04 悪役令嬢は激昂する
雲よりも高く飛ぶ。
私が居た時は、王国軍の中で雲よりも高く飛べる兵士は数名しかいなかった。あれから経っているので、今は増えているかもしれないけど、数では劣るはず。たぶん。
今、私がしている装備は手に持つアサルトライフル「アルヴァストSS2」と、腰の所に下げている4振の飛空剣。そして胸元にある自爆用ペンダント。
前回、不覚にもあのイカれた妹に不覚をとったので、対抗策として持ってきた。あの妹に殺されるぐらいなら、妹も巻き込んで死んでやる覚悟ですよ。
帝国軍最前線基地から30分ほど飛行すると、地上に軍の影が見えた。
数は大凡で1000人といったところ。
……なぜかイヤな予感がする。
1000人程度で、帝国軍をどうこうしようと考えられるほど、ファーライム少将は無能じゃないハズ。と、すれば何かしらの策?
分からない。
私は軍師じゃない。考えるのは専門外だ。
軍の影がある上空まで行くと、指示を出して部隊を上空で止める。
策があると仮定した場合、降下して攻撃するのは……やめておこう。
この位置からの攻撃すると魔力の減力と魔素の影響で威力は下がる。でも、その分はチャージショットで、ある程度はカバーが可能。
「部隊を半分に分ける。A隊はチャージ10秒で発射。B隊はチャージ20秒で発射。その後は、A隊とB隊、それぞれ10秒チャージ毎に交互に発射して様子見。今回、クロエ副隊長がいないので、イリナアはB隊に任せる」
「わかり、ました」
「ジークベルト様は、私がいるA隊にお願いします」
「了解した」
アサルトライフルに魔力をチャージする。
そして眼下に見える軍の影に向けて発射した。
幾重もの魔力の光が地面に向かって降り注いだ。
すると王国軍は、今まで固まって動いていた陣形を解いて、広範囲にバラバラに動き始め撤退を始めた。
この兵の動き方を見る限り、率いているのはファーライム少将の可能性が高い。上空からの魔弾攻撃には、魔素を放出して、可能な限りバラバラに動いた方がダメージは少なくて済むと、王国軍に居た時にファーライム少将に上申していたからなぁ。
それにはきちんと士気をとれる将が必要なわけで、王国軍できちんと出来るのは、私が居た時はファーライム少将ぐらいしかいなかった。本当、王国軍は人材不足だよね。
さて、撤退する王国軍を上空から撃っている訳だけど……。ほぼ当たってない。
やはり隔離を大きく空けられバラバラで動くと、この高度からの攻撃は、命中率が著しく下がる。とはいえ、下手に高度を下げて攻撃するのも、ね。
所詮、私達は30名弱の1個小隊。それにたいして相手は1000人規模の大軍。
まともにぶつかれば負けるのは避けられない。
――ファーライム少将が出てきたのなら、頸を刎ねておきたいところだけど。
チャージして発射をしながら考えていると、光が地面から上がってきた。
この、魔力の気配は、知っている。
アリサ・シュペイン。
私の愚妹。どうやら相変わらず残りの攻略対象者である三名を引き連れているようだ。
ファーライム少将は放っておこう。それよりも愚妹を斃すのが先決だ。
前回は戦場に煌びやかなドレス姿で現れて、思考の虚を突かれたけど、二度目はない。
「全員。昇ってくる王国軍兵士に向けて、集中砲火ッ。必ず墜とせ!!」
私の指示に従い、「ワイルドハント」部隊員は眼下にバラバラで動く王国兵から、昇ってくる愚妹と攻略対象者に狙いを定める。
それぞれが銃にチャージを終えて、引き金を引こうとした瞬間。
「全員! 攻撃を止めろっ」
突然。第二皇子から攻撃中止命令が出た。
私を含めた部隊員全員が呆気に取られる。
「ああ。見つけた。俺の運命の人。第二皇子、ジークベルト・ドラウス・ストラオスの名の下に命じる。あの女性を傷1つつけることなく、がぁぁっ」
両手で第二皇子の頸を両手で思いっきり絞める。
ああ、こいつ、攻略対象者か。
初めて姿を見たときから、何か引っかかっていた。たぶん、悪役令嬢と攻略対象者だからだろう。
でも、私はこいつを知らない。と、いうことは、私の死後に出たであろう続編かファンディスクに登場したキャラか。
殺しておこう。いや、殺しておくべきだ。
悪役令嬢たる私の天敵の1つ。ヒロインの攻略対象者。
「や、ぁっ、め、が、っっ」
「……」
まさか。帝国にまで攻略対象者がいたとは思わなかった。
このまま絞め殺して地面に落としてやる。この高さから落下したら、綺麗に肉片になるだろう。
「駄目です、隊長」
「落ち着いて下さい」
「相手は第二皇子だぞ」
イリナアが左手を。ノティスが右手を。ギデオンが背後から羽交い締めをしてきた。
「今すぐ、私を、放せ!!」
攻略対象者を殺す邪魔をするなんてっ。
オーバーロードで魔力を放出すると、その衝動で3人は私から吹き飛ばされた。
ああ、ちょうどいい。魔力を両手に集め圧を高めて、このままこいつの頸をへし折ってやる。
殺意を高め、頸をへし折ろうとすると、頭から大量の水を降りかけられた。
私は、この水魔術をやってきた相手を睨み付ける。
「イリナア――ッ」
「ひっ。虹色の瞳、星神眼になって、うっうん、いまは。……あ、あの、もし、ジークベルト様を殺し、殺したら、皇族殺害の罪で、クロエ副隊長や、白月さん、黒月さんも、連座制で隊長諸共処刑になりますよ」
……っ。あ、ああ。そうか。こいつは第二皇子だったっけ。
両手を頸から放す。すると意識を失っている為か、第二皇子は落下していく。ただ、直ぐにシルヴィが第二皇子を抱いたことで、落下死は免れたようだ。ちっ。
「ぐっあ」「あっ」「――ッぁあ」
隊員達から悲鳴が聞こえる。
そこで改めて、愚妹や王国側の攻略対象者たちが私達のいる場所まで昇ってきている事を思い出した。
悲鳴をあげている隊員は運悪く被弾したようだけど、魔術防壁でなんとか生き延びていたけど、この状態はもうまともに戦えない。
「撤退する。ノティスはA隊、ギデオンはB隊を指揮して撤退。イリナアは私の代行で全部隊の監督。シルヴィは最速でそれを帝国陣地まで運んで」
「了解です」「了解した」「……了解」
「あの、アデル隊長は?」
「こうなったのは我を忘れて行動した私の責任。だから、責任を取って殿を務める」
「な、なら、私も! 微力ですが、援護ぐらいは」
「イリナアのレベルだと足手まといにしかならない。アレ達と対峙するならクロエのレベルぐらいないと厳しい。それよりも、隊全体を指示してくれた方が、後顧の憂い無く、殿を務めることが出来る」
「――っ。わかり、ました。アデル隊長。ご武運を」
敬礼してイリナアは他の隊員と同じように帝国軍最前線基地の方に向かって飛んでいく。
さて、コンディションは最悪だけど、頑張りますか。




