03 共感できる気持ち
王城敷地へと入る為の大門の前。
四方にそれぞれある大門よりも遙かに大きく、極めて豪華な色彩で作られている。
門の両端には一人ずつ、胸を張り姿勢良く警衛している兵士の姿。
神矢を警戒していない様子に、恐らく神矢が来訪する事は既に承知済みのようだ。
また神矢も、兵士など気にもせずに大門を通過する。
大門から王城まではまぁまぁの距離があり、広大な草原庭に引かれた一本のレンガ製の道を歩く。
王城を囲繞している草原庭は、綺麗且つ丁寧に手入れされているのが見て分かり、一面緑色にまるで王国の中ではないような自然な光景に感心した。
繁華な大通りとは裏腹に、寂然な環境に落ち着く。
聳立している城の下、神矢は白塗りされた鉄製の扉の前に立った。
直後、鉄製の扉は間もなく自動的に開扉され、神矢は足を踏み入れる。
少し歩いて直ぐに、ロビーのような場所に着き、そこには真っ白の手袋に、皺一つない漆黒のスーツを着こなした謹厳で年老いた熟練の執事が一人、姿勢良く立っていた。
「お待ちしておりました、神矢様。そして、お久しぶりでございます」
敬語と共に敬礼をする執事。
「あぁ、久しぶり」
「早速ですが、王の下まで案内させて頂きます」
歩き出す慇懃な執事の背を追行し、二人足を止めた所は、また少し大きな扉の前だった。
執事は三回ノックをして、開口する。
「王。連れて参りました。失礼いたします」
両開きの扉を押し開けてその先へと入ると、とてつもなく広い部屋に繋がっていた。頭上を見上げれば、穹窿な天上が高い位置にあり、壁には沢山の扉や階段がある。見るにこの城の中心部らしい。
そしてこの空間の一番奥、威風堂々と居座っている王の姿があった。存在感が凄まじい。
部屋の真ん中まで行くよう執事に促され、軽少高い位置に居座っている王を見上げた。
「神矢殿、ご苦労であった」
制圧されるような太く、男らしい声。
(ご苦労?俺が?何故だ?まぁいいか)
王の言葉を払い除け、神矢は口角を持ち上げた。
「随分じじぃになったな。ジン」
余裕な表情で一言。
レイトハウド王国の象徴にしてトップに立つ王に向かって無礼極まりない発言に、壁沿いに護衛役として立っていた兵士達は、立腹させた様子で槍を手に、神矢を囲繞する。
「貴様!!王に対して無礼であるぞ!!」
一人の兵士が神矢に向かって怒声を浴びせた。
約十人の兵士達にやりを構えられている事など省みず、むしろ感心した機微でいっぱいである。
構えられた複数の槍の内、鼻柱に向けられた槍の鋒を把持しようと手を伸ばした。その時。
「無礼者はどちらであるか!!王の客人様であるぞ!!」
眉間に皺を寄せ、兵士達に向かい怒鳴りを上げる先程の執事。
喝破を真に受けた兵士達は呆気に取られ、一斉に緘黙し、騒然な空気は寂然な空気へと化するが、「聞こえぬか!!」と再度喝破を浴びれば、兵士達は王へ深く敬礼を示し、心中倦厭たるもの有りと壁沿いまで踵を返した。
「すまなかった。では話の続きをしよう」
途切れた会話を再開させようと誘う王へ、神矢は変わらずの表情と態度で向かい立つ。
「あぁ分かった。だが口調は直してくれないか?こっちの調子が狂うわ」
瞬間兵士達の殺気が滲み出る。しかし、王は神矢の口調を気にした様子もなく、一度わざとらしく咳払いをすると、現在部屋に居る神矢以外の者全てに命令を下した。
「今から二人きりになれるよう、一時退出してくれないか?」
それを合図に、一斉にハッと気合いの入った返事が響き、瞬きの一瞬と言わんばかりの速度で部屋は二人きりになる。
刹那。
「はあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー」
気抜けた盛大なため息を零し、男らしい威厳を保持した凜々しい顔付きは、弛緩しきった顔付きへと一変した。
「王らしくするの疲れるーー。まぁ偽りない王なんだけど」
これが本来の姿。名をサーライン・ストロフ・ジン。長く伸びた白髭が王感を引き立てており、歳は八十八と長寿だ。それ相応の元気さとは思えない精気である。
「だったらいつもそんな感じで過ごせばいいじゃないか」
「駄目に決まってるだろ!……だ、だってさぁ?こんな頼りないように見える王はさぁ。…………………いやじゃん?」
示指の両の腹をクイクイと押引するジン。
(アホかッ!)
