02 悪役令嬢は擦れ違う
はぁぁぁぁ。
面倒くさい事になったなぁ。
どう考えても厄介事だよ。処罰を受けたい、なんて言わなければ良かった。
いや、言わなかったとしても、舌先三寸で丸め込まれた可能性はゼロじゃないけどね。軍師なんて人種は腹黒の人で無しだと決まっている。
そうでなければ、人を大量殺害する策なんて練れる訳がない。
敵にその知嚢がむく分には大歓迎だけど、自分に降りかかるのは大変困る。
持たされた書類に目を通すけど、内容が変化することはない。当然だけど。
どうしよう。
私は関わり合いになりたくない。とはいえ、部下に押し付けるのもなぁ。
イヤなことを率先して押し付けたりしたら士気にも関わる。それは作戦実行の際の統率にも影響が出てくる。
――うーん。
よしっ。クロエに任せよう。そうしよう。
謹慎処分中だけど、しかたない。こっちが重大要件だ。
王国と帝国の違いや男女の差はあれ、似た立ち位置に居たんだから、扱いには慣れてるでしょう。
私は元とはいえ公爵令嬢だけど、そういうのは本当に無理。
とりあえず謹慎処分を解除をして、コレの世話と、後なにか罰を与えれば良いよね。
「隊長! アデル隊長っ!」
考えが纏まり、気分良く歩いていると声をかけられた。
イリナア・ハールテン。
部隊の女性隊員の中で優秀で、女性隊員のまとめ役を任せている少女だ。
チワワっぱくて好き。
「なに?」
「あ、あの、嘆願書ですっ。どうか、宜しくお願いします」
「嘆願書?」
頭を下げられ両手で出された紙を受け取り見た。
――クロエ副隊長を謹慎処分で留めて貰うための嘆願書?
「なにこれ?」
「――っ。あ、た、確かにクロエ副隊長は、アデル隊長の命令を無視しましたっ。でも、それは隊長の命と、部隊の存亡を考えた末の結論だったと思います。私達にとってクロエ副隊長は大切な人なので、どうか、どうか謹慎処分で済ませて下さいっ」
クロエが、私の命令を逆らったのは、私も驚いた。
王国で禁術とされる奴隷用の魔術の最上位版がかかっている状態で、私の命令に逆らった。あの時のクロエの顔を思い出すと、かなりの激痛を味わっていたと思う。
それでも尚。私の命を大切にして、撤退の命を下さい、私と部隊を下がらせた。
軍人としては怒るべきだろう。けど、私人とては感謝しかない。
だから、アルベルトさんが何か言ってくる前に、独自で処罰を与えた。
先に処罰を与えていれば、更なる処罰はないだろうと考えたからだ。
「嘆願者は――部隊員全員」
「はっ、い」
用紙には部隊員の名前が30名ほど書かれていた。
……クロエ、慕われているなぁ。私ってそこまでじゃないと思うから、少し落ち込む。
それにしても、これは読めなかったなぁ。
「ワイルドハント」部隊全隊員からのクロエに対して謹慎処分に留めて欲しいという嘆願書。
つまり私がさっきまで考えていた、厄介者をクロエに押し付けるという考えは駄目になったということだ。
流石に私も部隊員全員からの嘆願書を無視するなんて暴挙は出来ない。
……つまり私が、コレの世話をしないといけなくなったということ。
「――――ッッ」
神は私の事が嫌いなのかな。嫌われる事をした記憶はあるけど。カルトが奉っている神に対してだけど。
そこは神らしく寛大な心で許容して欲しいところ。
あ、でも、元の世界でもギリシャ神話の神々は人間に対してちょっとした事で呪いをかけたりする女神がいましたね。
いつも被害を被るのは、無辜の民だなぁ。
「60分後に「ワイルドハント」隊全員集合。場所はいつもの作戦会議室」
「は、い」
なぜか怯えたような表情のイリナアは、敬礼をすると慌てて去って行った。
「わたしたち、今日、死ぬかもしれない」
アデル隊長の指示通りに「ワイルドハント隊」がいつも使用している作戦会議室に、隊員に招集かけた。
この隊のメンバーで、アデル隊長の招集命令に遅刻するなんて命知らずはいない。
誰もが招集時間の30分前には、会議室に集合していた。
「隊長、そんなに怒ってた――?」
「下着、交換してきた」
変えた理由については、まぁ、言わないけど。
ノティアは私の肩に手を置くと、可哀想な目で私を見てくる。
そんな風に見るなら、隊長に嘆願書を持って行く係を代わって欲しかった。公平に籤で決めたので、文句はいえない。本音で言えばものすごく言いたいけど。
