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胃痛

 王国軍最前線基地として造られてた城。

 ファーライム・ディカ・グラベリス少将は、配下達に指示を出したり、周辺の様子を馬で見回ったりしていた。割と多忙である。

 これも使える人材が少ないのが原因だ。

 王国軍の現状は、親から才能関係なく受け継いだ者たちが多い。勿論、中には相応の人材もいない事はないが、砂漠から砂の中に埋まっている宝石を探すぐらい困難なことである。

 ファーライムより階級の高い中将や大将は、最前線を嫌がり、後方勤務に回っているのが、唯一の救いであった。無能な味方は、敵よりも恐い。とは良く言ったものだ。


 「頸斬姫」ことアデル・シュペインが、最前線を離れ王都に向かい30日が経過した。

 帝国軍は全く現れないアデルに警戒しながらも攻めては来ない。

 勿論、帝国軍は王国内にスパイを何人も仕込ませているが、キリディアにより大幅にショートカットした王都までの移動と、アデルが元帥邸に引き籠もっていた事が原因で、アデルの所在が掴めず、攻め倦ねていた。

 下手に攻めてネームド級や上位の将を討たれれば、今後の作成にも影響する。

 そのため、アデルが王都に向かってからも小康状態が続いていた。


 ファーライムは一通りの確認と、部下への指示を出し終えると自室へと戻る。

 自室へ戻っても、報告書や物資の要請並びに人材の申請など、やる事は多々あり、休むことは中々出来ないのだが。

 自室の扉を開けると、そこにはキリディア元帥がいた。

 「木」魔術で造りだした椅子に座りアルコールを飲んでいる。


「む。ようやく来たか。座れ。王国の上等な酒だ」


 言われるままに用意された椅子に座り、コップに酒を注がれたので、飲む


「旨いですね」


「そうか。――ならば、幾つかくれてやる。好きな時に飲むと良い」


 ファーライムはイヤな予感を感じていた。

 元帥にしては気前が良すぎる、と。

 これは十中八九何か訳ありだと感じた。

 注がれるアルコールを飲んでいると、キリディアは言った。


「順番を追って言うぞ。アストロスとかいう童は始末した」


「な、何故!」


「カルトの一員だったからよ。アレを王都までの道中で殺すつもりだったようだ。それは良いとして、儂に銃を向けてきたので始末した」


 アストロスがカルトの一員とは見抜けなかった。

 優秀な人材で、一応、背後も軽く洗ってみてみたが、特に不審な点はなく、そのため重宝していた。

 戦闘面でアストロスが今後居ないの痛手である。

 どうするべきか悩んでいると、キリディアは矢継ぎ早に大事を言ってきた。


「アデルが国外追放となり、帝国へ向かった。今頃は、もう帝国についたころだろうよ」


「は?」


 思わず手に持っていたコップを地面に落とした。


「い、いい、一体、何が王都であったのですか!!」


「婚約者のバカが妄言が繰り出してバカにして国外追放を言い渡した」


「――なんて、愚かな」


「お前がバカ王子の事を憎々しく思うのは分からなくはない。が、心配するな。国外追放を言い渡した直後に頸を刎ねられて、もう、この世にはおらん」


「はっ、はぁぁ? まさか、アデル少尉は、第二王子の頸を跳ね飛ばした、のですか?」


「うむ。それを持って帝国へ亡命をした。後は些事だが、第一王女は自害の上に焼身して、それを聞いた国王は心労で伏せおった」


「……」


 ファーライムは頭を抱えた。

 あまりに情報過多過ぎる。


「――ここまでは、後方の政治の問題だ。本題はここからだ」


「まだ、何か、あるのですか?」


「デウス門まで撤退する。国王も伏せる前に承認されたことだ」


「仕方、ないです、ね」


「ほう。どこぞの参謀長のように反対はせんのだな」


「アデル少尉が帝国に亡命したと聞けば、理由を知りたがるでしょう。きっと婚約破棄したのはパーティー会場。多くの貴族が耳にしている暴言とやらが、兵士の耳に入るのも時間の問題。ならば、下手に知れ渡り士気が低下して将兵を消費するぐらいなら、堅牢なデウス門まで撤退して態勢の立て直しといったところですか」


「その通りだ。儂はお前のそういう聡いところを高く評価しているよ」


 笑いながらいうキリディア。

 ため息を吐き、今後の事について思考している内にファーライムは疑問に思う。

 ――魔法使いであるこの人が、この騒ぎを事前に防げなかったのか、と。

 魔法を使い王国内であれば見通すことが出来る力がある。

 なのに、今回はこんな大騒ぎになっているにも関わらず、ほぼ何もしていない。

 何を考えているのか、ファーライムには分からない。

 疑問を問いただしたい気持ちもあるが、きちんと答えてくれる可能性はほぼないので口にはしない。


「――ああ、そうだ。少し先になるが、アレの妹と、王子の側にいた三友を最前線に寄越す。――アレを殺すのに使え。これは儂からの勅命である」


「承知しました。キリディア元帥閣下」


 この時、ファーライムの脳裏に以前、キリディアから聞いた言葉が蘇る


『だから、だ。アレを最前線に出して、生と死の狭間を経験させ、生を渇望させろ。そして魔法を心の底から望むようにしろ。――すれば、魔法の継承は行われる』


(まさか。まさか。これのためだけに、今回の騒動を黙認したと?)


 その可能性は大いにある気がした。否。それしかない気がした。

 魔法を継承させ、自身は魔法印から解放される。

 それがキリディアの現在の目的であるという事を知っているファーライムは、直感的に感じ取る。

 分かったところで、キリディアに対してどうこうするつもりはない。

 下手を打つと自身の身も危ない。

 最前線で自分がいなくなれば、必要ない犠牲も生まれるかも知れない。

 だからこそ、敢えて元帥の思惑を見逃すことにした。


「――本当に、貴様は聡いなぁ」


「なんのことでしょう」


「……ふん。デウス門への撤退と、後から送り込む4人の件は任せるぞ」


「承知しました」


 木の椅子は急激に成長すると、キリディアの躰全体を包み込むと、直ぐに地面に引っ込んでいく。

 完全に居なくなったのを確認すると、ファーライムは椅子から立ち上がり、机の引き出しに入れてある胃痛薬を飲む。

 これからやる事は、多い。かなり多い。

 だが、やるしかない。

 重い足取りでファーライムは、部屋を出た。

 




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