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10 出会い

ここからが個人的に一番好きなところです!

読んで頂けると嬉しいです!

カチャカチャカチャカチャ―――――――。

何か作業をしているような物音が、神矢の意識を暗やんだところから引っ張り出し、重たい瞼が伴って持ち上がった。

神矢は色褪(いろあ)せて傷んだ薄い生地の布を被って、少し動いただけで大きく軋みを上げるボロいベッドに仰臥(ぎょうが)していた。

薄らと映る木材の天上を、神矢は無心で見つめる。

(嫌な夢だ。六百年前(あのころ)の俺………か。俺あんなに泣かねぇし。でも、あの頃は死にたくない(そう)思ってた、んだよな?)

自分の事なのに、疑問形で見た夢を疑う神矢は、身体的、精神的に蓄積した疲労にまだ重たい瞼を落とした。

一時して、上半身を起こし、血の気が引いた冷たい顔に手をあてがう。

あの日、カルマと交えた日、倒れた後からの記憶が途絶えていた。頭を悩ませる神矢は、毛先が丸まって跳ねた前髪を掻き上げて、それから自分の姿に思考が停止した。

「………包帯?」

少し薄汚れた白色の包帯で簀巻きのようにグルグルと巻かれている身体に、ぽかんとした表情で、思わず声を漏らした。その包帯は若干濡れていて、少し生暖かい。

恐らく神矢の汗を吸ったのだろう。

ガチャッ。

そこで扉の開扉する音が鳴り、長袖長ズボンの少女が「ふぅー」と額を腕で(ぬぐ)いながらに、神矢が居る部屋へ入ってきた。と言うよりも、実際その部屋一室だけの、古びた物置のような小さな家である為、家に入ってきたと言った方が正しいのだろう。

神矢がポカンと間の抜けた表情で彼女を見ていると、その彼女とふと目が合う。

神矢と同様に、彼女もきょとんと目を点にさせたが、それは間もなくぱぁっと嬉しそうな明るい表情へと変わった。

「起きたんですね!良かったです!」

ふわりと柔らかい笑みで、透き通りのある朗々な声で言う少女に、神矢の表情は継続して間の抜けている。

「…………」

むしろ驚いて声も出ないと言う方が正しいのかもしれない。

「体調はもう大丈夫ですか?」

か細く白い手が、神矢の額から落ちた濡れタオルに伸びて、水の張った桶に浸けると、「んぅー!」と喉から可愛らしい唸りを出して、精一杯に絞った。

その様子から目を離せず、神矢は彼女の胸辺りを見続けた。

(俺は幻覚を見ているのか?それともただたんに疲れているだけなのか?)

神矢には、彼女の胸に花が咲いているように見えていた。

神矢はその事を、彼女に打ち明けていいのか否か。その二択が心の内で葛藤している。

「………?だ、大丈夫ですか?」

眉を寄せて思惟(しい)する神矢に対し、自分の質問に対して無反応な事に、彼女は眉を八の字に憂慮(ゆうりょ)する。

(………ッ!?また咲いた!?違う花!?)