心中吐き捨てるように突っ込む神矢。
「おい、今なんか俺を侮辱するような事思わなかったか?」
「……気のせいだろ?」
「冷たいなー。六十年も来てくれなかったのに…………」
「あぁー、それは謝る」
「まぁいい。それより、感謝する」
深く感佩するジン。
「なぁ。そのことなんだが、俺何かしたのか?」
純粋な疑問をそのままに問う神矢に、ジンは拍子抜けた返答をする。
「え?お前の事じゃないのか?」
「は?」
「へ?」
全く何の事か理解出来ていない神矢と、兵士から聞いた話と違うジンは、お互いの意見がかみ合わず、二人して暗黙し静寂な空気が生じる。
時が止まったような状況の中、それを再び動かすように、ガチャリと静かに開扉する音が鳴った。
その扉は居座っているジンから一番近い位置にある扉であった。
「お父様。少し聞きたい事があるん…………だけど…………」
終盤は途切れた言い方となり、その声主は目を点にして、呆然と立ち尽くす。
「神、矢………?」
名を口にし、その人は神矢を見つめる。同じく神矢も見つめる。いや、目を奪われた。
当然神矢はその人がこのレイトハウド王国出身で王城に在住だと言うことも承知済みである。ただ、見たことある人でも突然の美少女だったら別だろう。
「なんで、ここに………?」
呆気に取られたような表情のまま、一番最初に浮かんだ言葉をその人は口にした。
「その王様さんに呼ばれたんだよ」
視線をその人へと向けたまま、神矢は顎でジンを指した。
その淡い桃色の艶ある長髪に同色の大きな瞳で容姿端麗の少女は、ジンへ体の向きを変えて、容赦なく詰問を始めた。
「どういうこと?なんで神矢がここに居るの?それにどう言う関係?」
次々の穿鑿に圧されるジンは、目で神矢へ救いを要求し、自己では辯解しつつ宥めようと必死である。
「ラ、ララ。少し落ち着いてくれ」
愛娘の身の寄せに少量の幸福を覚えつつも、やはり娘には勝てない。
「なんで?お父様は何なの?神矢とどういう―――――――――」
ララの肩に軽く手が乗った。
「ララ。そこまでにしといてやれ。ジンが死ぬぞ?」
「……神矢!」
一変してララはご機嫌で明朗な声になる。
胸臆喜喜な感情を抱くララは、再度ジンへ振り返って。
「ねぇお父様。神矢とはどういう関係?」
一呼吸して、静謐になったララはジンの黒い眼を見据えた。
どうしようかとあたふたし、結論。
「………じ、事情は神矢が説明する。な!」
ため息を一つ。それから神矢は軽少な億劫と疲労の混じった声音で言った。
「あぁ。事情は話す。勿論ジンも―――――――――」
「すまない!俺は仕事がまだ少しあってな!神矢、宜しく頼む!」
「はッ!?ちょっ、待て!!」
どこか引きつった笑みを浮かべながら、ジンは速やかにどこかへ行ってしまった。
(あいつ、逃げやがった!!)
「はぁ。じゃあララ。俺が話すよ」
「分かった!じゃあ行こッ!」
即答。ララはどこか軽佻な足取りで神矢を別の部屋まで案内していく。
到着したその部屋は先程の広い部屋とは真逆で狭く、ソファが二つで、その周りに少し間隔があるくらいの広さの部屋だった。
二つのソファの間隙には机もなにも無く、対面している配置で、それぞれに腰を下ろして、神矢は口を開いた。
「まず、何から聞きたい?」
顎に手を添え、考える身振りを見せて、「んー」とララは軽く唸りながら幾つもの質問から絞り出す。
「神矢とお父様って、どういう関係?」
(やっぱりそうだよな。それを知りたいよな。八十以上のじじぃと十七の俺が何故交友関係にあるか)
痒くもないこめかみを示指で軽く掻いて、神矢は語りだす。
「俺とジンは、同じ学校で、同じ学年で、同じクラスだった」
ララの動作全てが硬直状態になる。理解不能と言うところだろうか。
「理解はしなくて良い。バカだって思っても良い。嘘だと思っても構わない。好きなように思ってくれ」
「…………」
突然の沈痛とした、暗鬱な表情へと変わった神矢に、ララは緘黙し、真剣な表情に変えて傾聴した。
「……俺、不老不死の呪いにかかってんだよ」
深閑した空気が部屋を呑み込む。
これを何人かに話したことがある神矢。信じた人は極少数でいたが、信じない人が大半を占めていた。嘲笑うような表情を浮かべて、『永遠に生きれるならいいじゃん』や『老化しないなんて最高じゃない』など。自己で至福な願望を思う感想を述べていた。だがそれは神矢には苦痛でしかなかった。更に心を抉る言葉だった。
「じゃあ、ずっと…………生きてたの?」
申し訳なさそうに言うララ。
「うん。六百年生きてきた」
「…………いいこと、あった?」
その言葉を真に受け、神矢は苦笑を浮かべた。
