14話 悪役令嬢は思考するⅡ
高度……5000……6000…………8000………………10000。
これが今の私の最大上昇できる高度。
「……ついに、明日かぁ」
大きくため息を吐いた。
そう。もう、ついに明日となってしまった国王主催のパーティー。
クロエ様曰く、ノイド様に今までの事を公の場で謝罪させると言っていたけど。
――たぶん無理だと思うんだよなぁ。
ご先祖様といい、クロエ様といい、どうやら天才は凡才を甘く見る傾向が強い。
凡才や愚才は、天才からすれば確かに手の上で操りやすい人形に映るだろうね。
私もその点にはついては異論はないけれど。
愚才――つまるところのバカは、何を仕出かすか分からない怖さがある。
きっとノイド様は、クロエ様の考えに反して婚約破棄を突きつけてくるだろう。
運命なんて言葉はあまり好きじゃ無いけど、これは決定事項な気がする。
――流石に、少しノイド様を放置しすぎた。
最前線にいたとはいえ、手紙ぐらいは出すことが出来たと思うんだよね。
それすらしなかったのだから、まぁ、愛想を尽かされてアリサに走る気持ちは、分かりたくは無いけど少しは理解できる。
だから、婚約破棄ぐらいなら、受け入れる。
私は五年以上戦場にいるのだから、アリサに対して何も出来なかった訳だし、断罪される謂れはないから、きっと婚約破棄で終わる。
「クロエ様は――泣くかなぁ」
ノイド様から婚約破棄されるのは、別にどうでもいいのだけれども。
初めてご先祖様の自宅に来られてから今日まで、毎日顔を出しに来てくれているクロエ様の顔を思い浮かべると、少しだけ罪悪感が沸いてきた。
ダンスの特訓も進んで手伝ってくれたり、一緒にお茶を飲んだり、たわいのない話で盛り上がったりもした。
なんといえか、うん、この世界に転生して、普通の貴族令嬢と生活している気がする。
気になる事がするとすれば、クロエ様は、ゲームと違って躰はあまり強くないみたい。
ダンスを一緒に踊っている時も、なんだか顔を真っ赤にして、動悸が激しくなって、体温も上昇していた。
体調不調なら無理に付き合わなくても良いと言ったんだけど、「大丈夫です!」と勢いよく言われて、専属従者の方に訊いても「問題ありません」ということだった。
そして汗を掻いたので、一緒にお風呂に入ろうと脱衣所までいき服を脱いでいると、鼻血を出されて倒れられた。
専属従者の方に訊くと「ただ上せただけなのでお気になさらず」との事だった。
……まだお風呂にも入ってないのに、のほせるってよほど体調が悪かったんだね。
数日クロエ様と一緒に過ごして感じたことはただ1つ。
アリサと交換できないかなーってこと。
あんな可愛い出来た妹がいたら、私がご先祖様にカルト狩りをさせられたり、最前線に送り込まれたりする事はなかったハズ!
