09 収入源の確保
シェイドブレイドが来てから、子供たちの暮らしは急に上向きになった。
ウサギや魚が獲れるようになり、果物やキノコも食べられるようになる。
洞窟での寝泊まりは衛生的ではないということで、切り倒した木から簡単な小屋を作った。
山の湧き水から川を引いてきて、飲料水も確保。
その水を使って、アライミという洗剤になる木の実を使って洗濯をし、大きな木桶に入れて湯を沸かし、風呂にも入れるようにする。
その頃にはフィアンヌもすっかり、シェイドブレイドの身の回りの世話にも慣れていた。
シェイドブレイドは生きていくための知恵と、生命力と行動力は誰よりも持ち合わせているというのに、風呂からあがった身体すら自分で拭けず、シャツのボタンひとつ満足に止められない。
そんなシェイドブレイドに対してフィアンヌは嫌な顔ひとつせず、ニコニコと身体を拭いてあげたうえに、シャツを着せてボタンまで止めてやる。
大家族の中にうまれた新婚夫婦のような光景が当たり前となっていき、シェイドブレイドは自分の居場所を見つけたような気分になっていた。
そんな、ある日のこと……。
山は連日の大雨に見舞われていた。
「あーあ、こう雨ばっかりじゃ、ウサギも獲れそうにないっすねぇ。今日も魚かぁ」
藁葺きの屋根に雨が染み込む音を聞きながら、テリーはこぼす。
その隣で、シェイドブレイドはフィアンヌに膝枕をされて、耳かきをしてもらっていた。
ちなみにこれはシェイドブレイドが頼んだ事ではなく、フィアンヌに半ば無理やりやられていること。
耳かきは無防備状態になるので、シェイドブレイドは落ち着かない。
テリーのぼやきにも、「そうだな」と気のない返事をするばかり。
「そうですね、でも我慢してくださいね」と、一言でふたりをなだめるフィアンヌ。
テリーはごろりと寝っ転がった。
「この雨で山道がぬかるんで、ナジミ帝国のヤツらも困ってると思わなけりゃ、やってられないっすね」
そのウサ晴らしの妄想がやけに具体的だったのが、シェイドブレイドには引っかかった。
「この近くに、ナジミ帝国のヤツらが通る道があるのか?」
「あ、知らなかったっすか? この山には大きな山道がふたつあるっすよ。ひとつは兄貴と初めて会った、旅人がよく通る道で、もうひとつはナジミ帝国の専用になってる山道っすよ。専用っていっても、普通のヤツはあんな道、通りはしないっすけどね」
「その山道は、どこに繋がってるんだ?」
「この山の南にある岬っす。少し前はちいさな漁村があったそうっすけど、ナジミ帝国に取られて、いまはヤツらの拠点になっているみたいっす」
シェイドブレイドは思案する。
――いま俺がいる場所は、旧ピースランダー王国の、サフサン半島の先端にある、山の中……。
ここから南にいくとサフサン岬があって、さらに南にはオルミガ諸島がある……。
オルミガは旧ピースランダーの王族にゆかりのある人物が領主だと聞いた。
おそらくナジミ帝国の発足と同時に独立宣言し、ナジミ帝国に抵抗しているのだろう。
サフサン岬は、そのオルミガ諸島を攻める、ナジミ帝国の軍事拠点があるに違いない。
となると、その途中にある山道を通るのは……。
シェイドブレイドが急に起き上がったので、フィアンヌは「きゃっ!?」と肝を潰す。
「しぇ、シェイドブレイドさんっ!? み、耳かきの途中で動かないでくださいっ!」
まだ生きた心地のしない様子のフィアンヌを尻目に、シェイドブレイドは言った。
「おい、ふたりとも、いますぐ『商売』の準備をするぞ」
「しょ……商売っ!? こんな山奥で、誰を相手に商売するっすか!?」
「もう! いまは商売の話をしているときでは……! 商売? ……あっ、わかりました! リスさんを相手に、木の実を売るんですね! あれ? でもリスさんはお金を持っていないから……」
メルヘンチックなことを口にするフィアンヌを尻目に、シェイドブレイドは立ち上がる。
「商売の相手は……ナジミ帝国の兵士どもだ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日は久しぶりの晴れ間となったので、シェイドブレイドたちは子供たちを引きつれてナジミ帝国専用の山道に降りた。
そこは連日の雨で案の定ぬかるんでいたのだが、シェイドブレイドとんでもない指示を子供たちに出す。
「よぉし、それじゃ、作業を始めるぞ。まずは第1班、木のクワで、この山道を掘り返すんだ」
「ええっ!? そんなことしたら、ただでさえぬかるんでるこの山道が、メチャクチャ歩きにくくなるっすよ!?」
「それが狙いなんだ。そして第2班は山道の途中に、柱と屋根だけの家を建てるんだ。多くのヤツが入れるような、大型のをな」
子供たちはシェイドブレイドの意図がぜんぜんわからなかったが、兄貴のことだから何か考えがあるのだろうと、渋々ながらも従った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらくして、件の山道に、ナジミ帝国の兵士たちが通りかかった。
それは5台ほどの馬車だったのだが、
「なっ……!? なんだこりゃあ!? 道がグチャグチャになってるじゃねぇか!」
「ずっと降ってた雨で、ぬかるんじまったんだ!」
馬車から降りた兵士のひとりが、落ちていた棒を拾いあげ、ぬかるみに差し込んだ。
「うわっ、こんなに深い……! こりゃ、引き返したほうがいんじゃねぇのか!?」
「バカ言え! 俺たちが運ぶ物資を待ってるヤツらがいるんだ! ソイツらを飢え死にさせる気か!」
「しょうがねぇなぁ……! 渡り終えるまでに、馬が持ってくれりゃいいが……!」
意を決して泥道に馬を突っ込ませる。
しかし馬の脚は埋まり、車輪もはまり込んで、なかなか前に進めない。
それでも馬を叩いてなんとか進んだのだが、途中で進退窮まってしまった。
「くそっ! 馬が完全にバテちまった!」
「あぁ……俺ももう、クタクタだぁ!」
「どうする? 今から戻るか?」
「もう半分くらいまで来ちまったから、今更戻れるかよ!」
すると、パンパンと手を叩く音が、道端から聞こえてきた。
「兵士さんたち、お困りのようっすねぇ! さあ、いらっしゃいらっしゃい!」
屋根の柱だけの建物があり、そこには休憩用の椅子が並べられている。
中には店員らしき子供たちがずらり並んでいて、受け入れ体制の万全さをアピールしていた。
「ここには綺麗な水と干し草もありますから、馬の脚を洗って泥を落として、ひと休みさせればまた先に進めるようになるっすよ! ついにで、兵士さんたちもひと休みされてはいかがっすか!? おいしい果物やお茶、疲れた脚を揉みほぐすサービスもあるっすよ! さぁ、いらっしゃい、いらっしゃい!」
兵士たちはキョトンとした様子で顔を見合わせる。
「こんな所に、休憩所なんてあったか……?」
「さぁ……? たぶん、いつもは走って通り過ぎてるから、見過ごしてたんだろう……」
「でもまあ、ちょうどいいな……。馬も俺たちも疲れてるから……」
「せっかくだから、ひと休みしていくか……」
兵士たちはキツネのお宿に招かれるように、つぎつぎと休憩所に吸い込まれていった。