幕間 悪役令嬢と神殺し
「……!」
物音がして慌てて銃を向けると、そこにいたのは兎だった。
私に驚いたのか、慌てて何処かへと逃げていく。
私の名前はアデル・シュペイン。
トリニティア王国シュペイン公爵家長女。そして乙女ゲームの悪役令嬢。
2歳年下の妹、アリサ・シュペイン。乙女ゲームの「聖女」にしてヒロイン。
妹は魔性の可愛さを持ち、両親を陥落させ、同じ転生者である私を戦争の最前線に送るように、両親に頼み込み、それは承諾された。
10歳そこそこの少女を、妹に頼まれたからと言って前線に送り出す両親ってどうかしてると思う。
ただ、戦闘技術もない子供が戦場に行っても肉壁になるのが精々。
そこで戦闘訓練をするため、私は初代シュペイン公爵家当主、現トリニティア王国元帥であるキリディア・シュペインの元に送られた。
トリニティア王国最強にして、王国唯一の魔法使いの元にッ。
元日本人である私は、人を殺すなんて事に慣れていない。
例え相手がカルト教団でも、それは同じ事。
どこにカルト教団が現れて私を殺そうとしてくるか分からないから、夜に成っても眠れず、もう何日も寝ずに、山中を彷徨っていた。
違う。確かに殺されるのも恐い。でも、寝ると悪夢を見るから寝られないんだ。
夢に出るのは、私が殺していった教団達。
それが夢に出て、私を憎み、怒り、罵声を浴びせてくる。
少し深く眠ろうとすると、そうなので、もう眠ることが恐くて、寝られてない。
今頃、私をこんな目に遭わせているアリサはどうしているだろう。
きっと両親に可愛がられ、何不自由なく、何の不安も無く、ベッドで寝ていると思う。
銃を握る手に圧力が加わる。
ああ、今の私ならアリサに対してどんな事でも出来る。
例えそれが破滅フラグに繋がるとしても、関係なく、なんでもすることができそうだ。
……でも、きっとできない。
私はここで死ぬのだから。
ご先祖様とは逸れてしまい、私は孤立無援の状態。
きっとカルト教団に捕まり、拷問にあった末に、私は最悪な死を迎えるハズ。
――でも、ご先祖様に私より年下の子を殺すのは止めて下さいとお願いして、なんとか止めたので、その部分を加味して温情で、痛くせずに殺して欲しい。
ご先祖様からは『愚物が。温情をしたつもりか。それが未来に自身の首を絞めるぞ』と、罵られたけど、10歳の私より年下を殺すのは、流石に出来なかった。
第一、未来で自分の首を絞めると言われても、ここで私はきっと死ぬのだから関係ない。
次、相手にするのなら、私なんとかと比べるのも烏滸がましいぐらいに恐い恐いご先祖様となる。
なら、もうカルトから抜け出して、普通に生活を送って欲しい。
「え」
考え事をしていて油断していた。
足場を踏み外して、地面を転がり落ちる。
どれぐらい躰が回転して、どれぐらい落ちか分からない。
気がつき、躰を起こそうとすると、足に激痛が走った。
ああ、これは折れてるなぁ。
躰も草木で切れて傷だらけ。――もう最悪の一言。
何もかもイヤになり、顔から笑顔が漏れる。
ああ、人間って本当に絶望的な状況になると笑顔を出すのか。
笑いながら、折れた足を引きずりながら、前へと進む。
方向が合ってるかどうかなんて分からない。
適当に前へ前へと進むだけ。
歩き。歩き。ただひたすら歩く。
しばらくすると暗い木々の隙間から灯りが見えた。
ここはカルト教団の拠点がある山中。
十中八九、灯りの下にはカルト教団がいるのだろうけど、このまま山中で誰にも知られずに朽ち果てるよりは、マシかもしれない。
灯りの下に、遠くの光が差し込んでいただけだった。
見えるのは巨大な像。
その像の前には、百人を超える人数の者達が平服していた。
あれはきっとカルト教団が拝め奉る神を模した像なのだろうと私は察した。
と、いう事は此処がカルト教団の本拠地。
私ってやばい場所に出た?
「はっ、はは、ハハハっ」
笑う。笑う。笑う。
これは見つかったら殺されて像に対して生贄に捧げられるパターンかなぁ。
気のせいだと思うけど、像と視線が合った気がした。
――嗤われた。
なぜか、激しく、無性に腹が立った。
良く見ると、なんて憎たらしい顔をした像なのだろう。しかも、まるで自身が神そのものと言いたげな偉そうな態度。
私がここで死ぬとしても、アレがそのままあると言うことは許せない。
そこで初めて気がついた。
……銃がない。落下する時に、どこかにいったみたい。
関係ない。
時間はかかるけど、銃が無くても、魔術は発動させることは出来る。
魔力の発動で、私の位置は丸分かりだろうけど、まぁあの憎たらしい像を破壊できたら、後の事はどうでもいい!
