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08 突然

久方の一人という空間に少し寂しさを覚える神矢は、目的地である竹都和京国の近傍にある新しい迷宮へ、太陽が焼く地面を歩いた。

暁闇の空はいつしか、朝を越え昼と時が進んでいる。

途中、通りすがりの馬車に乗った親切過ぎる人にしばらく乗せて貰い(ほぼ無理矢理に乗らされた)、ついさっき別れたところだった。

暫時歩いていると、懐かしいような、賑わいのある声や音が神矢の意識を引かせる。

「ん?」

立ち止まってみれば、いつの間にか鈍色の壁に囲繞されたある国の、出入りする門前まで来ていた。そこで立ち止まった神矢は元気なくボソッと呟く。

「グライド王国か」

門の先、そこにはレイトハウド王国と同様に、活気に溢れ、繁華な大通りが広がっていた。

「…………」

口を閉じたまま、神矢は繁華なグライド王国を見つめる。

「腹も減ったし、何か食うか」

気分転換にも、腹ごしらえにも丁度良い。久々のグライド王国も楽しめそうだと、少し期待を高めて入国した。

町並みはやはりレイトハウド王国とは見分けもつかず、多種族の面は喜色満面と彩りがある。

一方の神矢は、澄んだ顔を浮かべて歩を進めている。

一人、という感覚が今となっては嫌いになってしまっているかもしれない。ララとレイトハウド王国を歩いた時の感覚が恋しい。

そう感じながらも、神矢は遠くに見えるこの国の北部に位置する王城を見上げた。

(あそこに王子(コクロ)が居るのか)

微少の殺気と怒気の感情を抑えて、神矢は人目の少ない路地裏へ足を運んだ。

ポケットに手を突っ込んで歩き進める神矢はそこで、ある一人の人物の声によって引止められた。

「おい。そこのお前」

背後から掛かるその声は、女性にしては低い声で、凍てつくようなものだった。

「その手を出して、手を上げた後、動くな」

気配を感じ取れなかった。神矢はその事に少しの驚きと不覚さを受け入れる。

「お前、この国に何の用だ?」

鋭い刃物のような声に、淡い笑みを浮かべて開口する。

「ただの気分転換。それだけだ」

「気分転換?フッ。嘘を言っても無駄だ」

鼻で笑うその人物は、やはり声が凍てつくように冷たく、強者感を(もろ)(かも)し出していた。

「…………」

神矢は背を向けたまま黙り込み、その言葉に笑みが消えた。

「殺気がダダ漏れだ。誰を殺したいかは分からないがな」

「…………」

「グライド王国国内での殺しは法律に違反する。その顔を見せろ」

そこで神矢はポケットからのっそりと手を出して、………次元魔空間収納(ディメンション)を開いた。禍々しく、黒く靄のかかった円形の中に手を突っ込む。

その動作に、その人物は目を尖らせ、纏わせていた雰囲気を完璧な敵意へと変えた。

腰に吊していた護身用のレイピアの柄に手をかけ、神矢の動作から目を外さない。

そして、神矢は次元魔空間収納(ディメンション)から一つの仮面を取り出した。

不気味な笑顔の仮面を、神矢は顔へ被せる。

そして、レイピアを抜こうと警戒している人物へ振り返った。

「俺はあんたを知らないが敵意もなければ殺意もない。別に殺そうとも思っていない」

顔を認識出来ないよう仮面のまま、神矢は両手を広げて口実する。

その行動に、その人物はレイピアの柄から手を放して、ニヤリと口角を持ち上げた。

「その行動は私に敵対しているものと見なす。自己紹介だ。この国には二人、兵のトップが居る。一人、サンフォルアーサー・リフォル。そしてこの私がもう一人、クロクマ―ド・エス・カルマだ」

綺麗な水色をした艶のある長髪は、腰辺りまで伸びていて、神矢ほど高くはないものの、女性にしては結構高めの身長だ。透き通るような滑らかな雪肌が、着ている真っ黒の軍服によって、より引き立たされており、何より薄暗い路地で光る赤い双眼が、神矢を捕らえたまま微動だにしない。

刹那。

神矢はカルマに背を向けて、一気に駆けだした。

神矢は強い。これは紛れもない事実。

だが、カルマも強い。そういう噂を耳にしていた神矢は、なるべく戦闘を控えようと、現在の行動にでた。だが………。

(魔能力。戦った事もない存在だ。戦ってみたい気持ちは十分にある。だが国でそうするのは間違いだ。一刻も早く逃げよう)

カルマの実力を無知の神矢は、興味もあった。だが、とりあえずこの国から出ようと、そう冷静な判断を自分に下す。

路地に響く小刻みの足音が響く中、駆ける神矢は路地を曲がろうとした時。

黒く膝上まである革製のブーツが、神矢の顔の前で空を裂いた。

「……ッ!?」

突然の蹴りに、神矢は飛び退く。ここはまだ路地裏。幅は狭く移動が困難な状況。

「当然、か。それだけ魔力があるんだ。この攻撃くらいは避けてくれなくては」

(俺の魔力数を知られた?本当に強いんだな)

