04 依頼、そして事情
神矢は、今までに見たことないジンの真剣な表情に、釣られて同じ表情へと変えてしまう。
隣に座るララは、先程見せた笑顔とは真逆に、訳ありで困惑を浮かべた表情を作って俯いていた。
「お前に、依頼をしたい」
どれだけの本気かが身にしみて理解出来る。神矢はジンの黒い目を見据える。
「依頼?」
「あぁ。ララを守って欲しい」
「…………」
正直全く理解出来ていない神矢は、返す言葉を失い、そのまま耳を傾けた。
ジンは一度大きくため息を吐き、困惑で険相な顔つきへと変えて。
「ついこの前、グライド王国の王子との婚約についての話があってな。それから色々あって王子が激怒して、冒険者を雇ってララを暗殺すると言い出して、現在実行中なんだ。これまでに何度か来たが全て失敗に終わっている」
神矢はその王子と合ったことはないが、過剰な自己中心的な思案に、怒りを超え呆れた溜息を吐いた。
「相手もなかなかに手強くて」
それからジンは、羽織っていた豪華で重そうなマントの中へ手を突っ込み、何やら光に反射する物を神矢に手渡した。
「それは暗殺に来る奴が落とした物だ」
鉄製の冒険者カードには、色々な個人情報が彫られている。
「ガイナ?名前か」
全く認識ない名前である。神矢は遠い目をしてそれにしかと目を通し、ジンへ返した。
「頼む!ララを守ってくれ。いくらでも払う!」
ソファへ座ったまま、ジンは深く頭を下げている。レイトハウド王国の象徴とは言い難い行動だが、愛娘が助かる希望がすぐ眼前にあるのだ。把持する為には恥をも捨てる覚悟が、その姿で表されている。
こめかみからは玉の汗が嫌に頬を伝っている。ジンは生唾をごくりと飲み込んだ。
隣では、膝の上で拳を強く握り、俯いていた。父の姿を見、自分の制だと卑下している様子のララ。
はぁぁ。とその様子を眺めていた神矢はわざと大きく息を吐いた。
「あのなぁ。王が簡単に頭下げんな。あと金もいらん。だが、その依頼は受ける。ララは守る」
その瞬間に、ジンは一気に脱力した。息は少し荒くなっている。年の為だろうか。
「……ありがとう。神矢」
深甚な謝意を述べたジンは、突如にララの頭を撫でだした。宥めなのか、慰めなのか何なのか。
娘思いな所に神矢は微笑んで、しばし二人を傍観する。
そして、ある疑問が浮かんだ神矢は訊ねた。
「ん?ならお前も冒険者に頼んだらどうなんだ?」
「俺もそうしようと思ったんだ。そしたら丁度神矢が王国に居ると耳にしてな。まぁ俺の知る限り神矢以外に強い奴なんて知らないけどな!」
自分のように誇らしげに、自慢気に言うジンは、自信満々にフンッと鼻を鳴らした。
思わず神矢は苦笑する。
(俺以外に知らないって。魔王より弱いぞ俺。多分)
不確かではない事を心中語り、また苦笑を浮かべた。
その後三人で少し歓談し、一時したあとララの部屋へ二人で移動した。
しっかりと整理整頓されていて、小物なども綺麗に片付けられている。最初に目に入ったのは存在感が半端ないキングサイズのベッドだった。真っ白のシーツも皺無く綺麗に整えてあり、その隣に白い机、他にもタンスやソファなどの家具が程よい間隔で配置されていた。
暮らしやすい環境に見え、流石王の娘だなと関心する神矢。
ララは神矢が部屋に入ったのを確認すると、閉扉した後直ぐにソファへ腰をちょこんと落とした。
耳は真っ赤に染まり上がり、ララはしっかりと唇を結んでいる。自分が神矢にした行動に、羞恥心でいっぱいのようだ。
神矢というと、部屋を見渡しながら顎に手を当てて深慮していた。
どうララを救うか。
案は三つ。
一つ目はタンスなど家具に隠れること。ここの家具は大きいし神矢くらいなら余裕で入ることが出来る。一番出やすいのはクローゼットだが、服も沢山収納されていることだろうし、第一男を入れたくもないだろう。それにガイナが着ても分からないかも知れないし、中途半端に開けておくと視線に気づかれてしまう可能性がある。却下。
二つ目は屋根裏に潜むこと。この王城はでかいし立てる程の高さはあるだろう。暗殺となると恐らく屋根裏から来るに違いない。だがもし窓から入ってきたら?屋根裏に居ては対応が困難だろう。これも却下。
三つ目は警備している兵士に化けること。ジンに鎧を借りて部屋の前にいるということも出来る。だが、2つ目の問題と同様に、中の状況が把握出来ない。これも却下。
神矢は様々な作案を考えは却下を反覆し、煩悩するが、必ず対応が出来る策を苦慮し続けた。
「じ、じゃあお風呂入ってくる……から」
ぎこちなくジンへそう告げて、そそくさと去っていった。まるで誰かを避けているように。
現在夕食中なのだが(神矢は無料)、先に済ませたララは行ってしまった。その間全く口も開かず、目すら合っていなかった。
「今日のララ。なにかおかしいような」
少し感の鋭いジンはララに何か感じる部分があるようで、また神矢は「そうなのか?」と誤魔化すような言葉を言った。
(俺の、せいか?)