先程まで胸に咲いていた鮮やかなブルーベリー色の一輪の花、アゲラタムは、枯れたと同時に違う花へと入れ替わって咲き誇った。

外側に開いた五枚の赤々とした花びらの中に、桜のような桃色が若干入り混じった白色、その中心に黄色い雌蕊(めしべ)雄蕊(おしべ)が伸びた花。オダマキだ。

花の名前を無知の神矢だが、それでも花は好きだという。色鮮やかな色彩のその一輪の花を、あんぐりとして見つめた。

すると。

「………カンガルーポー」

彼女は突然にそんな事を呟いた。

目線は神矢の胸元で、不安そうに見つめる彼女は神矢へ問う。

「なにか、驚いたり、不思議なことでもありましたか?」

その発言の根拠は神矢の胸元に咲く、先が六つに裂けた黄色の筒状の花が彼女に見えたからだ。

「あぁ。俺は幻覚を見ているのかもしれない」

「……?」

述べている事が理解出来なかった彼女は首を傾げて、ベットの隣に置いてあった椅子に腰を下ろした。

「花が、咲いてる。君の胸元で」

瞬間、彼女は驚いた表情をしてベッドから身を乗り出すようにして神矢に近づいた。

「み、見えるんですか!?花が。私に咲く花が!?」

興奮気味に上がった声が、神矢の頭によく響いたのか、急に来る頭痛に神矢は頭を押さえた。

波紋のように広がる痛みに悩まされる神矢を前に、彼女は我に返り、恐慌となる。

「も、申し訳ありません!あ、頭は大丈夫ですか?」

瞳に涙の膜が張り始め、焦りに急かされるまま行動を取ろうとする彼女を、神矢が腕を握って引き止めた。

「大丈夫だ。何の問題もない。それより、俺に見えている花は幻覚じゃないのか?」

その疑問に、彼女は申し訳なさそうな顔でコクリと頷いてみせた。

「そ、その………私に咲いてる花を見たお方は貴方様が初めてで、その、舞い上がってしまって申し訳ありません」

えらく畏まったかたい言い方に、神矢は脅してしまったのかと不安に思うも、彼女の言い分に耳を傾ける。

「その、私は神器を持っていまして、戦闘系のものではなく、相手の思う感情が、その花言葉を持つ花となって見える神器でして」

神器という言葉に、神矢の眉がぴくりと反応した。

「神器、か」

「はい。そして、その花は皆に見えず、私にしか見えてなかったので、その………まさか私に咲いてる花が見えているとは知らず。つい嬉しくて」

彼女は膝に置いた拳をギュッと握り、申し訳なさそうに下唇を甘噛むも、俯いたその表情は淡く嬉しそうだという事を頬を薄く染める色が示していた。

「本当にすいません。病人に大声で話しかけてしまって」

「そう謝るな。俺は別に怒ってないし、気にしてもいない」

逆に、謝罪を述べるのは神矢の方だった。あの日以来記憶もなく、恐らく看病をしてくれていただろう人にこんなに謝られたら、神矢としても申し訳ない気持ちが充満しまくる。

「ちなみに、俺がさっき見た花はブルーベリー色の花と、赤と桜色と黄色の花なんだけど………どんな花言葉なんだ?」

その花に関して詳細を話し、それだけで花が分かった事に神矢は感心した。

「ブルーベリー色の花はアゲラダムですね。花言葉は安楽、安心です。そしてもう一つの花はオダマキと言って、色によって花言葉も異なるんですけど、赤いオダマキは心配です」

ちなみに彼女の言ったカンガルーポーの花言葉は驚き、不思議である。

「色々知ってるんだな。………それに優しい」

柔らかい笑みを作って言う神矢に、彼女は自分の感情がばれてしまった事に今更に羞恥心を抱いて、頬を染めた。

だが、神矢はもう一輪、知らない花が咲いていた事を言わなかった。雄花は球状の小さい花がまとまってついていて、雌花は細長く、表面が鱗のような、赤い実を付けた花。イチイ。

神矢は一つ、息を静かに吐いた。

「……なんか、すまないな。色々してもらって」

「いえ。こんな事しか出来なくてすいません」

眉を八の字にして丁寧に頭を下げる彼女に、神矢は目を丸くした。

「何を言ってる。頭を上げてくれ。俺は十分に感謝している」

驚愕混じりの神矢の感佩(かんぱい)に、彼女は頭を上げても尚、同じ表情をしていた。

「でも、栄養のあるものを食べさせてあげられなくて」

俯く彼女に神矢も眉を八の字にする。

「…………」

(どうしてこう謝るんだ。困ったなぁ)

心の中で呟く神矢は、また彼女を見つめた。

「…………?」

緘黙(かんもく)として見つめる神矢に小首を傾げる彼女は、漆黒の綺麗な、憂いを含む瞳に、次第に頬が熱を帯びていった。

「………えっと、その、あの」

羞恥心が募りに募って、目を泳がせる彼女の口籠もりが、神矢をハッとさせた。

(なんだ?顔色が悪いような?)

白色というよりは青白く、それでも笑顔が絶えない彼女。もしかしたら看病を付きっ切りで行っていたのかもしれない。そう思った神矢は思った事を言おうと望んだが、開口したのは彼女が速かった。

「も、もしかして、ボーッとしますか?今丁度栄養のある物を買ってきたんですけど」

神矢の憂慮を知らず、勘違いして眉を顰めた彼女は、机に置いてある食べ物をお盆に乗せて持ってきた。

「これ、食べてください。三日間何も食べてないんですから」

彼女はそう言って神矢に手渡した。

「ありがとう」

深く感謝する神矢は、ちょうど鳴ったお腹に食べ物を運び始める。

「…………」

その様子を眼前に、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。

少しだけ艶のかかった黄緑色の色鮮やかな長髪は腰まで伸びていて、魔力障壁のような透き通った緑色の瞳はクリッとして綺麗な目をしていた。服装はだらけた白いぶかぶかのティーシャツで、下は身に張り付いた細身のパンツと簡単だった。だが、上下長袖で日差しの強い日の格好とは思えなかった。だが、それならいつもの神矢の格好も上下長袖と変わりなかった。

健康と言うには言い難い顔色だが、それでも顔の整った彼女に、神矢は尋ねる。

「名前は何て言うんだ?」

「あ、すいません。私はエナシア・ハイヴィス・ローズウェルと言います」

「俺は神矢・ガエズ・ヤエだ。で、俺は三日間も寝ていたの     か?」

その質問に、エナシアはまた眉を八の字にして心配そうな表情を浮かべた。

「はい。三日前、私の前で倒れて、それからはずっと寝たっきりで」

「本当に申し訳ない」

不死鳥の吐息。

炎豪光凰(えんごうこうおう)の不死鳥が自分に纏う火花を集めて吐くもの。それを浴びた者は高熱に(うな)され、自分の経験した辛い過去、或いは起きて欲しくないと願うものなどが具体的に夢へ出現するという残酷なもの。

