06 生きていくために
少女の出迎えを受けたテリーは、ポッと頬を染める。
「ふぃ、フィアンヌ様! ただいま戻ったっす! コイツは客っていうより、ただの通りすがりっす! すぐに追い出すっすから!」
先ほどまでのイキがりっぷりはどこへやら、口調までコロリと変わっていた。
フィアンヌと呼ばれた少女は、深い海のようなロングヘアと、ブルーサファイアのような瞳をたたえる、麗しい見目の少女であった。
服装も、周囲にいる少年少女たちよりも立派で、立ち振る舞いにも気品がある。
その佇まいだけで、シェイドブレイドは多くのことを見抜く。
彼女はかつて、名のある親を持つ名家の娘であったのだろう。
しかし今は両親を殺され、子供たちだけでこの洞窟で暮らしているのだろうと。
そして……彼女が子供たちの、母親がわりを務めているのだろう。
彼女が洞窟の外にでてくると、多くの子供たちが彼女まわりに殺到して「フィアンヌ様、フィアンヌ様」とまとわりついている。
「フィアンヌ様、おなかすいたよぅ」「フィアンヌ様、お腹が痛いよぅ」「フィアンヌ様、頭がいたいよう」
フィアンヌはしゃがみこむと、すまなさそうに彼らの頭を撫でていた。
「ごめんね、みんな。今日も旅人さんたちからのお裾分けはなかったの。お腹がすいたら木の実を食べて我慢して、身体が痛い子はさすってあげるから」
『お裾分け』……。
おそらく、テリーたちの追い剥ぎ行為のことだろう。
それは、オブラートに包んで説明しているというよりも、フィアンヌ自身もそう信じ込んでいるようだった。
フィアンヌは、テリーたちが追い剥ぎ行為をしていることを知らない様子だ。
しかしシェイドブレイドには、どうしても解せないことがひとつあった。
「おい、お前たちはなんで腹を空かせるどころか、病気になってるんだ? まわりには食べ物も薬も、たくさんあるっていうのに」
すると、隣にいたテリーが素っ頓狂な声をあげる。
「ハアァ!? お前、なに言ってんだよ!? こんな山奥に食い物や薬なんてあるかよ! あるのは木の実だけだ!」
シェイドブレイドは答えるかわりに、上空に向かって手をシュッとかざした。
すると、頭上にあった木の枝から、ひとつの実と葉っぱが降ってくる。
それを見もせずにキャッチするシェイドブレイド。
テリーが鼻で笑った。
「フンッ! その木の実なら、何度も食おうとしたさ! でも堅くて食えねぇんだよ! たまに落ちてきやがるから、当たると痛くてしょうがねぇんだ!」
シェイドブレイドはなおも無言で、野球のボールほどの大きさの実を両手で包み込むようにして持つ。
捻るように手を動かすと、
……パキンッ!
堅固な殻は真っ二つに割れ、中からリンゴのような、皮のついた果実が現れる。
その様子をいぶかしげに見ていたテリーは、目が飛び出んばかりに驚いていた。
「そ……それは……! 『カラリンゴ』……!? 町でさんざん食ってた果物が、こんな堅い殻に入ってるだなんて……!?」
「それはおそらく、果樹園で採れたものだろうな。果樹園で栽培されているカラリンゴは、品種改良で殻がないんだ。だが野生のカラリンゴは、こうやって殻つきでなっている」
「うわあーっ!」と歓声とともに集まってきた子供たちに、殻から外したカラリンゴを渡すシェイドブレイド。
その向こうで、目を丸くして驚いているフィアンヌに向かって、
……ピン!
と、指先に挟んでいた葉っぱを、弾いて飛ばした。
胸元めがけて飛んできたそれを、フィアンヌは上品に、両手を差し出して受け止める。
「あの、こちらは……?」
「カラリンゴの葉には、整腸作用があるんだ。腹が痛いといっているヤツには、それを煎じて飲ませてやれ」
「そ……そうなのですか? あ……ありがとうございます! あっ、でも今はマッチがないので、お湯が沸かせません……」
シェイドブレイドは内心、驚愕していた。
幼少の頃より、なじみと『七曜衆』から叩き込まれてきた知識は、すべて一般常識で、この世の誰もが知っていることだと言われていたから。
「その一般常識すですら、今になってようやく学ぶあなたは、この世界では誰よりも落ちこぼれといっていいでしょう」と、事あるごとに言われ続けてきた。
しかしここにいる子供たちは、山にある木の実や薬草のことを知らないし、ましてやサバイバル術で最も基本といえる、火起こしもできないとは……!
ちょっとしたカルチャーショックを受けるシェイドブレイド。
しかしそれは表には出さず、洞窟の前の広場にある、焚火跡に向かって歩いていく。
積まれている薪は、枝の選別もメチャクチャで、火つきの悪い木がほとんどだった。
その中でも比較的マシな枝をふたつ選んで、それらをこすり合わせて火種を作る。
あっという間に火を起こしてみせると、子供たちはまるで、初めて火を見た原始人のような反応を見せた。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?」
「マッチを使わずに火を起こすだなんて、いったいどうやったの!?」
「すごいすごい、まるで魔法みたいっ!」
一気に子供たちの人気者になってしまったシェイドブレイド。
フィアンヌとテリーは輪の外で、キツネにつままれたように立ち尽くすばかり。
しかしやがて、フィアンヌは意を決した様子で両膝を折ると、
「お……お願いです! わたしたちに、『生き方』を教えてくださいっ!」
額を地面にこすりつける勢いで、シェイドブレイドに向かって頭を下げた。
「生き方……?」
「はい! わたしたちはナジミ帝国に両親を殺され、町や村を焼かれて、ここに住みはじめたんです! でも、山で暮らしたことがなかったので、食べ物の取り方はわからず、子供たちは病気になって……。あなたの、山で生きていくための知識を、わたしたちに教えてほしいんです!」
「ふぃ、フィアンヌ様、領主の娘のあなたが、こんなことをしてはダメっす! こんなヤツに頭を下げる必要はないっす!」
「いいえ、テリーさん、わたしはもう、領主の娘などではありません! それにわたしは、ここにいる子供たちを養う義務があるんです! かつて領主である父を支えてくださった方々の、子供たちを! でも今のままでは、みんな飢え死にしてしまいます! この子たちを助けられるなら、土下座どころか命も惜しくありません!」
シェイドブレイドはフィアンヌとテリーを見もせず、『タイガー団』が旅人から奪ったのであろう、歪んだ鍋を火にかけていた。
「教えてやってもいいが、ひとつ条件がある」
「な、なんですか!? わたしにできることなら、なんでも!」
「もう、山道に通る者たちに『お裾分け』をねだるのはやめるんだ。やるにしても、ナジミ帝国に加担する者だけにすると約束しろ」
「そ、そんな約束、してたまるかよっ! ここにいる子供たちは、俺っちが身体を張って養ってきたんだ! それを横からしゃしゃり出てきて……!」
「テリーさん! 旅人さんたちから分けていただいたもので暮らすには、もう限界なんです! 多くの子供たちがお腹をすかせ、病気になりつつあるんです! どうか、どうか、お願いしますっ……!」
フィアンヌから必死の懇願を受け、テリーは「わかったよ……」と返事せざるをえなかった。