何も思い当たる節がない。
神矢とジンも食事を済ませたところ。
「なぁジン。今日平日だよな?なんでララは学校に行ってないんだ?」
ララからは十六歳と聞いた。偽りを語る事は無意味に等しい為恐らく本当のことであり、実際それが真実だ。
ビクリと肩を大きく震わせたジンは、何か図星らしい。そして。
「ララは可愛いだろ?正直見たことないくらいに可愛い」
忽然なジンの言い分に、多少驚愕した部分もある神矢だが、神矢もそれはあっさりと認めた。
ララは可愛い。
「で、もし学校に行ったら絶対に世の男子に告白されるだろ?だから行かせたくないんだ」
相当な娘思いなジンに、神矢は過去一と言ってもいいほどに呆れ、盛大に溜息を吐いた。
「お前、自己中すぎるぞ。それはお前の為じゃないのか?」
「グッ!?で、でも俺は………」
「ララがもし学校に行きたいっていう気持ちがあったらどうするんだ?」
「そ、それは…………」
愛娘の言うことは全て受け入れたいだろう。が、少し縛っているようにも感じる。
「で?他の理由は?」
「……ッ!?」
「俺がお前を知らないとでも?学校も一緒だったのに」
図星であり、動揺を隠しきれていないと同時に喜々な感情も抱いていた。
だが、その顔は深刻そうなものへと変わった。
「………ララには、幸せに、安全に、生きてほしいんだ。この世に魔力と魔法がある事だけは教えた。だが、他の事は知ってほしくないんだ。残酷な弱肉強食のような世界は」
「……だが、この世界を知らないと、無理だぞ?生きていくのは」
「そんなことは分かっている。だが、怖いんだ。もしララが興味を持ったら」
魔法に。神器に。魔という恐ろしさに。
ギリッと奥歯を噛み締めて、悶絶するような、耐えかねない感情があるジン。
「………この前、色々あってララに魔法を見せてしまった。致し方ない状況ではあったが、一応謝罪はする」
ララと初めて会い、ゴブリンの群集と遭遇した時の事。下級魔法ではあるが使ったことには変わりない。
「いや。ララを助ける為の事くらいは分かる。それは仕方ない」
やはり、そういう残酷なものは見せたくないのか、ジンは少し険しい形相になる。
「…………」
「だが、神矢の言う通りだ。この世界を知っておかないといけない事には変わりない」
「神器については知っておいたほうがいいんじゃないか?」
「そうだな。それは知っておいたほうが良さそうだ。神矢、頼んだぞ」
「なんで俺なんだよ」
唐突に託されて神矢は思わず声を大きくしてしまった。
「だって神矢の方が沢山冒険してるし」
ジンの言うことは正しい。だが、まぁ兎に角神矢は盛大に溜息を吐いた。が、断れないのは神矢がジンを心から許しているからだろう。
「ん?さっき世の男子って言ったな。てことはララの存在は世間に公表されていないのか?」
怪訝そうな顔つきでジンへ問い、ジンは言う。
「そうだ。ララの存在は国民、世間には公表していない。だがこの城で働く者は皆知っている。口止めはしているから恐らく大丈夫だ。あとは他国に訪問する際に会った国王やその側近だろうな」
「俺は知っても良いのか?」
この城で働いていなければ、また他国の使いでもない。明らかにジンとは交友関係にある仲だけだった。
「神矢は、良いんだ。俺も許してるし、それに―――――――――」
ララが許している。
「ん?なんて言った?」
聞き取れなかった部分を、神矢は確かめようと聞いているが、ジンは惚けるばかり。
