魔法使いvs.魔法使い
それは神話の戦いと言えるだろう。
全長200メートルを超える土の巨人と木の巨人。
それに対するのは、「火」「水」「風」「土」「炎」「氷」「嵐」「地」「木」「雷」「熔」「闇」「光」の13属性の竜達。
「炎」「火」は木巨人に絡みつき、「水」「雷」は土巨人に絡みつく。
本来なら不利属性に絡みつかれ不利であるハズの両巨人は、モノともしていない。
これは魔法使いであるキリディアの、魔法の質が高いためである。
不利属性を上回る魔力を流し込み、それを無効化しているのであった。
その他の属性の竜達は、上空を飛行しながら、ブレスを吐いているものの、決定的なダメージは与えられていなかった。
そんな魔法使い達が造りだした物たちが激戦を繰り広げている中で、当人達は何をしているかというと、単純に殴り合いをしていた。
「流石だ! 儂と同じ魔法使いだけはある! 肉体の痛みを感じるのは久しぶりだ」
「僕は痛いのは嫌いなんだ。愛しい人から受けるのならまだ我慢できるけど、ね!」
アルトファムルの拳が、キリディアの胸元に入る。
少し口から赤い血を吐いたものの、キリディアは瞬時に足を使い、アルトファムルの顎を蹴り上げる。
互いの一撃一撃は、極大魔術のソレに匹敵するほどの威力がある。
もし、受ける相手が並であれば、肉片すらほぼ残らないほど破砕される威力。
それを受けても、ダメージで終わっているのは、アルトファムルもキリディアも、互いに人の域を超越した魔法使いだからである。
(……強い。さすがだなぁ。まだ1000歳程度の若さで、これほどとは)
「どうした? もっとだ。もっと、儂を愉しませろ」
「今の僕は男を歓ばせる趣味はないのだけど。こっちから、喧嘩を吹っ掛けた以上は、ご期待に添えるべく、やらせてもらおうか」
ボロボロになった服をアルトファムルは脱ぎ捨てた。
そして躰に刻まれている魔法印――紋章を見て、キリディアですら驚きを隠せなかった。
「――「火」「水」「風」「土」「炎」「氷」「嵐」「地」「木」「雷」「熔」「闇」「光」。13属性の魔法印だと。馬鹿な。ありえん。魔法印は六大元素のみだ」
「その通りだよ、キリディア。魔法印は六代元素のみ。それは星神が創り出した絶対的なもの。僕の躰にある真の魔法印は「風」のみ。それ以外は作り手が違う。星神に憧れながら、届かない事に絶望して零落した神の忘れ形見さ」
「……」
「星神を超えるために創った魔法印は、結局のところ性能面では超えることはできなかった訳だけど、あくまで1個1個の話。複数同時となれば、話は変わってくる」
躰全身にある紋章が輝き始める。
「『アンリミテッド・オーバードライブ』」
アルトファムルの躰から光り輝く魔力が放出されたと同時に、キリディアの視界から消える。
それはキリディアの視力をもってしても捕らえきれないスピードだった。
視線で追うとした矢先。躰に激痛が走り、気がつくと地面に叩き付けられていた。
魔法印に共鳴した竜達も、五分五分の状態から、押し始めていく
キリディアは立ち上がろうとした瞬間に蹴り上げられ、無防備状態の所に何発、何十発も躰に拳を受ける。
(――むっ、「木」属性による自動再生を上回るダメージか。ふはははは、楽しい、なんと楽しい闘いだ!)
