狂気王女
「あ、あああ、ああああ!!」
第一王女、クロエ・シノウ・デッシェル。
部屋のあらゆる物を放り投げては壊し、感情に促されるままに魔力を放出していた。
さながら部屋は嵐に見舞われていると言った表現が正しい。
部屋の隅では、アデル関連について言いに来たメイドが、自分自身に被害を受けないように、身を小さくして震えている。
「――落ち着いて下さい、お嬢様」
「落ち着け。落ち着けですって!!」
部屋の扉を少し開けて入ってきたのは、メイテル・ルージアル。
クロエ第一王女の専属メイドである。
今にでも殺しそうな視線を向けてくるクロエに、メイテルはため息を吐いた。
「お嬢様の相手は私がします。貴女は通常業務に戻りなさい」
「は、はぃ。メイテルさま。あ、後はお願いします」
隅で怯え震えていたメイドは、立ち上がるとメイテルに頭を下げて部屋から出て行った。
「あの愚兄は! 私の手でもっと早く殺しておくべきでしたよっ。よりにもよって、アデルお姉様を国外追放!? しかも散々な侮辱を言い放って! あっああああ!!」
「ええ。よほどノイド様の横にいた狐は、私達が思っていた以上に優秀なようですね」
「その狐はどうなりましたっ。捕らえましたか!! あの狐だけは私の手で殺してやる」
「残念ですが、一歩後れを取りました。元帥閣下の手の者が、狐と三バカを捕らえて何処かへ隠されたようです」
「っ!」
クロエは思いっきり壁を殴りつけた。
壁は大きく凹み、亀裂が走る。魔力で強化されているとは言え、皮が剥け血が流れる。
ふらふらと躰を揺らしながら交代して、地面へと腰を落とした。
虚ろな表情で、目には光が差していない。
全てが。もうない。
1人の女性として好きだったアデルは国外に出た。
侮辱をして国外逃亡を言い渡した殺したいほどの愚兄は、アデルにより殺された。
愚兄を誑かした狐は、元帥に匿われて、手出しができない。
「は、はは、はははは。無様。なんて無様なのかしら。才気煥発? 天才? 全然違うわ。私はただのバカ。愚か者よ。何一つ手に入らないじゃない」
「お嬢様……」
「――メイテル。お願いがあるの」
「なんでしょう」
「今から頸を刎ねるから、それを持ってアデルお嬢様の所へ行って下さい。愚兄が散々な目に遭わせたせめてものお詫びとして。王族2人の頸があれば、アデルお姉様の立場も帝国内では少しはよくなるハズです」
万が一のためにと装備している短刀。
クロエはドレスの隠しポケットから取り出して、魔力を通すと、魔力で出来た頸を刎ねるには丁度良い魔力刃が生み出された。
「お嬢様。――私との約束を護って下さい」
「約束。ああ、そう言えば、――しましたね。私が死ぬ時は、少し先に殺して欲しいでしたか」
「はい。貴女に奴隷市場で拾われ、ここまで育てられた恩義。貴女が死ぬまで忠誠を誓うと契りました。ですから、自ら死を選ぶようなら、私を先に殺してから死んで下さい」
「――貴女が死んだら、誰がアデルお姉様に頸を届け――。待って、死ぬまで忠誠の契りは確か」
「はい。王家に伝わる禁術魔術の1つです。本来の奴隷と契約する魔術の数倍強固で、相手を完全に隷属させるため禁術指定されたものです。批判はありましたが、私は後悔はしていません。お嬢様と一緒に過ごすことができた十数年は、私にとって宝物でした」
「――そうよね。そういう幸せも、あるわよね!!」
クロエは勢いよく立ち上がる。
先ほどまでの虚ろな表情はなく、喜びの表情をしていた。
ただ、瞳は違う。
誰が見ても、狂気を瞳に宿していた。
「ああ、本当に私はどうしようもないバカ。アデルお姉様から、私の元に来て貰おうなんて、なんて浅ましく愚かな考えだったのかしら! 私の方から、行くべきだったのよ」
「――お嬢様。もしかしてご自身に強制人形隷従の魔術を使用してアデル様に」
「ええ。そうよ」