「そりゃああったさ。いい出会いもあった。色んな所にも行けた。いい思い出も沢山ある。大切な仲間だって居る。けど、それと同じ、それ以上に苦しかった。皆、俺を置いていく。どこかへ行ってしまう」
その言葉が何を意味するのか。ララは十分に理解出来ていた。
「…………」
普段、ここまで神矢は話さなかった。むしろ話す気など微塵もないし、その気になれなかった。だが、神矢は何故か感じた安らぎ、心地よさに、知らぬ感情と自分をそのままに流した。
「……俺さ。いつか死にたいんだ」
神矢は思いっ切りな笑顔を作った。大望を、夢を含んで作った。
置いていった皆の下へ行きたい。孤独を解き放ちたい。そんな強い願望を、いつか。
だが、ララには夢を語る人の笑顔とは異なった表情が見えた。ぎこちなく、無理矢理感のある、儚げな作り笑い。
いつしかララは涙を流していた。自分の為ではなく、神矢の為に。
そして涙を流したと同時に、ララはふわりと立ち上がり―――――――――。
ガラス細工を扱うように優しく、全てを包み込むよう柔和に、神矢の後頭部へ手を回し、胸へゆっくりと抱き寄せた。
ほんの数秒置いて、神矢は状況を理解し、目を見開いて、息を呑んだ。
ララの甘美な芳香が神矢の鼻を擽る。後頭部に添えられた優しく柔らかい繊細な手。
「……そんなこと、言わないで」
神矢は静かに息をこぼす。ララの声、体温、香りに、安らぎを抱いている。
「………死にたい、なんて……言っちゃだめ。ひとりが、いやなら…………私が居る。………私は、置いていったりなんかしない。だから、もう……………………」
死にたいなんて、言わないで。
自分の為ではなく、人の、神矢の為に泣いてくれた人。
包み込んでくれた人。
死なないでと言ってくれた人。
何度も先程の言葉が反芻する。
胸奥からグッと込み上がってくるものを、神矢は何度も考えた。
何度も探って、更に思考を巡らせる。
『これは、〇〇だ』
神矢は結局何なのか分からなかった。だが、誰かが言っていた記憶があった。しかし、それを思い出す力は今の神矢には無かった。
涙は出てない。が、求めるように、神矢は掠れそうな声で言った。
「なぁ、ララ」
「……なに」
「俺って、頑張った、んだよな?」
「……うん」
「俺って、今……甘えても、良いんだよな?」
「……うん」
綺麗な涙が頬を伝うララに、優しく抱きしめられることしばらく。
少し震える両の手を、恐る恐ると伸ばして、ララの細い括れた横腹を越し、背へと回した。
より一層密着した身体。
「俺、頑張ったんだよ。足掻いたんだよ。死ぬのは駄目だって。だけど、保たない。保たなかった。俺は、弱い」
孤独を嫌う神矢は初めて弱音を吐いた。
致命傷を負おうが、毒ガスを吸おうが、炎で焼かれようが、心臓を貫こうが、全て関係なく回復する。
この呪いは神矢の精神を壊す。ずたずたに引き裂く呪いだった。
「俺、本当に……………」
………………………………。
「神矢は、頑張ったよ」
この励ますような言葉。神矢にどれ程の安らぎを与えただろうか。
後頭部に添えられた手が、髪の毛に沿って優しく撫でられて、神矢は暫くそれを堪能した。
経つこと数分。
密着した身体は放れて、お互い少し俯き加減に黙ってしまう。
目尻に浮かぶ涙を、細い指で拭き取って、ララは微笑みを浮かべた。
「ありがとう。教えてくれて」
「うん。こっちこそ、ありがとう」
満足そうに頷く神矢。
そしてララがソファに座ったその瞬間。
ガチャッ。
「シ、失礼シマース」
扉がゆっくりと開き、片言になりながらジンが入室した。
だが、部屋の妙な静寂な雰囲気に違和感を覚えたジンは、きょとんとして首を傾げた。
「神矢。何かあったのか?」
「いーや、何も。ただ話してただけだぞ」
どこか嬉しそうな神矢に、ジンは白々しく返事をすると、ララの隣へ腰を下ろした。
「ん?ララ。目の下、少し赤くないか?」
ビクリと全身で震えるララは、目が左右に泳いでいる。
「え、えーと、その……ゴミが、目に入って」
「両目にか?」
「えッ!?えっと……う、うん」
違和感だらけにジンは首を傾向させるばかり。だが、ジンは明るい表情を王の、親のそれへと変えた。
「神矢。お前を見込んで話がある」
挨拶が遅れました!!!!!!!!
どうも初めまして。『桜舞い、世界に酔う』を執筆していますならくなです。
突然ですが、なかなか上手くいきませんね。難しいです。
ですが!僕(私)は諦めずに、「面白い!」と感じて欲しいので、頑張りたいと思います。
と言ってる矢先に、これから少し投稿を休みたいと思います。今までも不定期投稿で申し訳ありません。
読んでくださっている方には大変申し訳ないです。
もし、改善点などがあれば、是非感想をください。
今後とも頑張りますので、宜しくお願いいたします。