「オーバーロード」
魔力を120%を発動させる
足りない。足りない足りない足りない足りない!
もっともっともっと魔力を!
後のことなんてどうでもいい。限界を、底を超えろ、私!!
「オーバーロード・フルスロットル」
通常の魔力の倍近い魔力を感じる。
これなら壊せるかもしれない……。いや、壊せるハズだ。
この魔力なら、あれ、この魔力を乗せる魔術が、私にはない。
「へぇ、アレを破壊する気かい」
「そうですよ。邪魔しないで下さい。アルトファムル」
「キミと合うのは、初めてだけど、僕を知ってるんだ」
知ってますよ。乙女ゲームに出てくるイベントキャラ。
神出鬼没の道化師。旅人。自由人。風の魔法使い。
アルトファムル・ルーデルヴァン。
ゲームでも突然現れていたので、この場に現れても驚くことはなかった。
今はあの憎たらしい像を壊すことに、全神経を尖らしているからかもしれない。
尚も私の背後から、甘ったるい声をかけてくる
「魔力は十二分のようだけど、アレを破壊する魔術はあるのかい?」
「今、考えてるんで、邪魔しないで下さい」
「なら、魔術を教えてあげようか。魔法に近い、最大の魔術式を」
「教えてくれるなら早くして下さい。今の魔力を制御するの大変なんですから!」
「条件がある。数日、キミを見ていて興味が出た。だから、キミの処じ」
「いいから! 早く! 魔術式を! 私があげられるものなら、なんでも、あげますよ!!」
「分かった。――約束、忘れないでね」
声の質が変わった。
同時に風が耳に囁く。
頭の中で魔術式ができあがる。
私は剣道の上段のように構え、魔力で魔術式を書き上げる。
後ろに居たアルトファムルの気配は無くなった。
どこかに行って、この様子を見ているのだろう。
――今は関係ない。今はこの魔術式を完成させて放つ事に集中。
でも、しばらくして気がついた。
魔力が足りない。
これは六大元素を全て混ぜ合わせ、最上級の幻の属性「虹」にまで至り放つ魔法に近い魔術。
「オーバーロード・フルスロットル」でも、全く足りない。
なら、ならなら、更に未来から借り受ける。
反動なんて知ったことか。
足りない分は、全て未来から借り受ける。全てをこの一瞬の為に!
「対神魔討伐魔術式・虚涅槃」
完成した魔術式は、空を貫くまで伸びた虹色に光輝く剣となった。
私はそれを憎たらしい像に向けて振り下ろした。
【――――――――】
断末魔が頭に響いた。
人ならざる物の声だった。
でも、僅かに聞き取れた言葉がある。
――転生させてやった恩を仇で返すつもりか!?――
知らないよ。私は転生させて欲しいなんて頼んだ記憶は無い。
勝手に転生させておいて、恩も何もないよ。
第一、勝手に転生させておいて、こんな劣悪な環境下になってるんだ。感謝されるとでも思ったのなら、そんな人の心も分からない神は、人に討たれた当然だ。
――呪う。詛うぞ。我は汝を詛う。我を、神を討ち、殺した汝は、この先、死よりもきつい一生を味わう!!――
好きにすればいい。
もうどうでもいい。
魔力の使いすぎで無気力感に襲われている私は、そっけなく応えた。
って、私は、誰に言ってるんだろう。
きっと魔力の使いすぎて意識が混濁して聞こえた幻聴だろう。
「これは儂にも予想できなかった。まさか、魔法使いでもないこの愚物が「虹」を放つに至るとは」
ご先祖様の声が聞こえる。
「少し眠るが良い。お前のお陰で、神を隠す結界が壊れて、この場が分かった。後は任せるが良いぞ」
……はい。
私は最強のご先祖様の言葉に頷き、意識を完全に手放した。
「アデル・シュペイン、か。コレならば、儂の魔法の後継者に相応しい」
最後。
なんだかとてもイヤな言葉が聞こえた気がしたけど、もう応える気は私には無かった。
そう言えば、アルトファムルが言っていた、条件。
きちんと訊けれてなかった。
結局、なんだんだろう。
私がそれをきちんと知るのは、ずっと先のこと。
更にここから四年以上の月日が流れることに成る。