圧倒的に不利であり、死ぬかもしれないほどのダメージを受けながらもキリディアは、この闘いを愉しんでいた。
何年も、何十年も、何百年も、こんな闘いは本当に久しぶりであるからだ。
アルトファムルの渾身の一撃がキリディアに決まり、再び地面に叩き付けられる。
同時に光り輝く魔力の奔流は消え去り、魔法印の光も収まった。
「――1.5秒。その術の起動時間は、それが限度のようだな。13属性の魔法印を並列起動させれば肉体の負担は並外れたものだろうよ」
躰全体に致死量のダメージを受け、躰からは骨が出ている状態。
顔は腫れ、口からは何度も血を吐いたため、歯は赤く染まっていた。
それでも、キリディアはいつもと同じように――否、いつも以上に楽しそうに立ち上がり、アルトファムルに対して言った。
「儂をここまで追い詰めて、くるとはなぁ。――それほどの力を持ちながら、儂の子孫に何を望むつもりだ」
「……――まぁ、キミにならいいから。僕は、彼女を、アデルを愛しているんだよ」
「儂は真面目に聞いているんだぞ」
「真面目に答えてるさ。僕はね、アデルに運命を感じたんだ。だからこそ、アデルの処女を貰い、僕との仔を妊んで貰って、その子供に僕は転生するんだ。ああ、なんて素晴らしいことなんだろう。愛している人の旦那になって、更には子供にもなれる! こんな幸せなことは事はないさ」
「――魔女といいお前といい。結局、魔法使いでまともなヤツは儂だけか」
「その考えは大いに異議があるのだけど! 10歳の子供にカルト狩りさせるのが、どこがまともなのさ」
「ふん。お前達のアブノーマルから言えば、普通の範囲だ」
「普通という概念を再確認することを、年長者としてオススメするよ」
2人の魔法使いが自分はまともだと言い争いは、突如として止まった。
ほぼ同時に空を見上げると、黒い、闇の炎が降ってくる。
木巨人、土巨人、13属性竜は、降ってきた闇の炎に飲み込まれて消滅した。
「とても、とても楽しいことをしていますね。そういう時は、女性を招待するのが、殿方としてのマナーじゃありませんか?」
闇の炎に続いて現れたのは、漆黒の法衣に身を包んだ女性。耳は長く、肌は褐色であることから、ダークエルフである事が分かる。
ロザリンド・スターダスト。
「闇」と「火」の魔法印を持ち、帝国最強の魔女として名を馳せる者。
「女……性?」
「アルトファムル。アレは生物学上ならば、女として分類されるのだ。あながち間違いではない。――年長者同士、話が合うだろう。儂は興がそれたので帰る」
「いやいや、待ちなよ。キリディアは何回も結婚をしているんだから、女性の扱い方は手慣れているだろ。僕は、ほら、アレだから、無理だよ。アデルの様子を見るという大事な用事もあるのだから、ここは任せた!」
キリディアもアルトファムルも、互いにロザリンドを擦り付ける言動をする。
「キリディア。本当にヤバいんだって。魔法印が6個も1カ所に集まってるのは、色々と不味い。「光」は封印されているけど、このままだと集まってくるかもしれない」
「――だから、儂が帰ると言っている。2つ属性を持つ儂が去れば、問題はあるまい」
「いやいや。風の僕の方が速く去れるから! それに彼女は初恋の相手で、童貞を」
アルトファムルがその先の言葉を言う前に、足下から木が生え伸びる枝で頸を絞め、ちゃっかりと魔力まで貰う。
さっきまでとは比べ物にならない殺気を出しながらアルトファムルに向けている。
もっとも忌まわしい黒歴史を暴露されたら、怒るのは当然のことである。
「あら、まだ「あの時」の事を気にしているのかしら。もう笑い話にしてもいいと思うの」
「そうだよ。ああいう体験があって、人は成長するものだよ」
「貴様ら――」
睨む。睨むが、頸を枝で絞められているアルトファムルを含めて平然としていた。
流石にキリディアとはいえ、今、攻撃をしたら魔法使い二体と同時に戦うことになる。
少し前のアルトファムルとの闘いでのダメージはまだかなり残っている状態で戦えば、まず間違いなく負けることは必至。
しかも全てにおいて相性が不利なロザリンドとは、今の状態では闘いを避けたいのが本音ではあるが、そんな事は欠伸にも出さない。
「ロザリンド。ここは儂の庭だ。さっさと出て行け。人同士が己が国の首都を攻めるまで非干渉の約束を忘れたか」
「そうだけど。貴方たちがとても楽しそうに遊んでいるから来ちゃった」
「こないでよ。見てるだけにしなよ。あと、歳を考えてなよ。あざとかわいいポーズが赦される年齢は数世紀は過ぎてるだろ」
「私、永遠の19歳なのだけど?」
身元でピースをしているロザリンドに対して「なにを言ってるんだ、こいつ」と言った目を2人は向けるが、ロザリンドは涼しい顔をしている。
この程度で動じてるほど若くはない。……19歳だけど。
「ついでにキリディアに要求をしにきたの。貴方の大切な子孫を死なない程度に便宜を図ってあげるから、デウス門までの領地をちょうだい?」
「――いいだろう」
「ええ。いいの? デウス門って言えば、王国の最終防衛ラインじゃん」
「構わん。バカがやってくれたお陰で、どのみち今の戦線から後退する必要がある。デウス門まで退くのが妥当だろうよ」
「なるべく早くちょうだいね。あまり気が長くないの」
「分かった。いいたい事はそれだけか。さっさと去れ」
「はぁい」
要件は済んだとばかりに手を振り、ロザリンドは闇へと消えていく。
そしていつの間にか、アルトファムルも消えている。
忌々しそうに舌打ちをしたキリディアは、大騒ぎしている事が容易に想像できる王都へと帰還することにした。




