09 そして残酷
――――――――――――。
神矢。
……………。
神矢。
……………。
神矢!!!!
………ッ!?
古びた木の匂いがして、壁の隙間からは外からの陽光が漏洩している物置のような小さい家。そこで渇を入れたような張り上げた声が響き、神矢を睡眠から引っ張り出した。
「うわッ!?」
拍子抜けな悲鳴を上げた神矢は、重たかった瞼を、重力に逆らうようにして一気に開いた。
色褪せた渋染めの、真ん中がクレーター状に凹んだソファから飛び起きた神矢は、憂いのない純粋な瞳をこれでもかと開いて驚いた表情をして見せた。
すると、渇を入れた男の笑い声が盛大に上がる。
「フハハハハハ!!神矢、俺の欲しかった反応だったぞ。クククッ!」
抱腹絶倒の男に、神矢はどっと疲れたように重いため息を吐き出した。
「はぁぁぁ。驚かせんなよ親父。死ぬかと思ったわ」
「それで死ぬんだったらこんなことはせん」
目尻に涙を浮かばせて言う父親を、神矢はふて腐れにそっぽを向いた。
ただ、怒りは微塵もなかった。むしろ喜喜として思い感じ、父親の笑いに釣られて笑い出している。
「プフッ!ハハハハハ!」
大きく口を開けて、大笑いし合う二人の弛緩しきった表情に、それ同様の温かい空気が物置のような小さな家に流れ込む。
だが、それは束の間―――――――。
抱腹する神矢に、粘り気のある熱い液体がこびりついた。
鉄の匂い。視界が赤い。熱い。気持ち悪い。
喜色満面だった顔は、目を点にして、ぽかんと口を開けた、放心状態に変わっていた。
目下起こっている状況を把握出来ていない神矢は、ゆっくりと、父親の方へ顔を向ける。
絶望。それが神矢の瞳に銃弾のように飛び込んできた。
「………親父…………?」
震撼した声は、もう届かない。
全身真っ赤な血で汚れ、その中に死んだ光のない茶色の双眼が浮いていた。浮いているように見えた。
それに手を伸ばそうと、神矢は痙攣のように言うことの聞かない手を恐る恐る上げる。
――――――パンッ!!
頭から足先まで、刹那の如く爆発が走り巡った。頭から原型の残らない程に全身バラバラになった肉片が四方八方に散らばる。
古びた木材の匂いは鉄の匂いで充満し、部屋全体が真っ赤に染まる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
神矢は喉がぶっ壊れる程に叫びまくった。滝のように落ちる涙は止むことを知らない。
叫びに叫んで、喉は張り裂け、声が出なくなった。出せなくなった。そんな時。
「君、面白いねぇ。人って人が一人死んだだけでそんなに泣き叫ぶもんなのかな?まぁ君だけかもしれないけど」
声音がそれを示した。嘲笑って嘲弄した表情がまるで手に取ったかのように鮮明に分かる。
眼前。頭上でその声に静止した神矢は、ゆっくりと見上げた。
背筋を駆け上る恐怖が神矢を襲う。
血と涙が視界の妨げになってモザイクを見るよう。が、神矢はそれが誰か分からずとも、顎が壊れるくらいに噛み締めて、眉を、目をつり上げた。
忘我した神矢は勝手に動く身体に身を任せる。拳が空を切りそいつへ直進する。
当たった。直撃した。
そう思った時には、身も心も真っ赤に塗りあげられた神矢は綺麗になっていた。
脱力したように崩れ座る神矢は、ボーッと、何も見えない遠くを見つめた。そこへ。
五人の仲間が神矢を囲むように現れた。
狐の獣人。鬼人。エルフ。死神。吸血鬼。
それにジン、ガノフ、大切な人ばかりが現れて、神矢を囲繞する。
別れを告げるような、惜別の情が混じったような淡い笑みを浮かべた皆は、それぞれに神矢の名前を呼んだ。
―――――――パンッ!!
その音が一斉に重畳した。残酷で恐怖の音が耳を劈き、破裂音が波紋のように、脳内に刻まれていく。
また、血が飛び散った。鉄の匂いが激しく神矢を濁す。
さっきとは比べものにならないほど大量に。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
出血するほどに至った壊れたはずの喉からは、また叫びが吐き出される。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
断末魔のような泣き叫びが、この上なく鈍く響いた。
自分の生まれた意味が分からない。存在意義を見失った。生きてる心地を感じない。
神矢は胸いっぱいにそう思った。
跡形もなく身体が粉砕され、水溜まりのように深く溜まった血の池。
その上を嫌な水音を立てながら歩く跫音が近づく。
それは神矢の眼前。頭上で降った。
「そんなに悲しいかい?たかが死んだだけで。あぁそうそう。分かると思うけどこれ殺ったの――――――」
言い切る前に、神矢は拳を振るった。聞きたくなかった。ただそれだけ。
「遅い遅い。そんなんじゃ僕に当たることは絶対にないよ」
背後に回ったその男は、余裕を見せ弾みを付けて言い、神矢の丸まった背中に座っていた。
「弱いね、君。そんなんじゃ生きていけないよ。まぁ少なくとも僕の前じゃーね」
軽く反動を付けて立ち上がると同時に、くるりと体の向きを百八十度回転させると、掌を神矢へ向けた。
弱い神矢でも悟れた。圧倒的な殺気が背後で爆発的に膨れ上がっていたことに。
あまりの恐怖に振り返る事が出来ない。息を忘れた神矢は心の内でずっと願った。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないッ!!)
―――――――パンッ!!
それは言うまでもなく、一瞬の時として終わった。
決めました!!僕(私)は毎週日曜日に1話ずつ投稿したいと思います!でも時々投稿出来ないかも………。そしてブックマークが一つ!!!!本当に感謝です!泣きそうになりました。『桜舞い、世界に酔う』が面白いかはさておき(でも面白くあって欲しい!)本当に嬉しいです。前書き後書きもちょこちょこ書いていきたいと思います。感想、改善する点があれば是非送ってくださると嬉しいです。これからも頑張ります!