わらせた理由……それは――
(優遇されるのは私であるべきなのよ。私は姉、本物の聖女なんだから)
ただの嫉妬。
羨ましかったから奪っただけ。
人々から必要とされ、優遇され、王子からも思いを寄せられる。
そんな妹を見て、彼女は嫉妬した。
自らが望んたことなのに、それを棚上げして苛立った。
だから真実を語り、協力した妹を陥れ、その立場と権利を奪い取った。
全ては彼女の我儘だ。
レナはそれに振り回されてしまっただけ。
(これからは私の時代ね。ふふっ、楽しみだわ)
だが、彼女は知らない。
聖女の力は神の力であり、正しく清らかな心が源。
よどみなき心で祈ることで神が認め、奇跡を起こすことが出来る。
傷や病を治す程度なら奇跡とは呼べない。
本物の奇跡を起こすなら、聖女として相応しい精神も持ち合わせなくてはならない。
対して、レナは魔法使いだった。
魔法使いでありながら聖女と同じ、それ以上の奇跡を体現してきた。
それがどれほど異様で、希少なことだったのか。
ライナも、誰も気づいていない。
今から一月後、この国は未曽有の大災害に見舞われる。
その時になってようやく気付くだろう。
この国にとって本当に必要だったのが誰なのか。
ライナが真の聖女とは名ばかりで、本当はただの我儘な娘だということを。
ご愛読ありがとうございます!
中途半端で申し訳ありませんが、もし面白い、続きが気になると思ってくださったのなら、ぜひともブクマや評価☆☆☆☆☆をしてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!