そして今回、神矢が見た夢は実際に起きた過去ではなかった。だが、それが正しいとは言い難い。正しく言えば、二つが合体したものと言う方が正確だろう。まさに最悪だ。

(エナシアには何も聞かれてないといいんだが。寝言でも言ってたか?)※言ってません。聞かれていません。

心配事を思いながら、神矢は渡された食事を綺麗に平らげてしまった。

「うん。食欲はあるみたいですね。良かったです」

「…………」

お盆を受け取ったエナシアは机へ置きに移動し、また帰ってくる。

「その、神矢様?ここにはどのくらい滞在しますか?」

胸の前で手を絡めて尋ねるエナシアに、神矢はエナシアを伺いつつ答えた。

「エナシアが良ければもう少し泊まらせてほしいんだが」

するとエナシアはぱぁっと顔を星の如く輝かせて、にっこりと笑顔を作る。

「神矢様がお望みであれば、いくらでも泊まってください!」

まるで神矢を敬慕したような言い方に、神矢は示指(じし)で軽くこめかみを掻いて、はっきりと言った。

「エナシア。なるべく俺の事は呼び捨てで、あと敬語で話すのはやめてほしい」

再び椅子に腰を掛けたエナシアは、その言葉に俯いて、困ったように呟いた。

「えっと、その。私は小さい頃から敬語を基本とした生活を送っていたので、どうしても……抜けないというか。でも、名前なら、呼び捨てで、出来るかもしれません」

(小さい頃から?エナシアもララと同じような家系なのか?)

「………どうしても、か?」

「すいません。その要求に応じたいのは山々なのですが、その、会話をしていく内にって事でどうですか?」

会話を重ねる内に敬語をなくしていくという提案をしたエナシアは、やはり申し訳なさそうに答えたが、それでも笑顔は常に浮かべていた。

「それでは、し、神矢?これからも宜しく、お願いします」

少し恥ずかしそうに、慣れない呼び捨てにエナシアは唇をキュッと結んだ。

「うん。まぁそれでいい。宜しく。エナシア」

ララの聞き分けが良すぎたのかもしれない。そう思った神矢は、ベッドから立ち上がった。

「ごめんな。ベッドを三日間も占領してしまって。エナシアは何処で寝てたんだ?」

「私は床に布を敷いて寝ていました」

そう言ってエナシアは布を取り出して、神矢に見せた。

「腰、大丈夫か?揉んでやろうか?」

神矢はからかってニヤリと笑った。それでも心配はしたが、エナシアはあたふたと手を振って、顔を染める。

「だ、大丈夫です!私は何ともないので」

耳まで真っ赤になったエナシアを、神矢は笑った。

「今日は俺が床で寝るから。エナシアはベットで寝て」

するとエナシアは目を大きくして驚いたように口を開いた。

「だ、駄目ですよ!?し、神矢はお客さんなので、床で寝させるなんてそんなこと…………」

必死なエナシアの手から布を取って、神矢はまたニヤリと笑って。

「じゃないと、揉むよ?」

「………ッ!?…………わ、分かりました」

下唇を甘噛みして、林檎のように真っ赤に染めたエナシアは、少しふて腐れにぷいっと横に顔を向けた。

電気ではなく火で部屋全体を照らしている事で、それが現在夜だという事を照明していた。

そしてもう夜である事に、神矢は驚いている。

倒れてから三日目の夜に目を覚ました。

神矢はエナシアに外の空気を吸ってくるとそう告げて、古びた木材の物置のような家を出た。

「ここは、どこだ?知らんなぁ」

周りには一つも灯火がなく辺りは暗闇となっていた。吹く風に葉が擦れ合う音が重畳し神矢を囲繞している事に、恐らく木々が生い茂っているのだろう。川が静かに流れる音も近くから聞こえて、神矢は目を閉じた。

(落ち着く。懐かしい感じがする)

昔。ずっと遙か昔。住んでいた家の周辺の自然が奏でる音に似ている。古びた木材の物置のような家も、温かみのある環境も。

神矢は目を瞑って空を仰ぎながら懐古(かいこ)した。

……………………。

(明後日は………満月か)

燦然と輝く星々に見下ろされ、浮かぶ大きな丸い月を、あの時ララに見せたぎこちなく、無理矢理感のある儚げな作り笑いへと変えて、見上げる。

そして、その月に手をかざすようにゆっくりと挙げた。

まるで、すぐそこに()が叶う可能性があるかのように。

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