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帝国混乱

「あの悪鬼が姿を見せなくなって、30日が経過したが……」


「諜報員や王国内の草の報告でも、現在地は不明となっています」


「王都に向かったという報告があり、途中までは位置の把握ができてましたが、ある時を境に居場所の把握ができなくなりました」


「――王都に秘密裏にいる可能性はないのか?」


「アレを英雄として囃し立てている所です。もし王都に現れていれば、祭りの如く騒ぎとなるでしょうが、今のところ、そのような報告はありません」


 本人はそれがイヤで、元帥邸に引き籠もっているなどと予想しろというのは困難である。

 帝国軍最前線の基地である城の一室では、将や参謀が集まり軍議が行われていた。

 軍議の議題の中心は、いつも「頸斬姫」アデル・シュペンであった。


「どこかに潜伏させて、攻めたところに突如現れて将の頸を刎ねる。と、いう可能性が今現在のところ高い気がします」


「ヤツに殺されたネームド級は10人を超え、将に関しては20を超えている。くそったれめ!」


 参謀の1人が机を叩く。

 アデルが最前線に連れて行かれてから4年で帝国軍は、エース級・準エース級であるネームド級を10名喪い、更に兵士を率いる将を20名近く喪っていた。

 最大級の国家とはいえ、無尽蔵に人材がいるわけではない。

 特にエース級や準エース級はただでさえ少ない。

 他の戦線からヘルプで来てた者もおり、喪ったことで、戦略を根本から練り直すという事態が、帝国が侵攻している各地で起きている。


 現在、帝国が侵攻している場所は3カ所。


 1カ所目は帝国から西に位置するデッシェル王国。

 攻め難く、帝国にとってはあまり旨みはない土地であるが、「土」「水」の魔法印を持つキリディア・シュペインが所属している事から、帝国の『魔女』の意向で、攻めている。


 2カ所目は帝国から南に位置する多種連合国家キマイラ。

 人間種以外の多種多様な種族が生活をしている場所である。

 君主制ではなく、種族の代表が集まり物事を決めていく。という仕組み。

 一番戦線が激しいのは間違いなく此処であり、帝国の基本方針として重要戦線に位置づけられている。

 人間同士ですら争うのに、他種と共存は中々難しいと言える。

 また王国の戦線にエース級と準エース級をヘルプに出したところ、頸を刎ねられた事で、一番人的損失を被っている所でもある。


 3カ所目は帝国から東に位置するオリヴァス帝国

 ディシェル王国。多種連合国家キマイラ。その両方と違い、比較的に穏やかな戦線。

 年に数える程度の衝突かあるだけである。

 ここは百年ほど前に、帝国の兄弟が政争が勃発。最終的には兄が勝ちはしたが、弟が一部の者達と独立し、それ以降は分かれる形となった。


「「キマイラ」戦線からは、かなりの苦情がきましたからね」


「送り出したネームド級が悉く殺されたのだ。こっちも同じ事をが起きれば、そうする」


「上層部では王国と講和を試みる動きもあるとか」


「……無理だな。他なら兎も角。『魔女』がそれを許すとは思えん。王国の魔法使いと「魔女」の険悪さは有名だろう」


「つまり。今のまま、将兵を消費しながら、攻め続けるしかないと?」


「ああ。「頸斬姫」対策に、全兵力をもって攻めるという案を出したが――」


 あくまでアデルは「個」の力。数の前にはどうする事もできない。

 本人もそれを自覚しているため、斬首作戦を基本として、兵士とは出来るだけ戦わないように心がけていた。

 そこで出たのが、全兵力をもって攻めるという、数によって圧す作戦。

 結局、その作戦は却下された。

 アデルをどうこうする可能性はかなり少なく、元々旨みのない王国の土地を支配したところで、たかが知れている。それなのに無駄に兵士を消耗する事を、上層部は許可しなかった。


 次に出た策は暗殺。

 この四年で数名送っているが、全て返り討ちにあっている。

 勿論、「頸斬姫」を確実に殺せると見込んだ手練れであるが、悉く殺されてしまい、暗殺者をこれ以上の消費は出来ないと、ストップがかかっていた。


 結局、有効な手段は出ず、アデルの現在地すら分からない状態ではどうすることもできないと結論が出たところで異変が起きる。

 ノックされる事なく兵士が慌てて、部屋へと入ってきた。


「何事だ!」


「きっ、急報です。く、頸斬姫、アデル・シュペインがっ」


「ついに現れたか。どこだ!」


「こ、ここです。この城に空から降りてきましたっ」


「馬鹿な! 哨戒兵は何をしていたっ。数は!」


「――1人、です」


「1人だとっ。我々も舐められたものだな! 応戦しろ」


「向こうから来たのなら好都合だ。必ず殺せ!」


「そ、それが、その、「頸斬姫」は、亡命をしにきたようでして」


「「「はぁ!?」」」


 何を言ったのか軍議に参加していた者達は、少し理解に手間取った。

 『頸斬姫』アデルが亡命希望。

 今までの情報からしてあり得ない出来事であった。


「――馬鹿な。ありえないぞ。偽装ではないのか!」


「その、偽装亡命ではない、証拠として、王国の第二王子の頸を刎ねてきたそうです。その証拠が、ここに」


 兵士は隠していた生首を、分かるように上へと上げた。

 報告書の写真で見た事がある者達は、嘲笑を浮かべる


「飼い猫に爪を引っかけられたか」


「――まて。そうだとしても、頸を刎ねてまで亡命してきたのだ、余程の事が起きたに違いない」


「王国の草からは未だに何の連絡はないから真偽は不明だ」


「いっそ謀殺するのはどうか? 散々、苦汁をなめさせられたのだ。殺されても文句は言うまい」


「いや。アレが亡命してきたのであれば、最前線で使うべきだ。殺したネームド級達の分まで働いて貰うべきだ」


 アデルに対して様々な意見が噴出する。


「おい。亡命してきた「頸斬姫」はどうしている?」


「アルベルト・ノイマン軍師が、広場から場所を移して待機させています」


「あの若造か。しばらくヤツの世話はアルベルトに任せろ。「頸斬姫」の処遇については、情報が揃い次第、決定すると伝えるように」


「は!」






 その後、王国に潜入させている草からの報告は、帝国前線基地を更に混乱に陥れた。


 ――『頸斬姫』アデル。ノイド第二王子から暴言と婚約破棄、更に国外追放を言い渡される


 ――『頸斬姫』アデル。ノイド第二王子の頸を刎ねて亡命を行う。


 ――王都近辺で魔法使い2人の戦闘勃発。更に『魔女』まで介入


 ――クロエ第一王女が自害し焼身。


 ――国王が伏せたという情報有り。オージナル第一王子が国王代理に襲名との噂。


 ――王国軍が撤退を開始。撤退先は王国軍最終防衛ラインのデウス門が最有力。


 ――アデルに対する第二王子の言動が酷く、王国内は不穏な空気に包まれている。



 他にも真偽定まらない情報が集まり、それを精査するのに約30日ほどかかった。

 その間、アデルは降将として扱いを受け、情報の精査が終わると同時に、(本人の意思に関係なく)最前線に組み込まれることになるのであった


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