05 ララの心情、或いは過去
一人だと孤独を感じる程の広い浴室は湯気で白く立ち籠もっていて、その浴室に見合う浴槽で細い腕で両膝を抱え込んでちょこんと湯船に浸かっている一人の少女がいた。
(これが、好きって気持ちなのかな。お父様やお兄様、お母様に向ける好きとは違う。ずっと一緒に居たくて、守りたくて、守られたくて…………)
一人のため、浴室には静寂が立ち籠もっていて、ララは湯に映る自分の顔を見ながら。
(神矢、好き)
何度も心の中で呟いた。
私は疲労困憊していた。心が、胸が張り裂けそうになった。
隣国、グライド王国の王子、クラオロット・オン・コクロ王子は、何度も何度も私に手紙を送り続けた。内容は簡単、『結婚してくれ』ただこの文字だけ。でも、私は手紙が来る度に断り続けた。一度しか会っていないし、私は好きじゃないから。それでもお父様は、頭も良いし、顔も格好いい、と言う理由で私を少し反対した。でも、お父様は優しいから私の将来の心配をしてくれていることは理解していた。それでも、好きでもない人との結婚は受け入れたくなかった。だから断り続けた。
そして数日、手紙の内容は少し変わった。
『何故結婚を断る。俺はグライド王国の王子だぞ?ララシーナを必ず幸せに出来る程の金も権力も兼ね揃えている。欲しい物だって簡単に手に入る。それにお前は可愛い。そして、この世界は多夫多妻なんだから』
私と結婚したい理由に確信が持てた。コクロ王子が欲しいのは私の身体だった。私の身体で遊んで、顔の整った子孫を残す。コクロ王子の欲が丸出しだった。
私はそれに腹がたった。とにかくそんなの嫌だった。更に嫌いになった。だから断った。私の結婚の理想はお金や権力で解決するものなんかじゃない。お互いに愛し合って、それで沢山の事を一緒に乗り越える事をしたい。それが私の将来の理想だった。
そしてお父様も私の意見に同意して、一緒に反対した。手紙でだけど、私とお父様は断り続けた。
一時して、手紙の内容がまた変わった。それは殺伐としたさっぱりな内容だった。
『結婚しないのなら、殺す』
自己中心的な考えだった。私が手に入らない、望み通りに行かない。だから殺す。思い通りにならないことは全て切り裂く。更に嫌いになった。大っ嫌いになった。
最初は冗談だと、お父様が言っていたけど、勿論私もそう思った。だけど、怖かった。本当だったらどうしよう。そんなことを考えながら生活していた。そしてその手紙を機に、私は手紙を送らなくなった。そして相手からも来なくなった。…………手紙だけ。
数日経った時、夜中に物音がして目が覚めた。起きてみたら知らない人が居た。目があって、怖くて、声すら出なくて、体が動かなくて、涙が出そうで、怖かった。死にたくないって、思った。
その時、丁度部屋の様子を見に来てくれた私の専属のメイドさん、シエルア・サシコートさんが捕まえてくれた。泣くとかよりも、恐怖で体が動かなくて、震えてて。
それからも何回か。でも奇跡的に暗殺は失敗の連続。
安全の為に、私は部屋に閉じ籠もるようお父様に言われて、ずっとそうしてきた。ずっと一人。泣きたかった。泣き付きたかった。誰かに、頭を撫でて欲しかった。「がんばったね」って、言ってほしかった。でも叶わなかった。周りには誰も居ない。シエルアさんは急用な仕事で居ない。お父様は城には居るけどお仕事で合えないし、私のわがままでお父様を困らせたくはなかった。その状況が何日も過ぎていく。
限界にまで登った辛さや孤独感はとうとう爆発してしまって、気付いた時には外を歩いていた。食料を持って。
私の狭小な部屋とは比べものにならないほどの広大さ。初めての城の外、レイトハウド王国の外に、自由感と開放感が心の中でじんわりと広がった。それだけでとても楽になれた。レイトハウド王国の外は初めてで、感動する程、絶句する光景だった。でも、やっぱり泣きたかった。心に溜まった嫌なこの気持ちを、涙にして出し切りたかった。どんなに泣こうとしても、泣けない。