相手の魔力数を感知出来る者は基本的には上級魔法を容易く使用出来る。元々上級魔法を使用出来る者は極めて少数しか居ない。

楽しそうに口が動くカルマは、コツ、コツとブーツらしい跫音をたてながら、軍帽の鍔を持ち、ずれたそれを元の位置に被り直した。

「………どうやって先回りした?」

仮面越しの籠もった声は、冷静なもので、息は上がっていない。

「それはお前がこの国を良く知らないだけじゃないのか?私はこの国で過ごすこともう十年経つ。路地の作りなど容易いものだ」

「そういうことか」

合点がいった神矢は、カルマから逃れるために模索を始める。

(路地は駄目か。というかそれでも普通に足速くないか?やはり上、屋根か)

仮面を付けていても視界には全く支障なく、空を見上げた神矢は上へ跳ね跳んだ。その際、一度魔力障壁のように足だけが緑鮮やかに光った。

身体強化、脚力向上。

魔力を使用して身体を強化する文字通りの身体強化。これも魔法ではなく一応魔力障壁と同じ扱いとされる。魔力を使用すればするほど、強化はより強くされる。これには部分強化が出来、脚力と腕力、そして全体と三つパターンがある。

屋根へ跳ね上がって、また駆け出す神矢を、カルマは楽しそうに見上げた。

「まだ足掻くか」

身体強化、脚力向上。

神矢同様、カルマの足も緑鮮やかに光り、それから屋根へ跳ね飛んだ。

軽快なその身のこなしに、互いに驚く。

強化された事によって、さらに足が速くなった神矢は次々に屋根に飛び移り、駆ける。それはカルマも同じく、神矢との距離が離れる事はなかった。

(これは逃れるのは無理っぽいな。恐らくこの国を出ても追いかけてくるだろう。…………少し、交えるしかないか)

追行してくるカルマの様子を見る。

神矢は少しペースを落として、じわじわとカルマとの距離を縮めていく。

違和感を覚えるカルマだが、距離が縮まれば捕獲も可能。そう判断したカルマは更にペースを上げた。

手伸ばせば触れれる。その距離になった直後。

次元魔空間収納(ディメンション)から取り出した何の変哲もない両刃の剣を手に、出した一歩を踏み切って、百八十度身体の向きを反転させた。

――――――――キィン!!

カルマに突き刺したはずの剣が、腕ごと弾き返された。

カルマの右手には腰に吊されていたはずのレイピアが把持されており、開かれた左手には白い冷気が漂っている。それは瞬く間に手の平サイズの氷柱に擬態して、神矢に向かって思い切り突き出した。

氷柱をその場で躱した神矢は、再び剣を突き刺す。

だが、軽々と躱したカルマは、空に掲げたレイピアを振り下ろした。

それを剣の平たい部分で滑らせつつ、神矢はレイピアを握っているカルマの手を掴む。そのまま自分に引き寄せ懐へ侵入し肩に乗せると、カルマを身体ごと振り上げ、下ろした。

それでもカルマは怯むことなく、柔軟な身体で投げられる前に足を付け、逆に神矢を振り投げる。

「……ッ!?」

互いの身体強化はもうされていない。だが、カルマは腕力を向上させたために、神矢を軽々と投げる事が出来、さらには憤怒の形相も浮かべていた。

「不愉快だ。何故本気を出さない!!」

投げ飛ばされた神矢は身体の向きが逆さのまま、遠くに居るカルマが走ってくるのを見据える。

(これが魔能力者。氷、水を自由自在に扱える、か。厄介だが対処できない訳ではない)

減速してきたところで、神矢は瓦の屋根に、足を踏み込ませた。

オレンジ色の瓦は粉砕され、四方八方に散る。

身体強化、脚力向上。

お互い強化した時は同時。跳んできたカルマは、レイピアを思いっ切り振り下ろす。

鉄の音が耳の奥で鳴り響き、防ぐ神矢とカルマの攻撃が空気に微少の波動を生む。

(チッ!ここでは魔能力も存分に使えん!せめて壁の外へ出さなければ)

苛立ちの混じる思考で思考するカルマは着地した瞬間に、神矢を蹴り飛ばした。

剣では防いだものの、蜘蛛の巣状に罅が入り、粉砕された。だが尚、威力は微塵も弱らず、神矢の腹部に直撃し、鈍色(にびいろ)の石壁の方まで飛ばされていく。

(あぶねぇ。あと少し魔力障壁張るの遅れたら間違いなくブーツが腹にめり込んでた)