(俺からララの存在を教えていいか聞いた時、毎回断っているが、今回は自分から言ってきた。神矢には教えていいと。やはり、ララは神矢を…………………)
「おい!」
心中で一人語っていたジンは、神矢の張った声に我に返った。
「な、なんだ?」
「この城デカすぎてさ、しかも改装しただろ。ララの部屋どこか知らねぇから教えてくれ」
「あぁ、それはいいが少し待ってくれないか?まだ話しがあってな」
「話し?なんだ?」
首を傾げる神矢に、ジンは真剣と言わんばかりの表情へと変えた。
「ララは、どこに居た?」
「は?」
「どこで助けた?」
「あぁ。桃染山だ。大樹の根本に小さくなって座っていた」
刹那、ジンは申し訳無さそうに口を開いた。
「すまない。まさかそこだとは」
「いや。俺は別に気にしてない]
沈黙がその場を制し、ジンは気落ちしていたが、神矢は微塵も気にしていなく、話題を変えた。
「そういえば、なぜ俺がここに居るって分かったんだ?」
ジンには会っていなかったし、兵士には会ったがその時には神矢はもうジンへ情報がいっていた。
「ララから聞いたんだ。黒い目と髪の強い人が助けてくれたって。それに兵士からも聞いた。ララと一緒に黒い目と髪の人と歩いているのを見たと」
神矢は納得ずくで頷いて、グラスに入っている水を口に含んだ。
ジンも同じくグラスを手にとって、中身を口に通した。水ではなく赤ワインだ。
「桃染山の桜はまだ咲いているんだな」
ジンも桃染山の桜を見たことがあるが、その時はまだ学生時代の事である。だが、過去の光景も現在の光景も変化は全くにして無かった。
「あぁ。何の変化もない」
桜の大樹の光景を、神矢は思い出しながらに、柔和で淡い笑みを浮かべた。
「……魔石は?まだ存在しているのか?」
きらりと電気に反射する赤ワインを見下ろしながら、ジンはやや遠慮がちに言った。まるで気にしたくないように。
「あぁ。相変わらずの魔力だ。桜が吸い取っているにも関わらず少しの変化しか見られない」
桃染山は、小さめの山であり、近傍にも山はなく孤立している。そして、桃染山の地下には桃染山の大きさをも超えるほどの巨大な魔石が埋まっている。
そもそも魔石は人間の生活に最も欠かせないものであり、魔石によって電気も生じている。魔石の魔力数とは、直径三センチ程の大きさでも一ヶ月は保つもので、手のひらサイズの大きさでも一年は軽く保つ。
もしも、その魔石に魔力を含んだ何かで刺激してしまうと、想像を絶する程のナニかが起きてしまう。
そして、桃染山の地下に埋まっている魔石と同等の大きさの魔石がもう一つ、世界には存在している。
ドラグレッドの滝。
四つの龍国に囲まれたもう一つの龍国の中心部、そこの洞窟の奥に、形むき出しとなって位置している。だが、そこは立入禁止となっており、誰も立ち入りが不可能となっている。それに、それほどの魔石が二つ確認されているが、これは世界で最も重要な人間しか知らないことで、民間にはドラグレッドの滝の魔石一つしか知らされていない。
そして、神矢もその事を知っていると言うことは………………。
「取り敢えず変化はほんの少し魔力が減ったくらいだな?」
「あぁ」
「分かった」
ジンは十分理解したように深く頷いて、またワインの口に通す。
神矢は今夜暗殺者が来る事を願って、決心していた。
(早く捕まえて、ララに安全な生活を送ってもらいたい)
神矢は、久々と言うように、百獣の王を連想させるほどの、獲物を捕らえるような鋭い眼光で、真っ赤に染まり育った林檎を睥睨した。