心苦しいままに、広大な地をただ歩いた。
すると、魔生種にあった。気味の悪い薄黒い肌の魔生種。ゴブリンが二体。
私は学校にも行ってないし、家庭教師も雇ってない。何冊かの本でしかこの世界を知ったことがなかった。だから、一般人でも使える下級魔法も使えることが出来ないし、食料しか持っていなかった。だから、私は走った。必死に走った。無我夢中で走り続けた。
たどり着いた所は当たり前初めて見た所だった。本で見たことのある桜が無限に舞っていた。
私は唖然となった。時期でもない桜が、立派に聳えていた。
目を奪われていた私は、そこでゴブリンが来てない事に気付いて、そこに腰を下ろした。いや、今更になって腰が抜けた。
初めて見た魔生種の恐怖を思い出し、目の奥がグワ―ッと熱くなった。涙が目を侵食していくのが鮮明に感じ取れた。泣けそう。あと少しで泣けそう。そう思った私は無理矢理に思い出した。
結果。泣けなかった。瞼辺りで涙が勝手に強制ストップされた。辛い。とても辛い。泣けないことが。
二日間。私は桜の大樹に身を預けていた。食料もあって、幸い大樹の側にも川があった。だから私は生きる事が出来た。けど、帰れなかった。魔物が怖くて。初めての外を歩いて、迷子だった。
そしてレイトハウド王国から出てきてから三日目。相変わらずの量で舞う桜の花びらを遠い目をして見ていたら、『綺麗だ』と、人の声が聞こえた。その方向を見ると、男の人が居た。
目が合った。綺麗な人だった。艶のある黒髪に、冷たく、鋭い目。高めの身長。少し怖かった。
けど、話し掛けられた時、私の神矢に対する印象が一変した。優しい声が、私を包み込んでくれた気がした。そして状況を説明した。ゴブリンに襲われた時の話から。それだけを話した。
なのに、神矢は全てを知ったように、ため息を吐いて、温かい手を私の頭に置いてくれた。全く知らない他人なのに、心から許せた私が居た。
心に蓄積していた辛いものが、静かに涙となって頬を伝った。
気持ちが良かった。爽快な気分になった。心に曇った黒い煙が、一瞬にして消え去った。何故泣けたのかは私には分からなかった。けど、それから私は沢山泣いた。気付けば神矢に縋り付くほどに。それから話していく内に、段々と神矢の事が好きになっていった。神矢といると温かく、幸せな気持ちでいっぱいになっていった。格好良くて、優しくて、温かい神矢と、ずっと一緒に居たい。これが、好きだという気持ち。
ララの顔が真っ赤に染まり上がった。
どうやら神矢を思い出したらしい。それに湯に浸かりすぎたという事もあるだろう。
いつもだと、もう既に風呂からは上がっている時間だ。
それに、いつも浴室の外に居るはずのララ専属のメイド、シエルアはまだ仕事で不在の為、今日は一人だった。
「あぁ~。私なんてことしちゃってんの~~~」
両手で顔を覆い、足を少しばたばたとするララが、出したことのないような声を漏らした。
羞恥で心が埋め尽くされているようだ。
「私、何て言った?『私が居る』って言ったのよ!?神矢に抱きついて。うううぅぅぅぅぅぅ~~~」
神矢と二人で話した時の描写を鮮明に思い出し、自分に問い、自分で答える。もう混乱しつつある。
暴れている為に、水面には大きく波紋が広がって、浴槽から湯が零れている。
膝を抱えて座る姿勢を作って、ララは口まで湯に沈めた。
(私、どうやって神矢に顔合わせればいいの?)
ララはしばらく、浴槽から出ようとはしなかった。
ふっかーつ!!という事でまた投稿を始めたいと思います。
不定期投稿は変わらず申し訳ないです。許してください。
もし、『桜舞い、世界に酔う』を読んでくださっている方が居るのなら是非感想をください。誤字や改善点、褒め言葉は尚嬉しいです。(暴言や傷付く事は言わないでくださると助かります。僕(私)はメンタルが弱いので多分死にます)
今後とも頑張りますので宜しくお願いします。