「や、やっぱり、隊長に嘆願書とか危険すぎたんじゃないか?」
「じゃあ、なに。もしクロエ副長が隊からいなくなったら、誰が隊長の世話をするのよ」
「それは……女子隊員の誰かだろ。俺たち、男の方はあまり関係なさそうだしな」
「巫山戯ないでっ。もし、そうなったらあんた達、男子側もそれなりの苦渋を味わって貰うからね!!」
ノティアとギデオンは啀み合う。この2人は、幼馴染み。とはいっても恋愛関係にはないようだけど。
「ワイルドハント」部隊は、男性10名と女性20名という、珍しく女性が多い部隊。
アデル隊長が、まぁ、アレだからね? 男性が多いのは不都合があったのかもしれない。上の判断なので、私のような末端兵士の預かりのしらない事なのだけど。
2人が仲良く喧嘩している中、シルヴィは机の上で何かを書いている。
「シルヴィ、さっきから何を書いてるの?」
「遺書。隊長の緊急招集の時は、いつも書く用にしてる」
「……わたしも書こうかな」
「うん。書いた方がいいよ」
「――遺書を書くなんて、この部隊に入隊させられて、いきなり訓練させられて以来だよ」
「イリナアは甘い。あの隊長の下だと、いつ死んでもおかしくないんだから、なにか招集があれば遺書を書いて残しておくべき」
苦笑いで私は頷いた。
まだ「ワイルドハント」という名前が無かった、適当な寄せ集めで構成された部隊に、あの人は突然やってきた。
そして倍以上いるゴブリンやオークの巣に放り込まれたり、魔物の軍勢と戦わされたり、魔力を抑える魔道具を装着させられて盗賊達を鏖にさせられたりと、まぁ、思い出すだけでも、私達はよく生きていたと思うよ。
ただ。まだ思い出せるのはいい。
クロエ副隊長が課した訓練は、どうやっても思い出せない。
『王国元帥閣下が考案して、アデルお姉様の受けた特別特訓方法があります。流石に、あのまますると、半分程度は廃人になりそうですけど、安心して下さい。ちょっと自己流に改良したので、記憶には一切残らず、飛行可能な魔力と「風」属性を得ることができます』
悪魔のような笑顔でいうクロエ副隊長。アデル隊長とは別ベクトルで恐怖の対象。
無理矢理思い出そうとすると、吐き気や目眩、心臓の鼓動がかなり早くなったりするので、部隊の中では誰も思い出そうとしない。知らぬが仏とはこの事だね。
「皆揃ってる?」
アデル隊長が入ってくると、私達は全員立ち上がる。
……機嫌が、悪い。
負のオーラと威圧が増している。
ありがとう、シルヴィ。遺書、書いていて良かった。
「この前の戦闘で疲れてるだろうから座っていいよ」
アデル隊長に言われ、私達は椅子へと座る。
「さて、貴方たちの希望通り、クロエに対して謹慎処分以上の事を課すことはないから安心して。ただ。ただね? アルベルト軍師から、クロエが謹慎処分で、隊に1人分当面空きが出来たから、増員が無理矢理入ることになった」
「増員、ですか? わざわざこの部隊に?」
自殺希望者だろうか。
いや、私達の部隊に回ってくるぐらいだから、何かしらの問題人物かもしれない。
「そう。アルベルト軍師に、無理だと言ったけど、認められなかった。一応、期限はクロエの謹慎処分が終わる一ヶ月のみ。入隊者は、帝国第二皇子、ジークベルト・ドラウス・ストラオス」
えっ。
「たぶん、私は相性悪いから、万が一に、私を止める役として、3人。……人数的に女性2人と男性1名を選抜しておいて。以上。解散」
それだけいうとアデル隊長は部屋から出て行った。
プレッシャーから解放されたけど、私達は、驚きのあまり呆然としていた。
まさか、皇族が、私たちの部隊に? しかも第二皇子と言えば、継承順位が確か3番目だったと思う。
そして万が一に備えてのアデル隊長を抑止する係。
一番、誰もやりたがらない役目。話し合いでは決まらず、また籤引きになる事が目に見えている。
そして、籤引きの結果。
くじ運の悪い私、イリナア・ハールテン。
ノティア・ハラシュ。
ギデオン・ギャリック。
幼馴染みで喧嘩友達の2人。
その三名が見事。隊長の抑止役の当たり籤を引きました。
――この部隊に所属して、最初で最後の、高難易度任務になりそう。
アデル隊長の抑止役とか、死亡宣告を受けたに等しいことだよ。