冷や汗で濡れた肌やその汗は、飛ばされる風圧で拭われ、ついに石壁を越えた。

カルマの強化された魔力数が多かったのか、結構な距離を飛ばされた神矢は、枯竭した地面に土煙を作って、やっと止まった。

だが、それも束の間で、頭上からの斬撃に気付いたのは遅かった。

上を向いた直後、少し遅れて躱そうとしたが、カルマのレイピアが仮面に大きな亀裂を入れた。

二つになった仮面が地面に転がり、カルマはレイピアの鋒を地面すれすれにまで下ろす。

「何故本気を出さない。これでは私が侮辱されているようでとても不愉快だ。本気を出せ!そして負けて捕まれ!」

空気を裂いて鋒を向けたカルマは怒った形相で吐き捨てるように言った。

その言動に、神矢は軽く息を吐いて脱力した。そして手を天へ掲げる。

魔法を使おうと、その為にやった行為。

だが、その行動は一瞬で引き止められてしまった。それはカルマも同じように、二人驚愕した様子である一点を見上げた。

数多の火の粉を纏って飛んでいるその様は神々しく、金粉の舞う翼、そして身体、その全体が綺麗な艶のある赤毛で、鳳凰を連想されるような鳥の姿をした生き物だった。

「………あ、あれは!?」

カルマの驚嘆な声と共に、神矢も口をぽかんと開ける。

「……なぜ、あいつが、ここに…………?」

二人が見たそれ、名を真聖四神獣(しんせいししんじゅう)と言い、その内の一体、炎豪光凰(えんごうこうおう)の不死鳥であった。

その鳥は、二人の様子を眼下に見下ろして、ニヤリと笑ったようにくちばしを開いた。

そのくちばしには、周りの纏っている火の粉を吸収するように集められ、それは赤く、黄色く、太陽のように眩しくとても見てはいられない爛爛なものに変わっていく。

不死鳥の吐息。

「………まずいッ!?」

その様子を見上げていた神矢は、驚嘆な声を大きく漏らして、未だにボーッと観察しているカルマへ思いっ切り駆け出した。

その神矢に気づくことなく、カルマは太陽の前で羽ばたいている不死鳥に見とれていた。黒い輪郭の中、一カ所だけが異様に太陽の如く明るい。

その爛爛とする光を、不死鳥は優しくそっと吐いた。だが、それは光線のように迅速な速度で二人へ向かっていく。

(俺は呪いがある。あれを受けても死なない。だがカルマは俺のように呪いがない。あの吐息を浴びたら多分死ぬ。辛さに耐えきれず)

「………カルマぁぁ!!」

流石に死なせないと、神矢は焦燥感に任されるままに、必死に叫んだ。

その声にハッとなって我に返ったカルマは、今の状況を理解出来ず、向かってくる神矢に押し倒され、覆い被らされた。

「……えッ!?ひゃッ!?」

先程の低く、冷たい声は消え去って、さっきと比べて高く可愛い声が上がる。

その声に気付くことなく、神矢はカルマを守るように抱きしめる。

不死鳥の吐息に焼かれ、神矢はあっと言う間に黒焦げになる。呪いの回復がギリギリ追いついているくらいだ。

ここら一帯が舞い上がった土煙と蒸気で包まれて、それはグライド王国の一部にまで及んだ。焼かれ破壊された壁や家、それでは済まず、人間までが、丸焦げになってしまっている。

一方、焼かれている神矢は、カルマが生存している確認を取る。が、それはしなくても良かった。

ブルブルと震えた身体が、繊細に神矢まで伝わっている。

(一応魔力障壁を張ったはいいが、全て焼かれた。あいつ、何がしたいんだ?)

焼かれること数十秒。とんでもない存外な被害に及んだが、神矢は不死鳥の吐息が終わった瞬間にカルマから飛び退いて、直ぐさまその場を立ち去った。

空を羽ばたいていた不死鳥の姿はそこにはもうなく、ただ太陽を避けるようにして雲一つない快晴な空が無限に広がっていた。

そしてその下、大きくクレーターが存在する真ん中で、何の被害もないカルマはその空を見上げている。

「………な、んだ。この感情は」

きゅう、きゅう、と繰り返す胸辺りが不死鳥と吐息とは全く関係なく火傷しそうなほど熱い。

「初めて、男の人に押し倒されて、抱きつかれた。初めての感情だ」

カルマは、火照った頬に手を当てた。人生で二度目のことだった。これほどまでに熱くなった頬は。

「顔、覚えたぞ」

ざわざわと騒ぐようにうるさい胸と、どくどくと速く脈をうつ心臓。

カルマは、嬉しそうに呟いた。








「はぁ、はぁ、はぁ」

頭の中は透き通った白な世界で、気が遠くなるような感覚。瞼は重く、開こうとしても言うことを聞いてくれない。

神矢の身体は不死鳥に焼かれたとは思えないくらいに元通りに回復していたが、服は一瞬にして燃え消滅してしまった。ふらふらと、泥酔したような足取りで歩く神矢は、もはや思考する事が出来ない程にまで及んでいた。

(…………あぁ。でた。でてきた。不死鳥(あいつ)の吐息の効果)

歩くのが不可能。そこまでに達した神矢は、ここが何処かも分からずに、倒れた。

臭覚も視覚も聴覚も、五感である全ての機能が引っこ抜かれたように鈍った状態だが、何故が花のような芳香が感じ取れた。

それと一緒に、ある長髪の、孤独感を纏った人も見えた。ような気がした。

神矢の意識は強制的に暗黒世界へと引き摺られ、重い瞼も黒い瞳の蓋となった。

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