「分かっていますか? この術式はかけたら最後。魂魄にまで刻まれ、死ぬまで束縛を受けますよ。主が死ねと言われれば死に。主が肉体を望めば肉体を差し出し。主が理不尽な命令を下せば喜び実行する。一切の反抗が出来ず、ずっと言いなりの人形になるということですよ」
「素晴らしいじゃない! アデルお姉様の言ったことを実行する道具になれるなんて!! 私はとても幸せだと思うの。貴女もそうでしょう」
「そうですが……私は元は奴隷です。それに比べてお嬢様は王国の第一王女……」
「アデルお姉様がいない国なんて私にとってなんの価値もないわ。今まで頑張ってこられたのも、偏にお姉様の為を思えばこそです。お姉様が居ない国で第一王女をするぐらいなら、お姉様の横で奴隷でも娼婦でも人形でも、なんでもするわ!!」
メイテルはため息を吐いた。
もうどんなに言ってもクロエは考えを変えることはないだろうと感じた。
以前からアデルの事になれば色々と酷かったが、もう今や狂信者もドン引きするぐらい狂気を宿している。
これもノイドが最悪のタイミングで、最悪なことを仕出かした弊害である。
自分の主をここまで狂わせるほどに愛されているアデルに多少の嫉妬と、こんな風にする発端となった今は亡きノイドに怨みを抱いた。
「――わかりました。お嬢様がそこまで覚悟を決められているのなら、私はもう何も言いません。ただ、1つだけ、お願いがあります」
「なにかしら?」
「もしアデル様が私を不快に思ったり、粗相をして怒らせたりして、私を殺すようであれば、アデル様ではなく、お嬢様の手で殺していただけないでしょうか?」
もしアデルがこの場にいれば「私を殺戮者と勘違いしてない!?」と抗議をしただろうが、生憎なことに本人はここには当然居ない。
少しばかりキョトンとしていたクロエは、メイテルの顔に両の手を添えて言った。
「当たり前じゃない。メイテルが間違いをしてアデルお姉様を怒らせたら、私がいの一番で殺してあげる。――お姉様を困らせたことを、心の底から後悔する形にして殺してあげる。どう? とても嬉しいでしょう」
「はぃ!!」
好悦な表情で返事を返すメイテル。
――良くも悪くも似た者主従である。
クロエはメイテルから離れると、少しばかり思案する。
鈍っていた脳を活性化させ、才女に相応しい脳の働きに戻す。
全てはアデルの元に向かうために。
「――私のホムンクルスは何処にあったかしら」
「狐に罪を着せるために用意して、寝具の床下に保管してあります」
アリサは仮にも公爵家令嬢。生半可な罪では有罪に出来ない。
そこでホムンクルスを使用して、第一王女へ危害を加えた罪で捕らえ処刑する算段をしていた。勿論、クロエはアリサ如きに襲われ傷つくことは絶対にイヤなので、スケープとしてホムンクルスを用意しておいたのである。
「それを使って私は自害したことにします。万が一、ホムンクルスと露見したら面倒ので、この部屋に火を放ちましょう。焼死体から私とホムンクルスを識別することは不可能ですからね」
「目撃者が必要ですが」
「さっきの気の弱いメイドに目撃者になってもらいましょう。少しだけ荒ぶる私の姿も見られているので、自害しても、あまり不思議には思わないでしょう。――もしこの件で、城の仕事を辞めるようでしたら、組織を使って城と同待遇で、別の場所に雇いなさい」
「全てはお嬢様のお心のままに」
父親や兄、他の者達はこれで上手く騙せるとクロエは確信していた。
ただ1つ。きっと元帥であるキリディアを騙すのは難しいとは理解している。とはいえ、それほど心配はしていない。
基本、キリディアは自由放任主義である。
よほどの自分の思考や思惑を邪魔しない限りは、その者の意思を尊重する。
だから、特に何も接触していない以上、クロエは見逃されると確信していた。
「アデルお姉様。少し時間がかかりますが、必ず貴女の元に行きます!!」