妹属性が被っている為か、クロエ様はアリサの事を好きではないらしい。
私もアリサが嫌いなので、妹なので仲良くして下さいなんて事は言えないし、自分の兄と寝ていて、他の人とも寝てる女を好きになってというのは、無理な話だと思う。
……ゲームでは、普通に仲良かったんだけどね。
こればかりはアリサのハーレム希望の肉食振りが災いしたようだね。
ご先祖様はアリサの事は嫌っては無く、どちらかというと無関心。
昔の私もそうだった。私の事は「愚物」って呼び、アリサの事は「俗物」と呼んでいた。
アレから五年経っているけど、たぶん変わってないよね。
一応、ご先祖様にはノイド様たちみたいには迫ってはいないようだけど。迫ってたら、たぶんアリサは土の中だろうね。ご先祖様は愛妻家だから、そういう類いをしてくる女には、容赦しないと聞く。
生暖かい風が私を通り過ぎる。
風ってさ、その人物の性根を感じるよね。
「久しぶり、アルトファムル」
「うん。本当、久しぶりだね」
私の背後に現れのは、アルトファムル・ルーデルヴァン。
四年前に魔術式を私に教えてくれて以来、その姿を見て事は無い。
……四年前も後ろに現れたから、正確には姿は見てないのだけど。
「――なんで、いつも背後に現れるのさ。正面に姿見せてよ」
「…………僕の勝手だろ」
「まぁ、そうですけどね。でも、私って背後に現れると、思わず攻撃しちゃうかもしれないので注意した方がいいですよ」
あ、でも、魔法使いにそういう心配はないか。
私の誤射程度で死ぬわけないからね。
「色々と聞きたいことがある。なんで僕の連絡方法を知ってるんだ」
「ふっ。乙女には色々な秘密があるんです」
流石にゲームをプレイしたので、連絡方法を知ってました。とは、言えない。
アルトファムル・ルーデルヴァン。
イベントキャラでお助けキャラ。
性別不詳。ゲームの立ち絵でも、正面からのものはなく、後ろだったり、フード被っていたり、仮面を被ってたり、顔は見られなかったなぁ。
「乙女の秘密。ね。まぁいいや。で、僕になんのようだ。こんな上空に呼び出してさ」
「『風』の魔法使いなんですから、これぐらいの高さは楽勝でしょう」
「……まあね。で、要件はなにさ」
「明日。もし、婚約破棄以上の事があれば助けて下さい。どうかお願いします。報酬は私があげられるものなら、なんでも差し上げます」
「婚約破棄? 風の噂では、王女様が王子様に諫言したみたいだけど……」
ご先祖様といい、この人といい、自分の魔法属性を使って覗き見や聞き耳するのはやめてくれませんかねぇ。
プライバシーもなにもあったものじゃないんですけど!
「私もそれを聞いてますよ。でも、不確定要素Xが存在する以上、万が一の事は想定しておきたいのです」
「不確定要素X?」
「私の妹ですよ。僅か10歳の私を、戦場へ送り出したキチガイメルヘラ女ですよ。アレが存在している以上、万が一の事を考えて動く必要があります」
「ぁあ、彼女ね。男に媚びるのが得意な狐。僕の趣味じゃないから、あまり知らないけど」
「そうなんですか。因みに趣味な方がいれば、どうしてるんですか?」
「それは――……きっと聞かない方が良いと思うよ」
おっと、おかしいですね。
なんで鳥肌が立つんでしょうか?
彼か彼女かは知りませんけど、アルトファムルに興味(趣味)をもたれた人は大変だなぁと思った。
「いいよ。もし、婚約破棄以上の事があれば手助けをしよう」
「本当ですか! で、報酬はなにがお望みですか」
「うーん。いいや。今回はサービスしてあげる。――手助けした方が、昔の報酬を貰いやすくなりそうだし」
「ああ、そう言えば、あの時の報酬は何でしょう。色々と切羽詰まってたのできちんと聞けられなかったですけど」
「うーん、今度、教えてあげる。……それと、手助けはしてあげるけど、最低、王都からは出てね。王都内は彼の領域だから、僕が不利なんだよね」
「あー、ご先祖様が根を張ってますからね。流石に貴方でも厳しいですか?」
「まぁね。王都内だと無尽蔵の魔力を操作できる仕組みを作ってるからね、彼。王都内という条件をつければ、この大陸で彼に敵う者はいないだろうさ」
それを掻い潜って王都から抜け出すのって、最高難易度じゃないですか!
まぁ、なんとかしましょう。
「じゃあね。明日は、婚約破棄される事を楽しみにしてるよ」
気配が消えた。
結局、後ろから話すだけだったなぁ。
――人の婚約破棄を楽しみにしているとか、別れ際にいうのはどうかと思うな。
全ては明日。
婚約破棄だけか。あるいはそれ以上あるか。
覚悟を決めて、明日のパーティーに望もうか。
今の私の気持ちは、初陣前夜の兵士の気分です。




